有栖と奉日本『チープな刻の中で』

ぴえ

文字の大きさ
上 下
8 / 27
先輩と後輩と上司と部下

しおりを挟む
「有栖先輩、ちょっといいですか?」
 その日の定時のチャイムが鳴ったあと、反保は有栖のデスクの横に近づいた。
「何?」
「今日って、給料日じゃないですか」
「え? まさか、先輩に奢らそうと……」
「違います」
 反保は頭痛を抑えるかのようにこめかみに指を当てると、一度大きく深呼吸し、少し決意を固めて話し出した。
「有栖先輩の……その右手のことなんですけど……」
「ん? あぁ――」
 反保の言葉を聞いて、有栖は自身の右手に視線を落とす。彼女は彼がそのことを口にするには勇気が必要だったことは理解していた。
 そこには反保がナイフで貫いた傷跡が残っている。
「これが、どうかした?」
 有栖はそれが大したことではないように振る舞い、視線を反保に戻す。その素振りが彼女の答えだと解っているが、それでも彼は納得できなかった。
「有栖先輩が気にしてなくても、僕は気になって……」
「だったら、何? お嫁にもでも貰ってくれるの?」
「え? いや、それは、その……好みのタイプじゃないので遠慮します」
「今の自分なら、反保が人質に捕られても全力で乗り込める自信がある」
「有栖先輩は優しいですね」
「んー、必死で助けに来てくれる先輩像を描いているなら違うから。それで、本題は?」
 話が噛み合っていないことは解っていながら、有栖はとりあえず先に進めた。
「有栖先輩は気にしてなくても、僕は気になりまして……その、今日の昼休みに買ってきました」
 反保は一つの箱をデスクの上に置いた。
「これあげます」
「何これ?」
 有栖は箱を開け、中身を取り出す。そこには黒のレザーの手袋が入っていた。
「着けろと?」
「よろしければ」
「あら、ぴったり」
「手のサイズは覚えてましたので」
「変なところで能力を使うな」
 有栖は手袋を着けた右手を閉じたり、開いたりと動作を繰り返す。しっくりと馴染み、当然ながら傷跡は隠れている。
「まぁ、後輩のお願いを聞くのも先輩の役目か。良いよ、解った」
「あ、ありがとうございます」
「でも、どうせボロボロなると思う」
「あぁ、先輩は粗暴ですからね」
「はは、殴るぞ」
 そんな会話を交わしていると、その様子を見ていた一色が近づいて来た。
「随分と楽しそうやんか。それだけ仲が良ければ次の任務も大丈夫そうやな」
「次の任務ってサイバーフェスの警備でしたっけ?」
「せや、大企業が開く先端技術のショーや。そこにユースティティアとして特務課からも全員参加やからな。チームワークが大事やし親睦会でも開こうか思ってたんやけど」
「回らない寿司、もしくは焼肉。イチさんの奢りで」
 即答した有栖を一色は呆れた目で一瞥すると、反保へと視線を向ける。
「なぁ、反保、コイツになんか言ったって」
 そう話を振られた反保は
「先輩を頼りにしてます、任せます」
 棒読みでそうスラスラと答えた。
「チームワークは大丈夫そうやな」
 一色は大きく溜め息をついて、そう言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

有栖と奉日本『ミライになれなかったあの夜に』

ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第八話。 『過去』は消せない だから、忘れるのか だから、見て見ぬ振りをするのか いや、だからこそ―― 受け止めて『現在』へ そして、進め『未来』へ 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)

有栖と奉日本『不気味の谷のアリス』

ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第五話。 マザー・エレクトロン株式会社が開催する技術展示会『サイバーフェス』 会場は『ユースティティア』と警察が共同で護衛することになっていた。 その中で有栖達は天才・アース博士の護衛という特別任務を受けることになる。 活気と緊張が入り混じる三日間――不可解な事故と事件が発生してしまう。 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)

有栖と奉日本『ファントムケースに御用心』

ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第二話。 少しずつではあるが結果を残し、市民からの信頼を得ていく治安維持組織『ユースティティア』。 『ユースティティア』の所属する有栖は大きな任務を目前に一つの別案件を受け取るが―― 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)

有栖と奉日本『デスペラードをよろしく』

ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第十話。 『デスペラード』を手に入れたユースティティアは天使との対決に備えて策を考え、準備を整えていく。 一方で、天使もユースティティアを迎え撃ち、目的を果たそうとしていた。 平等に進む時間 確実に進む時間 そして、決戦のときが訪れる。 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(X:@studio_lid)

有栖と奉日本『幸福のブラックキャット』

ぴえ
ミステリー
警察と相対する治安維持組織『ユースティティア』に所属する有栖。 彼女は謹慎中に先輩から猫探しの依頼を受ける。 そのことを表と裏社会に通じるカフェ&バーを経営する奉日本に相談するが、猫探しは想定外の展開に繋がって行く―― 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)

強制憑依アプリを使ってみた。

本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。 校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈ これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。 不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。 その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。 話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。 頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。 まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。

有栖と奉日本『垂涎のハローワールド』

ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第七話。 全てはここから始まった―― 『過去』と『現在』が交錯し、物語は『未来』へと繋がっていく。 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

処理中です...