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1 引きこもれ、卑弥呼様!
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時は弥生時代後期。
この時代、邪馬台国を治めていたのは動物達や自然の声を聞く事ができるとされ、鬼道という不思議な占いの力を持つ、一人の女性だった。
彼女は生涯未婚であり、謎に包まれた彼女をよく知る者は、唯一、彼女の弟だけだったという。
ここ邪馬台国の青空の下に建てられた一軒の木造の住居の中で二人の男女が神妙な表情で互いを見つめあっていた。
「……姉さん、もう無理じゃね?」
男は投げやりに女から目を逸らす。
「何よ、その表情は!?」
巫女服を纏った女は勢いよく立ち上がる。
「私はこの国で初めての女王である卑弥呼様よ!こんなところで終わってなるものですか!」
「いやでも……」
「でももへちまもありません! 私は占いの力でここまで登り詰めた最強の女王なのです! 弟のあなたはただ黙って私の補佐をしていればいいのです!!」
「でも姉さん、ホントは占いできないんだろ?」
その言葉に卑弥呼の動きがピタリと止まる。
「もう嘘つくのやめない? 見ててこっちが痛々しいよ。」
「そそそそそそそそんな訳ないでしょうぅぅ!? 私は占い師よ! 最強の占い女王よ!? 農民からはもはや神と崇められるレベルなのよ!?」
これでもかというくらいに動揺する卑弥呼を見据え、卑弥呼の弟はため息を漏らす。
「じゃあ、なんで骨もってきただけであんなにびびってたの? 骨を焼いて占いすることくらい今どきは普通の事だよ。なんで占いの最先端走ってるはずの姉さんがそんな事も知らないの?」
「あれは……いきなり目の前に骨が出されたら誰だって驚くというか……」
「別にあれ、人骨じゃないんだし、あんなにギャーギャー騒がなくても良かったんじゃないの?」
「うっ……」
「たぶん姉さんの叫び声、外にいた護衛の人たちにも聞こえてるよ。」
「ううっ……」
「最強の女王様が鹿の骨ごときにびびって大声上げたなんて知れたらどうなることやら。」
「うううっ……」
弟は卑弥呼をじっと睨んで口を開く。
「あと、動物の声とか風の声とか聞けるってのも嘘だよね?」
「う、嘘じゃないわよ! ちゃんと聞こえてたんだから!」
「聞こえて『た』?」
弟は怪訝な顔をする。
「あっ……」
卑弥呼は口を押さえる。
「どういう事?」
弟は卑弥呼に鋭い眼光を向ける。
「いやぁ~その~……子供の時は聞こえてたんだよ? ほんっとマジで。でもなんか二十歳超えたあたりからちょ~っとだけ耳が弱くなっちゃったのかなぁ~? 何か聞こえなくなっちゃったのよね……」
巫女服がびしょびしょになるほどの冷や汗を流しながら卑弥呼は目を泳がせる。
「でも姉さん、一昨日には“嵐がくると風達が教えてくれた”とかほざいてなかったっけ?」
「そっ、それはあれよ。フィーリング的な……」
「女王様がフィーリングで国治めていいのかよ。」
「で、でも実際に大雨が降ったじゃない!」
「結局、運だけじゃねぇか。」
(まぁこういうところで無駄に運がいいのが逆に不運なのかもしれないけど。)
「何よ、その可哀想なものを見るかのような目は!?」
「でも実際、これからもずっとフィーリングだけで国を治めていくってのは無理な話だろ?」
「…………。」
卑弥呼は押し黙る。
「姉さんが実はエセ占い師で、自然の声も聞こえなくなってるただのアラサーだって民衆に知れたら、王の座を狙って大勢の人が襲いかかってくるかもしれない。それは嫌だろ?」
「……うん。」
「というか、本当に子供の頃は自然の声が聞こえてたのかすらも怪しいけどな。幻聴だったんじゃね?」
「聞こえてたもん! 絶対聞こえてたもんっ!」
卑弥呼は涙目で弟に顔を近づける。
「分かったよ、そういう事にしとく。ともかく、姉さんは自分の無能っぷりを全力で隠し通さないと間違いなく殺される。」
「うっ、うん……。」
卑弥呼は生唾を飲み込む。
「だから姉さんには今日から一切外に出ず、この家に引きこもってもらいます!」
「え?」
「従者と話をするときも絶対に直接やりとりせず、一旦俺を通すこと!」
「えぇ!? でもそれだと趣味のバードウォッチングができないじゃない!」
「どうでもいいだろ、そんなの! 命かかってるんだぞ!? それにどうせ鳥とも喋れないんだからおとなしく家にいなさい!」
