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第十章_空白と余白

一色 京_10-2

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 有栖が帰ったあと、京は一色誠の仏壇の前に座っていた。
 手には数枚のメモが握られている。これは有栖がこの家に訪れる前に、真木が彼女に渡したものだった。

「これについて京さんが知ることを、アイツが望んでるかは解りませんが……それでも、俺は貴女に渡す方が良いと思うので」

 その言葉を添えて、彼は仏壇で手を合わすと帰って行った。

 メモにはデータ改ざんを目的としたウイルスである『レシエントメンテ』について、一色が知っていることや調べたことが書いてある。彼女は有栖が来る事前に、それを読み終えていた。

「誠――有栖さん、泣いてたよ。しかも、酷い上司だって。あんな良い子を泣かすんじゃないわよ」

 京は仏壇に向かって語りかける。

「有栖さんの推察については私も同意見。死んでも護る……貴方ならしそうなことだわ」

 語りかける度、返ってくるのは静寂だ。

「誠。私達ってさ、夫婦喧嘩ってしたことなかったよね。ちょっとした意見の言い合いとかはあったけど、口も聞かなくなるような険悪になるものは無かった。
 同職だったからかな? 互いに、解っちゃうことがあったよね。貴方の譲れないところと私の譲れないところ。
 それが解るから、貴方がどうしても意見を通したいときは私が引くし、その逆で、私が譲れないときは貴方が引いて――だから、互いに譲れないような喧嘩にはならなかった。
 だから、解る――貴方は私と楓に危険なことなんてなく平穏無事に生きて欲しいって思ってるよね。これが今の貴方が譲れないこと……」

 京は静かに目を瞑り、そして、真っ直ぐに見つめると、仏壇に……いや、一色誠に話しかけた。

「誠――夫婦喧嘩をしましょうか」
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