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第六章:名もなき毒

有栖_6-6

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「待て……」

 横を通り過ぎようとした有栖のジャケットを掴み、海野は掠れた声で言った。その声も力も弱々しく彼女が振り解くことは容易だったが、

「棚神選手を止めなきゃいけない。貴方達が出来ないなら、自分が無理矢理にでも」

 有栖は足を止めて言った。

「俺だって止めようって何度も考えた。だけど……あの人の背負っている看板はデカすぎる。今の俺なんかが代わりに背負えるもんじゃないんだよ」

 掠れた声は悔しさに震えていた。そんな海野に有栖は静かに目を瞑り、瞼の裏に一瞬浮かんだ人影をしっかり認識すると、彼女は目を開き、少し遠くを見た。

「全部背負う必要なんてなかったんじゃない?」
「え?」
「全部背負わなくても肩を貸すだけで良かったんだよ。少しだけでも軽くしてあげることぐらいは出来たんじゃない? まぁ、自分が言えた義理じゃないけど」

 その言葉を聞き、海野は悔しそうに涙を零した。

「――棚神さんを助けてください」
「最初からそのつもり――え?」

 有栖が答えようとしたとき、先程彼女が降りてきた階段から大きな足音が聞こえてきた。

 ――反保じゃ……ない

 先を急ぐべきか、と有栖は思うが背後を見せるのは危険かと判断し、振り返り、警戒した。
 階段から飛び出てきたのは――中島だった。彼を認識した瞬間、有栖は速攻を仕掛けようとした。不意打ちではあるが、今は仕方ない。一刻でも早く倒し、先を急ごうとしたのだった。
 しかし、

「先輩、ストップ!」

 聞き覚えのある大声で、有栖にブレーキがかかる。彼女が止まると、中島の背中から反保が顔をひょっこりと出した。どうやら中島に背負われているようだ。

「反保、何してんの?」
「中島さんに運んでもらっていたんですよ。彼に戦う意志はありません」

 有栖が中島に視線を向けると、

「はい、その通りです。彼の思いに負けました」

 そう言った中島は首を小さく振り、そう言うと膝を着いている海野を見て、驚いたようだった。

「俺も……棚神さんを救いたい」

 海野のその言葉だけで、反保も中島も状況を理解したようだった。
 そして、反保が叫んだ。

「先輩、急いで!」

 その言葉を受けて、有栖は棚神選手の控え室へと駆け出した。

 このとき、試合はセミファイナルが始まる直前まで差し掛かっていた。
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