有栖と奉日本『チープな刻の中で』

コーヒーブレイク

※

　一色の表情が一瞬強張る。それは虹河原でないと見落としていただろう――それぐらい刹那のことだった。
「私の知る限りは家族は円満だったと思います。警察を離れてから仲が悪くなった可能性もありますが、別姓にはなっていないようですし――」
　虹河原がそう話すと、一色はカップに残されたコーヒーを一気に飲み干した。
　そして、
「プライベートのことは勘弁してくれや」
　カップを置くと苦笑いを浮かべて、そう言った。そして、彼はテーブルに置かれた伝票を手に取る。
「奢ったるから今の質問はノーコメントや」
「断っても退かないでしょう」
「せやな。俺と奢る奢らないの無意味なラリーをしたくないなら、ここは受け入れるべきやな」
「……解りました。ごちそうになります」
「ほな、次はサイバーフェスで会うことになるかな」
　そう言って一色は席を立つ。
「おそらく。殺伐とした雰囲気の中で」
「そんときはお手柔らかに。あぁ、あとあんまり先走るなよ。少し離れて見て、考えることも大事やで、お前は賢すぎる」
「余計なお世話です」
「まぁ、『元』上司からのアドバイスや。ほな、またな」
　一色は伝票を持って、レジへと向かい、会計を済ますとそのまま出て行った。
　一人残された虹河原は先程まで一色が座っていた場所を見つめると、
「そうやって巻き込まないように、都合が悪くなると逃げるのも相変わらずですね」
　そう呟くと、残っていたコーヒーを啜る。唇に触れた液体は熱くもなく、冷めてもいない――心地よい温かさだった。