「……わかりました。」
こうしてエセ占い師卑弥呼の引きこもり生活が幕を開けた。
この時代、邪馬台国を治めていたのは動物達や自然の声を聞く事ができるとされ、鬼道という不思議な占いの力を持つ、一人の女性だった。
彼女は生涯未婚であり、謎に包まれた彼女をよく知る者は、唯一、彼女の弟だけだったという。
ここ邪馬台国の青空の下に建てられた一軒の木造の住居の中で二人の男女が神妙な表情で互いを見つめあっていた。
「……姉さん、もう無理じゃね?」
男は投げやりに女から目を逸らす。
「何よ、その表情は!?」
巫女服を纏った女は勢いよく立ち上がる。
「私はこの国で初めての女王である卑弥呼様よ!こんなところで終わってなるものですか!」
「いやでも……」
「でももへちまもありません! 私は占いの力でここまで登り詰めた最強の女王なのです! 弟のあなたはただ黙って私の補佐をしていればいいのです!!」
「でも姉さん、ホントは占いできないんだろ?」
その言葉に卑弥呼の動きがピタリと止まる。
「もう嘘つくのやめない? 見ててこっちが痛々しいよ。」
「そそそそそそそそんな訳ないでしょうぅぅ!? 私は占い師よ! 最強の占い女王よ!? 農民からはもはや神と崇められるレベルなのよ!?」
これでもかというくらいに動揺する卑弥呼を見据え、卑弥呼の弟はため息を漏らす。
「じゃあ、なんで骨もってきただけであんなにびびってたの? 骨を焼いて占いすることくらい今どきは普通の事だよ。なんで占いの最先端走ってるはずの姉さんがそんな事も知らないの?」
「あれは……いきなり目の前に骨が出されたら誰だって驚くというか……」
「別にあれ、人骨じゃないんだし、あんなにギャーギャー騒がなくても良かったんじゃないの?」
「うっ……」
「たぶん姉さんの叫び声、外にいた護衛の人たちにも聞こえてるよ。」
「ううっ……」
「最強の女王様が鹿の骨ごときにびびって大声上げたなんて知れたらどうなることやら。」
「うううっ……」
弟は卑弥呼をじっと睨んで口を開く。
「あと、動物の声とか風の声とか聞けるってのも嘘だよね?」
「う、嘘じゃないわよ! ちゃんと聞こえてたんだから!」
「聞こえて『た』?」
弟は怪訝な顔をする。
「あっ……」
卑弥呼は口を押さえる。
「どういう事?」
弟は卑弥呼に鋭い眼光を向ける。
「いやぁ~その~……子供の時は聞こえてたんだよ? ほんっとマジで。でもなんか二十歳超えたあたりからちょ~っとだけ耳が弱くなっちゃったのかなぁ~? 何か聞こえなくなっちゃったのよね……」
巫女服がびしょびしょになるほどの冷や汗を流しながら卑弥呼は目を泳がせる。
「でも姉さん、一昨日には“嵐がくると風達が教えてくれた”とかほざいてなかったっけ?」
「そっ、それはあれよ。フィーリング的な……」
「女王様がフィーリングで国治めていいのかよ。」
「で、でも実際に大雨が降ったじゃない!」
「結局、運だけじゃねぇか。」
(まぁこういうところで無駄に運がいいのが逆に不運なのかもしれないけど。)
「何よ、その可哀想なものを見るかのような目は!?」
「でも実際、これからもずっとフィーリングだけで国を治めていくってのは無理な話だろ?」
「…………。」
卑弥呼は押し黙る。
「姉さんが実はエセ占い師で、自然の声も聞こえなくなってるただのアラサーだって民衆に知れたら、王の座を狙って大勢の人が襲いかかってくるかもしれない。それは嫌だろ?」
「……うん。」
「というか、本当に子供の頃は自然の声が聞こえてたのかすらも怪しいけどな。幻聴だったんじゃね?」
「聞こえてたもん! 絶対聞こえてたもんっ!」
卑弥呼は涙目で弟に顔を近づける。
「分かったよ、そういう事にしとく。ともかく、姉さんは自分の無能っぷりを全力で隠し通さないと間違いなく殺される。」
「うっ、うん……。」
卑弥呼は生唾を飲み込む。
「だから姉さんには今日から一切外に出ず、この家に引きこもってもらいます!」
「え?」
「従者と話をするときも絶対に直接やりとりせず、一旦俺を通すこと!」
「えぇ!? でもそれだと趣味のバードウォッチングができないじゃない!」
「どうでもいいだろ、そんなの! 命かかってるんだぞ!? それにどうせ鳥とも喋れないんだからおとなしく家にいなさい!」
「……わかりました。」
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