河岸横丁商店街

入れ忘れていたこと あとがき

桃は泣き続け、顔を晴らし、自暴自棄に浸って歩いていたら、ランドセルを背負った朝一番に走ってきたランドセルの子供に正面からぶつかられた。
あまりにも腹に真っ直ぐ頭が入ったので、桃は男の子を抱え込むよう尻もちをついた。
男の子が擦りむいた膝小僧から立ち上がったときに
「おねーさん、いい匂いがする」
という。
桃はそれがさっき最後に使った洗い流しローションの匂いだと恥じたのだ。けれどもその男の子が、泣いている桃を見つめて
「十年待ってよ」
と、言い出した。
「ソコまで泣かせた僕に責任がある。僕はこの先立派な大人になる。それまでにおねーさんが余所の男と結婚しなかったら僕と一緒になってくれよ」
と、いうのだ。男の子が自分の学年と出席番号と名前と住所を落書きだらけの教科書に書いて破いて寄越してきた。「今日は日直と朝例があるからもう行くね」
桃は、駆けていくその子をぼんやりと見つめて車がクラクションを鳴らすまで尻が痛いのも忘れるほど頭がぼぉっとなったことを、恍惚とした顔で言ってくるのだ。何度も言葉に出しては、その出来事に思いを馳せていた。
呆気の呑気に、ワタシは、ほぼほぼ桃は、もう大丈夫だと知り得た。