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第五章:祭囃子
虹河原_5-1
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「失礼致します」
アース博士の護衛任務中、虹河原は数回のノックをした後に彼女がいる部屋へと入った。どうせ返答は無いだろう、と予想した上での行動だったが、それに応えるように彼女は彼が入ったところでキーボードを打つ手を止めない。
「今から話すことは私の推察です」
初めて会ったときに一色がしたように、虹河原は勝手に話すことにした。
「二日目の事故の件です。あれは事故ではなく、アース博士――貴女が仕組んだことではないでしょうか?」
虹河原は最初に彼がたどり着いた結論から話し始めた。失礼なことは重々承知で、これにより彼女が警察上層部に掛け合えば、彼には相応の処分が下されても仕方のない発言だ。それでも、彼は自分の中の信念を貫く。キーボードの音が響く中で。
「事故発生時、被害者は当初設定していたプログラムを実行し、所定の動作をし終えたロボットアームの前で演説をしていました。そこに、急に予想外の動きをしたロボットアームが彼を襲った」
虹河原は当時のことを思い出しながら話す。
「ロボットの暴走による事故――そう片付けるのが一般的です。ですが、そう考えるには違和感があります。何故なら、ロボットは『プログラミングされたことしかできない』のですから」
ロボット、という製造物の動作はシンプルで人間が用意したプログラムの通り、動作する。
バグや暴走などの予想外の動作をすることもあるが、それはロボットが自ら勝手に動くという意味ではない。
多くの判断機能を組み込まれ、複雑化されたプログラムによってロボットが動作することで、人間がデバッグしきれなかった条件のとき、ロボットは人間が予想していなかった動きをみせるのだ。
つまり、バグも暴走も、ロボットからしたらプログラム通りに動いたことになる。
「中にはディープラーニングを搭載し、人工知能が想定外の学習をすることで暴走することもあるそうですが、御社の社員に聞いたところ、今回事故のあったロボットアームにはそんなものは搭載されていない、とのことでした」
虹河原は事前にマザー・エレクトロン株式会社の社員に聞き込みをしていた。
事故のあったロボットアームは微細で繊細な動作が出来るだけで、精度の高いパーツとシンプルなプログラムで構成されていたそうだ。パフォーマンスも狭い箇所を通すなど単純なものだった。
「デモンストレーションということもあり、想定されるパターンも少なく、リハーサルも行い万全を期していたそうです。ミスは極めて起こりにくい状況でこの『事件』は発生した。
ならば、考えられるのは外部からプログラムを書き換えたか、影響を与える『何か』を行ったか……」
虹河原の言葉にアース博士は反応しない。
「プログラムを書き換えた可能性はゼロに近いでしょう。実行プログラムは御社のサーバ上にありますが、変更されたログはなかったそうです。御社はバックアップ用に細かくログが残るので、そのようなことをすれば形跡が残る。なので、可能性として高いのは――現場に置かれていたパソコンのローカルに直接細工をした」
そこで言葉を区切っても、響くのはキーボードの音だけだ。虹河原は続ける。
「監視カメラでは誰かが近づいて細工するような映像はありませんでした。ですが、近づいた影はありました――そのロボットです」
虹河原は部屋の中にいるアリス、と呼ばれるロボットを見つめる。その視線に気づいている様子はなかった。
「ですが、そのロボットの接触も僅か数分です。イベントのときには接触していません。しかし、被害者は言いました。『ロボットを止めろ』と――これはそのロボットのことではない。RPA――貴女達、技術者の中ではこれのこともロボット、と表現するのですよね?」
RPA、というのはロボティックプロセスオートメーションの略であり、予め決められたプロセスの処理を登録し、実行することで人が操作するのと同じようにアプリケーション等を動作させることを可能にする技術だ。
これをイベント会場にあるパソコンのローカルにコピーさせるタスクをアリスに登録。タスクマネージャ等で決められた時間に実行するようにしておけば、自動的に『事故』を起こせる。
「イベントも、そこにいるロボットも、人も、タイムスケジュール通り進みます。イベントの終了時刻間際では人もロボットも所定の位置にいる。『事故』は遠隔で起こすことが可能です」
そこまで語るが、部屋の状況は変わらない。アース博士が反応することもない。
「反応しないのは証拠を消すことが成功しているからですか?」
虹河原はアース博士に尋ねる。
虹河原が話した方法では、イベント会場にあったパソコンのローカル上にデータが残る。しかし、この『事故』では最後にロボットアームが倒れ、パソコンを破壊してしまった。パソコン内のハードディスクは物理的に破壊され、確認することも再現することもできなかった。まるで――それすらも狙っていたかのように。
「事故発生時、不可解なことが多く起きました。警察の無線に謎の指示――これもハッキングすれば可能でしょう。そして、事故を狙ったかのように詩島組が侵入した。これは全て……『事故』も『誘拐』も貴女が画策したことだったのでは――」
そこまで話したとき、アース博士は手を止めてイスに座ったまま、虹河原へと振り返った。
