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冒険の終わりは娘を慈しみ
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「子供のほおはこんなにもやわやわだ」
と、愛する娘のほっぺたに手を当てるこの老人は、娘にとっては遅い子だった。
だからか、愛でる愛もこの娘にとっては、涙の筋を残して眠ることが多い厳しい親となっていた。
この頃、老人は少年となり緑野を走っていた。
後ろから人と馬が走ってくる。
それよりも早く『赤織物の民』の集落についた。
「しらみ巨人がやって来る!逃げて!」
部族語で「顎髭原人様が来なさる」と若い民が騒いでいた。
それは全く違う態度で、「気がついておる」と、諭された。お迎えの喜びで輪になって踊っている花びらのような娘たちのスカートが見えたのだ。
「赤織物の民よ、違う!俺たちの民はやつに……やつに」
ああ、一瞬で大きな顔が大地を揺らしのっしのっしとやって来た。
「俺たちの民は、すぐりの実のようにもぎ取られあいつに食われたんだ!」
季節は春。
『木苺』
馬跳び矢が巨人の方へ飛んでいくのを非難する赤織物の民と「ダメだ、この人たちは置いていく」の選択。
目をみてはいけない。
恐怖は声を殺し、体を仮死させる。
摘まれるか、
踏まれるか。
「左だ川に出る。やつは川をわたれない!」
「はや足のうえに、川の位置までわかるのか。すごいな」
「あんたが、馬に乗って走るよりも、馬が載せる方がもっと早くなる」
「妙な言い方をするが」
「馬とあんたはまだ相性があってない」
「おお、ご名答、先程馬屋できびってあった馬を拝借した、長丁場の馬は放たれた」
これだからヒトという種族は嫌だ。
嫌だが、この男の笑い声と喋りは一人で逃げているよりもなぜか心地よかった。
「競争だ!」
ああ、たぶんそういうことなんだろう。と、思ったとたんに大岩が対岸からこちら側に投げ込まれた。
やわらかな大地はめり込み砂ぼこりをあげた。
投げ込まれる感覚さえつかめば、逃げ切れると思った。
あいつは、大石を投げてくる。
斜面の見えない場所を走っているのに正確にとらえてくる。
だんだん上手になっていく感覚に恐怖症になりかけた。
瓦礫の砂利玉を投石されてからしばらくこちらには石が飛んでこなくなった。
川幅が広くなったのか!
それとも川が……それはない!
そうだ、水の匂いはする。
だが、そこまでだった。
右の軸足を大地に踏みしめ蹴りあげたとたんに足が粉砕骨折して飛んだ。
「今引き上げる!」
「やつを打て」
「持てるものは全部使いきった、おれたちゃ逃げるんだよ」
「やつを射れ」
「何をいっているんだお前は」
「念じろ、あいつに当たるように強い怒りで、俺たちの民は。あいつに殺された、さっきの村人も、あいつに食われたんだ!」
足が痛くて脳が割れそうだった。
狂ったようにさけぶしかなったんだ。
「射れ」
当たれ。
祈りよりも近い念が鋭利な硬い硬い一本の弓が飛んでいく。
顔に。
どーん、という地鳴り。
無音。
足の再生が始まった。
「そういうことか。お前の種族は」
「そうさ、お前ら鎧よりもはるかに強い、だからひとは嫌いだ」
「なら俺は嫌われないようにしないとな」
無駄口の多いやつほど早死にする。しかし、ごく稀に頂きに立つものがいる。領主であり君主であり、戦いのリーダーだ。
そいつにはそれを纏う薄い絹を持っていた。
「骨折してもすぐなおるとはな。しかも前よりも堅くしなやかな筋肉だ」
右と左では足の長さがショットグラス1杯分違う。
それは遠い遠い楽しい旅だった。
「俺たちは黒く産まれ、そして衝撃と代謝を繰り返し、白く硬くなっていく」
「プラナリアか」
「きってもきっても再生する」
笑って喧嘩して、冒険して友情よりも愛と名声とで別れた。
「お前の頭をふっとばしたらどうなる」
「さて……再生するかな。だが、欠損が埋れればそれだけそこの記憶がどこかなくなる。俺の足同様再生したところは色素が薄くなっているんだ。俺たちはそうやって硬くなっていく。俺たちの民はそうやって狩られた」
「頭を撃つならあのときぐらいにきちんと狙え、お前は詰めがいつも甘いから俺たちはいつも文無しの薄汚れだ」
「やめてくれよ。俺たちは仲間だろ、何年の付き合いだ」
「ひとは嫌いだ、いつまでも嫌いだ。だからお前も嫌いにさせてくれよ」
