上 下
24 / 47
有栖-3

有栖-3-1

しおりを挟む
 初日以降、有栖はコーポ松下の調査を愚直に勤めた。
 昼頃に直接コーポ松下へ向かい、住民へ聞き込み。これは有栖が帰ったあとに、物音がなかったか、誰か見なかったか、と何かしらの事象が発生していないかを確認する為だ。
 そのあとは高本のカフェで昼食を済まし、ユースティティアの事務所で一色に現状の報告。事務仕事を片づけると極秘の案件に関する前線対象者の訓練等を実施。
 定時後には再びコーポ松下へ足を運び、管理人にも現状の報告と張り込み開始を連絡。そのあとは深夜三時まで張り込み――これが有栖のルーティーンだった。
 張り込みは根気のいる業務であるが、有栖は誠実に真面目に手を抜くことなく従事した。

「今日も何もなし……か」
 張り込みを開始し、五日目の昼。この日も住民に聞き込みを実施したが、得られた情報はなにもなかった。誰も、問題の部屋に人が出入りするところを見ることはなかったし、物音もない、とのこと。それは深夜まで張り込みをしている彼女が外から見ているときも同じだった。
 何もない、という調査報告は一見、朗報にも思えるが実際に噂が出ている以上、何かしらの要因はあると考えるべきだ。老朽化の軋み、ホームレスが勝手に上がり込んでいた……等々、そのような要因を見つけ、除去ができてこそ依頼した人は安心できるものだ。何もない――これは何も見つけることが出来なかったに等しく、依頼者の不安は完全に拭いきれない。
「火のないところに煙は立たないと思うし――完全なデマが流布した可能性も検討するべき? その場合は……」
 ぶつくさと自身の考えを呟きながら有栖は三階から一階へと向かって階段を降りる。そのとき、
「あ、管理人さん」
 一階の郵便受けを見ている松下優也を見つけ、有栖は声をかけた。
「あぁ、有栖さん。どうも」
 彼もまた有栖の声に反応すると、一礼した。未だ視線は合わないことが多いが、それでも名前を呼んでくれるほどには信頼を築けているようだ。
「すみません、今日も報告できることがありません」
「いえ、有栖さんが真剣に対応してくれていることは知っていますので、謝る必要はありません。きっと、冗談半分で書き込んだインターネットの噂が広まったんですよ」
「そうなんですかね……」
 有栖は松下優也の話を聞いて、頭を書きながら考えこむ。そのとき、彼女は少し目を瞑りながら考えていたので、気づかなかった。松下優也が思い詰めるような顔をしていたことに。
「あ、あの――」
「そういえば、この件がデマなら弊社の情報システムに依頼して発信源を突き止めるように依頼してみましょうか? 時間はかかりますが、特定できる可能性があります」
 偶然にも、有栖は松下優也の言葉を遮った。彼は何かを飲み込むように、俯くと、再び顔を上げて愛想笑いを見せた。
「いえ、そこまでは結構です。期日まで調査してい頂ければ充分なので。もちろん、何も見つからなかったとしても」
「わかりました。引き続き、調査しますね」
 有栖はそう言って、一礼を返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

有栖と奉日本『幸福のブラックキャット』

ぴえ
ミステリー
警察と相対する治安維持組織『ユースティティア』に所属する有栖。 彼女は謹慎中に先輩から猫探しの依頼を受ける。 そのことを表と裏社会に通じるカフェ&バーを経営する奉日本に相談するが、猫探しは想定外の展開に繋がって行く―― 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)

有栖と奉日本『不気味の谷のアリス』

ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第五話。 マザー・エレクトロン株式会社が開催する技術展示会『サイバーフェス』 会場は『ユースティティア』と警察が共同で護衛することになっていた。 その中で有栖達は天才・アース博士の護衛という特別任務を受けることになる。 活気と緊張が入り混じる三日間――不可解な事故と事件が発生してしまう。 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)

有栖と奉日本『ミライになれなかったあの夜に』

ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第八話。 『過去』は消せない だから、忘れるのか だから、見て見ぬ振りをするのか いや、だからこそ―― 受け止めて『現在』へ そして、進め『未来』へ 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)

有栖と奉日本『垂涎のハローワールド』

ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第七話。 全てはここから始まった―― 『過去』と『現在』が交錯し、物語は『未来』へと繋がっていく。 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)

有栖と奉日本『チープな刻の中で』

ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第四話。 誰しも時間は平等に流れている。 治安維持組織『ユースティティア』にも警察にも。 それが束の間の平穏だとしても。 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)

変な屋敷 ~悪役令嬢を育てた部屋~

aihara
ミステリー
侯爵家の変わり者次女・ヴィッツ・ロードンは博物館で建築物史の学術研究院をしている。 ある日彼女のもとに、婚約者とともに王都でタウンハウスを探している妹・ヤマカ・ロードンが「この屋敷とてもいいんだけど、変な部屋があるの…」と相談を持ち掛けてきた。   とある作品リスペクトの謎解きストーリー。   本編9話(プロローグ含む)、閑話1話の全10話です。

有栖と奉日本『デスペラードをよろしく』

ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第十話。 『デスペラード』を手に入れたユースティティアは天使との対決に備えて策を考え、準備を整えていく。 一方で、天使もユースティティアを迎え撃ち、目的を果たそうとしていた。 平等に進む時間 確実に進む時間 そして、決戦のときが訪れる。 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(X:@studio_lid)

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

処理中です...