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建築系開発ランドスケープと、農業系開発ランドスケープデザインの2種類が大まかにある。どちらも開発経済部門の一つなのだが、経済と名前がつくと経済学となってしまうが、実際は、工業系と農業系の2種類になる。しかし、根底を言えば、最終的にどこで何をになる。ので、登が通っている同期の院生も荒地緑化計画で入った奴もいれば、登のように都市空間での緑化計画で入った者もいる。老教授はただの癖者ではないみたいで、昔は砂漠の砂から一面の棗栽培を始め軌道に乗せた実績者でもある。
大半の学生はゆとりのある授業のおかげで広いキャンバスでボーとしているが、院生になると、助教授並みにこき使われるケースが多い。
柴田教授もそんな一人だった。好好爺みたいな風体だが、大自然のフィールドワークに出ると、採集グッズが山のようにあらゆるところから出てくる。それをその場で、ファイリングしたり、標本用に容器にまとめたり、シャーレに移したりする重労働が助手担当者の割り当てだ。大概が一日でばててしまうのをしり目に、地元の住民と長い酒盛りをするのも柴田教授の手腕だった。元々、民族学も専門だったらしく、話上手だった。
登と同じ研究室の院生は、秋元学という院生二年の若い男と、鈴本皆実という研究生の女の人だ。皆実の方がわりと顔が利くみたいで柴田ゼミでは研究生という名前ではなくて助手扱いだった。皆実はそれを自分でも分かっているみたいでえばっていた。実際、皆実がいないと柴田ゼミは雪崩の如く崩壊してしまうほどの樹海になる。秋元はいつもアフリカに行きたいと熱く語る男だった。ひょろひょろしてまるでガイコツみたいな男が、アフリカの大草原に灌漑用水を動物用に作りたいと熱心に語りだすと丸一週間は離れなくなるほど、アフリカに取りつかれていた。
登はそんな新しい環境に少しずつ自分をならしていた。実際、通常学生と見てくれが変わらないので、逆にスーツで会社から直帰して走って研究室へ戻った時などは、追いかけてきた守衛が登だと確認すると困ったような顔で苦笑いで「大変ですね」と言ってくれたほどだ。さらに利点は、普通学生なら無理な時間でも研究棟はかなり緩く融通が利く学校だった。
たまに医学部棟以外で顔を合わせることのある警察関係者も登はだんだん慣れてきた。
あの事件のことを知っている人なんか、誰もいやしないと。
登が付き合っていた男は、薬の売人だった。
登はそれを最後まで知らなかった。
いつもどおり、夜遅くシネマを見ていて、隣に座っていた男がそいつだった。
指定席でもないのに彼はいつもそこに座っていた。
登も癖ではないのだが、同じ様に映画を見るならできるだけ同じ場所を選んで座っていたにすぎなかった。
オールナイトでは、椅子席の下に何があるのか全く分からない。始まってしまって席を立って帰る人もいればそのまま朝まで眠る人もいる。時間に関係がなくなる。それを講じて薬の引き継ぎの場所になっていた。
ある日、自分のコートに何か分からないものが入っていたこともあった。まるで知らない市販の胃薬かと思って捨てたことが何度もあった。
いぶかしげに声をかけてきたのはそいつの方からだった。
そして良く分からないまま押し倒され、やることやって朝。愛してるだのお前なしには生きられそうもないだののなし崩しで言われ、気がついたらその状態でズルズル来ていた。
たまに豹変して怒鳴り散らす時がある。
「お前、持ってるんだろう…今までのやつあれ何処にしまったんだ」
「なんのこと」
「しらばっくれんな…俺はいま俺の分、切れてていらいらしてるんだ」何度も殴られた。そして最後に素に帰った奴はやさしい声で愛しているからと言う。「あれは何処にある?」と。
「なんのこと…知らない…」
「お前は知らなくてもいいから、俺が知りたいんだ。俺のものがないんだ…数が足りないんだ…」
ハイになるといってそれをローションと一緒に塗られたこともあった。
温感ローションと確実に違うそれは、肌の傷みと息苦しさがつづく。
「嫌だ…嫌」
「でも、こうすると感じるだろう…お前は変態だもんな…淫乱でどスケベなオカマ野郎だもんな」
「止めて…痛い、痛い痛い」
泣いて泣いて泣いた。
強烈な吐き気に襲われゲーゲーもどした。
「クセェ、キタねぇ…あーそそるわその顔」
登は遠くなる意識のなかで早く終われ、早く終われと願った。
性的な関係はすぐに終わった。元々興味本意の一つだったのだろう。愛しているという言葉に惑わされただけの幻想にすぎなかったのを思い知らされた。
関係が切れてしばらく、突然思い出したかのように、自分の部屋が鍵穴をむちゃくちゃにされて、家の中を誰かに家捜しされていた時には呆然とした。警察が来る中で、聴衆に交じって彼が笑って手を振っていた。