おはなしは終わり。英雄伝はこのお話ではないのです。
と、愛する娘のほっぺたに手を当てるこの老人は、娘にとっては遅い子だった。
だからか、愛でる愛もこの娘にとっては、涙の筋を残して眠ることが多い厳しい親となっていた。
この頃、老人は少年となり緑野を走っていた。
後ろから人と馬が走ってくる。
それよりも早く『赤織物の民』の集落についた。
「しらみ巨人がやって来る!逃げて!」
部族語で「顎髭原人様が来なさる」と若い民が騒いでいた。
それは全く違う態度で、「気がついておる」と、諭された。お迎えの喜びで輪になって踊っている花びらのような娘たちのスカートが見えたのだ。
「赤織物の民よ、違う!俺たちの民はやつに……やつに」
ああ、一瞬で大きな顔が大地を揺らしのっしのっしとやって来た。
「俺たちの民は、すぐりの実のようにもぎ取られあいつに食われたんだ!」
季節は春。
『木苺』
馬跳び矢が巨人の方へ飛んでいくのを非難する赤織物の民と「ダメだ、この人たちは置いていく」の選択。
目をみてはいけない。
恐怖は声を殺し、体を仮死させる。
摘まれるか、
踏まれるか。
「左だ川に出る。やつは川をわたれない!」
「はや足のうえに、川の位置までわかるのか。すごいな」
「あんたが、馬に乗って走るよりも、馬が載せる方がもっと早くなる」
「妙な言い方をするが」
「馬とあんたはまだ相性があってない」
「おお、ご名答、先程馬屋できびってあった馬を拝借した、長丁場の馬は放たれた」
これだからヒトという種族は嫌だ。
嫌だが、この男の笑い声と喋りは一人で逃げているよりもなぜか心地よかった。
「競争だ!」
ああ、たぶんそういうことなんだろう。と、思ったとたんに大岩が対岸からこちら側に投げ込まれた。
やわらかな大地はめり込み砂ぼこりをあげた。
投げ込まれる感覚さえつかめば、逃げ切れると思った。
あいつは、大石を投げてくる。
斜面の見えない場所を走っているのに正確にとらえてくる。
だんだん上手になっていく感覚に恐怖症になりかけた。
瓦礫の砂利玉を投石されてからしばらくこちらには石が飛んでこなくなった。
川幅が広くなったのか!
それとも川が……それはない!
そうだ、水の匂いはする。
だが、そこまでだった。
右の軸足を大地に踏みしめ蹴りあげたとたんに足が粉砕骨折して飛んだ。
「今引き上げる!」
「やつを打て」
「持てるものは全部使いきった、おれたちゃ逃げるんだよ」
「やつを射れ」
「何をいっているんだお前は」
「念じろ、あいつに当たるように強い怒りで、俺たちの民は。あいつに殺された、さっきの村人も、あいつに食われたんだ!」
足が痛くて脳が割れそうだった。
狂ったようにさけぶしかなったんだ。
「射れ」
当たれ。
祈りよりも近い念が鋭利な硬い硬い一本の弓が飛んでいく。
顔に。
どーん、という地鳴り。
無音。
足の再生が始まった。
「そういうことか。お前の種族は」
「そうさ、お前ら鎧よりもはるかに強い、だからひとは嫌いだ」
「なら俺は嫌われないようにしないとな」
無駄口の多いやつほど早死にする。しかし、ごく稀に頂きに立つものがいる。領主であり君主であり、戦いのリーダーだ。
そいつにはそれを纏う薄い絹を持っていた。
「骨折してもすぐなおるとはな。しかも前よりも堅くしなやかな筋肉だ」
右と左では足の長さがショットグラス1杯分違う。
それは遠い遠い楽しい旅だった。
「俺たちは黒く産まれ、そして衝撃と代謝を繰り返し、白く硬くなっていく」
「プラナリアか」
「きってもきっても再生する」
笑って喧嘩して、冒険して友情よりも愛と名声とで別れた。
「お前の頭をふっとばしたらどうなる」
「さて……再生するかな。だが、欠損が埋れればそれだけそこの記憶がどこかなくなる。俺の足同様再生したところは色素が薄くなっているんだ。俺たちはそうやって硬くなっていく。俺たちの民はそうやって狩られた」
「頭を撃つならあのときぐらいにきちんと狙え、お前は詰めがいつも甘いから俺たちはいつも文無しの薄汚れだ」
「やめてくれよ。俺たちは仲間だろ、何年の付き合いだ」
「ひとは嫌いだ、いつまでも嫌いだ。だからお前も嫌いにさせてくれよ」
おはなしは終わり。英雄伝はこのお話ではないのです。
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