有栖と奉日本『翔べないツバサ』

第六章：名もなき毒

中島_6-2

「もうやめませんか？」

　中島は目の前の反保に対して、呼吸を少しだけ乱しながら問いかけた。彼の行きたい方向には相変わらず、ユースティティアの隊員が立っている。しかし、その姿は立っているのも限界のようにも見えた。

　頭と口から血を流し、
　呼吸は大きく乱れ、
　足下もおぼつかない。

　もう立ち上がらないだろう、と中島は何度も思った。しかし、彼はその期待を裏切り、立ち上がっては階段への進行を阻止した。
　その度に殴り、投げては床に叩きつけた。受け身が上手いのは認めるところだが、それでもダメージはあるはずだった。痛みに強いのは理解しても、それでも脳は揺れ、身体機能に異常が発生しても無理もない。
　だけど、それでも立ち上がるのは――反保の精神力が尋常ではないからだろう。それは中島に畏怖の念を抱かせるぐらいに。
　一方で理解できないこともある。

「……貴方達が市民の命を護ることが『仕事』なのは解ります。それでも、そこまでこちらの自分勝手な暴力を受けて、ボロボロになって……『仕事』だったとしても、他人の為にそこまで立ち上がれるのは何故ですか？　貴方達と棚神さんはそこまで親密な関係でも――」

　中島の言葉は、彼自身もこれ以上は反保を傷つけたくない――そんな罪悪感を覚えながら発せられた言葉だった。しかし、その続きを否定するように、反保の言葉が聞こえてきた。

「……貴方の為でもあります」