本当の意味で、別れようと決意した。
けれど何度場所を変え、何度も言っても縁は完全に切ることがなかった。また捕まる、その恐怖心がうごめいている中で彷徨うように歩いていた。
あの時、こぶしが勢いよく顔面に突き当たった。人が軽く地面に激突するとあんなに鈍い音がするんだと知った。血まみれ拳、ナイフで引き裂かれた右腕のシャツがどんどんどす黒く滲んでいっている。登は啓吾の手を掴んだ。涙で前が見えなくなる前に…急がないとこの人が酷い目にあう。と、思った。
警察で事情聴を受けた時には年配の刑事だった。
「自分を大切にしなさい」
とだけ言われた。
「大事にされたいなら、大事にされる人を見つけなさい」と、登には分からなかった。何もかも分からなかった。登の心はいつも空虚な穴が開いたみたいだった。ただ流されるままに生きている感覚でいた。そう言ったら、あの啓吾は怒るだろうか…。自分には全くもって自信がなかった。啓吾もいつか自分に飽きると思っていたから。
知り合いの女性捜査官が警察署前で去り際に登の肩を叩いた。
時計は12時にバイブレーションがなる。
弁当箱を開けると、誰かがいつものぞきにくる。
「いいなぁ。高木さんは、こうして弁当持参で…柴田先生も愛妻弁当なんだけどね…負けず劣らずって所だよね…学食遠い!メンドクサイ」
「…カップ麺の備蓄切れた!」
「フ、ザケンな!秋元てめーがいつも夜食で食ってやがるんだろう!ちょっと山降りてスーパーで箱買いして来いや!コンビニでも可、箱買いな」
皆実の怒涛の声が響いた。
「鈴本さん落ち着いて…カップ麺だったら、僕だって黙って食べたことありますし…秋元さんだけが悪いってわけではないよ、たぶん…」
ゼミ生が空腹の鈴本皆実にかなうわけがなかった。
「じゃ、おまえおごれ!今日金一銭もないんだわ」
「無理っすよ」
「じゃ、お前らがおごれ!折半で」
「ういーす」
女王は機嫌が直ったのかやっと落ち着いて外に出た。
本当に飽きない教室だと登は思った。
電波が届きにくい研究棟を出ると、電話をとる。
「今日も暑いね」
遠い声で啓吾は答える。
「うん、大丈夫、ご飯食べたよ。おいしかった」
登は笑う。
「うん。わかった。そっちもね」
短い電話を切る。
構内は電波が悪いので長話や込み入った話はあまり出来ない。学部生用の公衆電話はこの前工学部の違法学生によって強制撤去されて10円入り硬貨のみのそれも事務所前に置いてあるだけになってしまったのでほとんど使われない。
メールは会社からばかりだ。
啓吾は携帯メールをあまりしたがらないのもあるが…。
でもやはり声で聞こえた方が安心する。
同じ都市にいるのにどうしてこうも離れた感じがするのだろう。
大半の学生はゆとりのある授業のおかげで広いキャンバスでボーとしているが、院生になると、助教授並みにこき使われるケースが多い。
柴田教授もそんな一人だった。好好爺みたいな風体だが、大自然のフィールドワークに出ると、採集グッズが山のようにあらゆるところから出てくる。それをその場で、ファイリングしたり、標本用に容器にまとめたり、シャーレに移したりする重労働が助手担当者の割り当てだ。大概が一日でばててしまうのをしり目に、地元の住民と長い酒盛りをするのも柴田教授の手腕だった。元々、民族学も専門だったらしく、話上手だった。
登と同じ研究室の院生は、秋元学という院生二年の若い男と、鈴本皆実という研究生の女の人だ。皆実の方がわりと顔が利くみたいで柴田ゼミでは研究生という名前ではなくて助手扱いだった。皆実はそれを自分でも分かっているみたいでえばっていた。実際、皆実がいないと柴田ゼミは雪崩の如く崩壊してしまうほどの樹海になる。秋元はいつもアフリカに行きたいと熱く語る男だった。ひょろひょろしてまるでガイコツみたいな男が、アフリカの大草原に灌漑用水を動物用に作りたいと熱心に語りだすと丸一週間は離れなくなるほど、アフリカに取りつかれていた。
登はそんな新しい環境に少しずつ自分をならしていた。実際、通常学生と見てくれが変わらないので、逆にスーツで会社から直帰して走って研究室へ戻った時などは、追いかけてきた守衛が登だと確認すると困ったような顔で苦笑いで「大変ですね」と言ってくれたほどだ。さらに利点は、普通学生なら無理な時間でも研究棟はかなり緩く融通が利く学校だった。
たまに医学部棟以外で顔を合わせることのある警察関係者も登はだんだん慣れてきた。
あの事件のことを知っている人なんか、誰もいやしないと。
登が付き合っていた男は、薬の売人だった。
登はそれを最後まで知らなかった。
いつもどおり、夜遅くシネマを見ていて、隣に座っていた男がそいつだった。
指定席でもないのに彼はいつもそこに座っていた。