「キミは賢いな……しかし、聡くはない」
アース博士の護衛任務中、虹河原は数回のノックをした後に彼女がいる部屋へと入った。どうせ返答は無いだろう、と予想した上での行動だったが、それに応えるように彼女は彼が入ったところでキーボードを打つ手を止めない。
「今から話すことは私の推察です」
初めて会ったときに一色がしたように、虹河原は勝手に話すことにした。
「二日目の事故の件です。あれは事故ではなく、アース博士――貴女が仕組んだことではないでしょうか?」
虹河原は最初に彼がたどり着いた結論から話し始めた。失礼なことは重々承知で、これにより彼女が警察上層部に掛け合えば、彼には相応の処分が下されても仕方のない発言だ。それでも、彼は自分の中の信念を貫く。キーボードの音が響く中で。
「事故発生時、被害者は当初設定していたプログラムを実行し、所定の動作をし終えたロボットアームの前で演説をしていました。そこに、急に予想外の動きをしたロボットアームが彼を襲った」
虹河原は当時のことを思い出しながら話す。
「ロボットの暴走による事故――そう片付けるのが一般的です。ですが、そう考えるには違和感があります。何故なら、ロボットは『プログラミングされたことしかできない』のですから」
ロボット、という製造物の動作はシンプルで人間が用意したプログラムの通り、動作する。
バグや暴走などの予想外の動作をすることもあるが、それはロボットが自ら勝手に動くという意味ではない。
多くの判断機能を組み込まれ、複雑化されたプログラムによってロボットが動作することで、人間がデバッグしきれなかった条件のとき、ロボットは人間が予想していなかった動きをみせるのだ。
つまり、バグも暴走も、ロボットからしたらプログラム通りに動いたことになる。
「中にはディープラーニングを搭載し、人工知能が想定外の学習をすることで暴走することもあるそうですが、御社の社員に聞いたところ、今回事故のあったロボットアームにはそんなものは搭載されていない、とのことでした」
虹河原は事前にマザー・エレクトロン株式会社の社員に聞き込みをしていた。
事故のあったロボットアームは微細で繊細な動作が出来るだけで、精度の高いパーツとシンプルなプログラムで構成されていたそうだ。パフォーマンスも狭い箇所を通すなど単純なものだった。
「デモンストレーションということもあり、想定されるパターンも少なく、リハーサルも行い万全を期していたそうです。ミスは極めて起こりにくい状況でこの『事件』は発生した。
ならば、考えられるのは外部からプログラムを書き換えたか、影響を与える『何か』を行ったか……」
虹河原の言葉にアース博士は反応しない。
「プログラムを書き換えた可能性はゼロに近いでしょう。実行プログラムは御社のサーバ上にありますが、変更されたログはなかったそうです。御社はバックアップ用に細かくログが残るので、そのようなことをすれば形跡が残る。なので、可能性として高いのは――現場に置かれていたパソコンのローカルに直接細工をした」
そこで言葉を区切っても、響くのはキーボードの音だけだ。虹河原は続ける。
「監視カメラでは誰かが近づいて細工するような映像はありませんでした。ですが、近づいた影はありました――そのロボットです」
虹河原は部屋の中にいるアリス、と呼ばれるロボットを見つめる。その視線に気づいている様子はなかった。
「ですが、そのロボットの接触も僅か数分です。イベントのときには接触していません。しかし、被害者は言いました。『ロボットを止めろ』と――これはそのロボットのことではない。RPA――貴女達、技術者の中ではこれのこともロボット、と表現するのですよね?」
RPA、というのはロボティックプロセスオートメーションの略であり、予め決められたプロセスの処理を登録し、実行することで人が操作するのと同じようにアプリケーション等を動作させることを可能にする技術だ。
これをイベント会場にあるパソコンのローカルにコピーさせるタスクをアリスに登録。タスクマネージャ等で決められた時間に実行するようにしておけば、自動的に『事故』を起こせる。
「イベントも、そこにいるロボットも、人も、タイムスケジュール通り進みます。イベントの終了時刻間際では人もロボットも所定の位置にいる。『事故』は遠隔で起こすことが可能です」
そこまで語るが、部屋の状況は変わらない。アース博士が反応することもない。
「反応しないのは証拠を消すことが成功しているからですか?」
虹河原はアース博士に尋ねる。
虹河原が話した方法では、イベント会場にあったパソコンのローカル上にデータが残る。しかし、この『事故』では最後にロボットアームが倒れ、パソコンを破壊してしまった。パソコン内のハードディスクは物理的に破壊され、確認することも再現することもできなかった。まるで――それすらも狙っていたかのように。
「事故発生時、不可解なことが多く起きました。警察の無線に謎の指示――これもハッキングすれば可能でしょう。そして、事故を狙ったかのように詩島組が侵入した。これは全て……『事故』も『誘拐』も貴女が画策したことだったのでは――」
そこまで話したとき、アース博士は手を止めてイスに座ったまま、虹河原へと振り返った。
「キミは賢いな……しかし、聡くはない」
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