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神爪村の祟り

奉日本-1

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「――ということなんですよ、アース博士」
 貸し切りにされた店内のバーカウンターでアイリッシュ・コーヒーを飲む女性に奉日本は有栖から聞いた話をそのまま伝えた。彼女は光が失われたような真っ黒な目を一度だけ彼に向けると再び、手元のドリンクに視線を落とす。そして、一口こくりと飲んで、グラスを置いた。
「……美味しい」
「ありがとうございます」
 ショートボブで黒のスーツシャツに同色のスラックス。その上に白衣を羽織る小柄な白人女性――アース・バウンド博士。彼女は奇妙な縁ではあるが、サイバーフェスというイベントが近くなったときに来日し、そして、必ず奉日本の店に訪れる。最初は知人を通して出会ったのが、そのときに飲んだ彼のコーヒーを気に入ったらしい。
 かなりのVIPなので来店時には店は貸し切り、外ではボディーガードの待機がスタンダードになっている。
「ブレンド一つ」
「ご注文、ありがとうございます」
 アース博士は来店時の最初と最後に必ずブレンドを注文する。間に注文するのも必ずコーヒー系のカクテルだ。そして、本日二回目のブレンドの注文。つまり、本日最後の注文だ。
 奉日本はハンドミルで丁寧に豆を挽き、ネルドリップでコーヒーを淹れる。アース博士が来店時には夜でも店内はコーヒーの香りで包まれていた。
「オカルトには興味ありませんか?」
 奉日本はコーヒーを差し出し、尋ねた。アース博士はカップを口に近づけると数回息を吹きかけ、啜るように飲み、コーヒーを味わう。
 そして、カップを置くと、
「オカルト? 何の話?」
 そう言って、首を傾げた。
「先程の話です……えっと、聞いてなかったんですか?」
「聞いてた。神爪村の話」
「それですけど……」
「だから、どこがオカルト?」
 アース博士は反対側に首を傾げた。
「……もしかして、何か解ったりしました?」
 奉日本は驚いた表情でアース博士を見た。一方の彼女は再び、コーヒーに視線を落とした。
「推測だけど。まぁ、そうかなって」
「教えていただけたりしますか?」
「何で?」
「何でって――」
 そこで奉日本は言葉を飲んだ。アース博士、という人物を彼は理解していたからである。
 話の流れから、教えてくれても良いのでは――と、思うのは一般的な思考だ。しかし、アース博士は違う。彼女にとって自分で考え、導いた答えは一つの成果物なのだ。それを要求するには相応の対価が必要になる。
 店の貸し切りも注文もサービスも全て、費用を払って貰っている。常に対等の状態だ。
「俺がアース博士に特別に提供できそうなものはありませんね。特に貴女の答えに対して同等の価値があるものは全く思いつきません」
「そうかしら?」
「えぇ、俺にできることは無いと思います」
「そうかしら?」
「そうですよ」
「価値を決めるのは自分じゃない。いつだって、他人よ」
「俺にアース博士の答えと同等の価値がある何かを提供できる、と?」
「私はそう思っているけど」
 今度は奉日本が首を傾げる。
「それを教えて頂けたりはしますか?」
「そうね、本来なら嫌だけど。まぁ、聞きたくもなかった神爪村の話を聞かされた対価として」
 そう言うと、アース博士はコーヒーの入ったカップを持ち上げ、もう片方の手で指さすと不敵に微笑んだ。
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