登も癖ではないのだが、同じ様に映画を見るならできるだけ同じ場所を選んで座っていたにすぎなかった。
オールナイトでは、椅子席の下に何があるのか全く分からない。始まってしまって席を立って帰る人もいればそのまま朝まで眠る人もいる。時間に関係がなくなる。それを講じて薬の引き継ぎの場所になっていた。
ある日、自分のコートに何か分からないものが入っていたこともあった。まるで知らない市販の胃薬かと思って捨てたことが何度もあった。
いぶかしげに声をかけてきたのはそいつの方からだった。
そして良く分からないまま押し倒され、やることやって朝。愛してるだのお前なしには生きられそうもないだののなし崩しで言われ、気がついたらその状態でズルズル来ていた。
たまに豹変して怒鳴り散らす時がある。
「お前、持ってるんだろう…今までのやつあれ何処にしまったんだ」
「なんのこと」
「しらばっくれんな…俺はいま俺の分、切れてていらいらしてるんだ」何度も殴られた。そして最後に素に帰った奴はやさしい声で愛しているからと言う。「あれは何処にある?」と。
「なんのこと…知らない…」
「お前は知らなくてもいいから、俺が知りたいんだ。俺のものがないんだ…数が足りないんだ…」
ハイになるといってそれをローションと一緒に塗られたこともあった。
温感ローションと確実に違うそれは、肌の傷みと息苦しさがつづく。
「嫌だ…嫌」
「でも、こうすると感じるだろう…お前は変態だもんな…淫乱でどスケベなオカマ野郎だもんな」
「止めて…痛い、痛い痛い」
泣いて泣いて泣いた。
強烈な吐き気に襲われゲーゲーもどした。
「クセェ、キタねぇ…あーそそるわその顔」
登は遠くなる意識のなかで早く終われ、早く終われと願った。
性的な関係はすぐに終わった。元々興味本意の一つだったのだろう。愛しているという言葉に惑わされただけの幻想にすぎなかったのを思い知らされた。
関係が切れてしばらく、突然思い出したかのように、自分の部屋が鍵穴をむちゃくちゃにされて、家の中を誰かに家捜しされていた時には呆然とした。警察が来る中で、聴衆に交じって彼が笑って手を振っていた。
本当の意味で、別れようと決意した。
けれど何度場所を変え、何度も言っても縁は完全に切ることがなかった。また捕まる、その恐怖心がうごめいている中で彷徨うように歩いていた。
あの時、こぶしが勢いよく顔面に突き当たった。人が軽く地面に激突するとあんなに鈍い音がするんだと知った。血まみれ拳、ナイフで引き裂かれた右腕のシャツがどんどんどす黒く滲んでいっている。登は啓吾の手を掴んだ。涙で前が見えなくなる前に…急がないとこの人が酷い目にあう。と、思った。
警察で事情聴を受けた時には年配の刑事だった。
「自分を大切にしなさい」
とだけ言われた。
「大事にされたいなら、大事にされる人を見つけなさい」と、登には分からなかった。何もかも分からなかった。登の心はいつも空虚な穴が開いたみたいだった。ただ流されるままに生きている感覚でいた。そう言ったら、あの啓吾は怒るだろうか…。自分には全くもって自信がなかった。啓吾もいつか自分に飽きると思っていたから。
知り合いの女性捜査官が警察署前で去り際に登の肩を叩いた。
時計は12時にバイブレーションがなる。
弁当箱を開けると、誰かがいつものぞきにくる。
「いいなぁ。高木さんは、こうして弁当持参で…柴田先生も愛妻弁当なんだけどね…負けず劣らずって所だよね…学食遠い!メンドクサイ」
「…カップ麺の備蓄切れた!」
「フ、ザケンな!秋元てめーがいつも夜食で食ってやがるんだろう!ちょっと山降りてスーパーで箱買いして来いや!コンビニでも可、箱買いな」
皆実の怒涛の声が響いた。
「鈴本さん落ち着いて…カップ麺だったら、僕だって黙って食べたことありますし…秋元さんだけが悪いってわけではないよ、たぶん…」
ゼミ生が空腹の鈴本皆実にかなうわけがなかった。
「じゃ、おまえおごれ!今日金一銭もないんだわ」
「無理っすよ」
「じゃ、お前らがおごれ!折半で」
「ういーす」
女王は機嫌が直ったのかやっと落ち着いて外に出た。
本当に飽きない教室だと登は思った。
電波が届きにくい研究棟を出ると、電話をとる。
「今日も暑いね」
遠い声で啓吾は答える。
「うん、大丈夫、ご飯食べたよ。おいしかった」
登は笑う。
「うん。わかった。そっちもね」
短い電話を切る。
構内は電波が悪いので長話や込み入った話はあまり出来ない。学部生用の公衆電話はこの前工学部の違法学生によって強制撤去されて10円入り硬貨のみのそれも事務所前に置いてあるだけになってしまったのでほとんど使われない。
メールは会社からばかりだ。
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