56 / 116
第六章_三日前
天使_6-2
しおりを挟む
「早速ですが、一色という男がこの店に来店していますね」
天使は注文したスコッチウィスキーのロックを一口飲むと、そう切り出した。
「お客様のプライベートな情報は――」
「つまらない回答は控えてください。死にたくないでしょう」
奉日本の定型文を予期したかのように、天使はさらり、と言い切った。
店内にはまだ客が残っており、天使の発言も店内の雑音の一つとして紛れているのにも関わらず、その音も言葉の温度の冷たさも確実に奉日本へと届いていた。何か一つ判断を間違えれば、今、この瞬間にでも命を刈り取ってしまいそうな確かな殺気が奉日本の身体を硬直させる。無数の銃口に囲まれ、目の前には冷たいナイフを突きつけられているような緊張感が、そこにはあった。奉日本としても、助かる可能性に縋るならば眼前のナイフと向かい合った方が得策だと判断した。
「はい。来ています」
「それで良い。シニガミが一色のことについては調べているんだ。無駄なことはしないように」
「はい」
奉日本は閉店準備をしている姿を装いながらグラスを拭く。
「何の話をしていた? その情報をリークしなさい」
「…………」
「もちろん、強制ではありません。ただ『賢い判断』をしなさい、とだけ言っておきます」
「……………………」
僅か数分だけ、奉日本は沈黙した。しかし、それは思考を廻らせるには短く、しかし、苦痛を与えられるには充分な時間でもあった。
そして――
「――――――――です」
「なるほど。どこで?」
「――――――――になります」
「そうですか。キミは賢い方だ。裏社会で一目置かれる存在だけある。冷静に、正しい選択をした。まぁ、その情報の真偽は確認しますけど」
「勝手にしてください。ここで嘘を話して、生き残れる相手ではないことは解っているつもりです」
「そうですか」
天使は少し笑うと、上機嫌にグラスの中身を一気に飲み干した。強いアルコールとスモーキーな香りが体内を駆け巡る。
「良い酒だ。気に入りましたよ、キミもこの店も」
「それはどうも」
天使はカウンターにグラスを置き、そこに必要以上に多くの金を挟んで席を立つ。奉日本がグラスを回収しようとすると、彼は即座にその手首を掴んだ。そして、軽く引き寄せ耳打ちを一つ。
「折角、綺麗な顔なんだ。その『右目』も治したらどうですか?」
その言葉が届くと、奉日本は手を振り払い、天使を睨んだ。
「私も利用した腕の良い医者がいますので、良かったら紹介しますよ。興味があったら連絡をください。では――」
天使は不敵な笑みを残すと、店から軽やかな足取りで出て行った。
天使は注文したスコッチウィスキーのロックを一口飲むと、そう切り出した。
「お客様のプライベートな情報は――」
「つまらない回答は控えてください。死にたくないでしょう」
奉日本の定型文を予期したかのように、天使はさらり、と言い切った。
店内にはまだ客が残っており、天使の発言も店内の雑音の一つとして紛れているのにも関わらず、その音も言葉の温度の冷たさも確実に奉日本へと届いていた。何か一つ判断を間違えれば、今、この瞬間にでも命を刈り取ってしまいそうな確かな殺気が奉日本の身体を硬直させる。無数の銃口に囲まれ、目の前には冷たいナイフを突きつけられているような緊張感が、そこにはあった。奉日本としても、助かる可能性に縋るならば眼前のナイフと向かい合った方が得策だと判断した。
「はい。来ています」
「それで良い。シニガミが一色のことについては調べているんだ。無駄なことはしないように」
「はい」
奉日本は閉店準備をしている姿を装いながらグラスを拭く。
「何の話をしていた? その情報をリークしなさい」
「…………」
「もちろん、強制ではありません。ただ『賢い判断』をしなさい、とだけ言っておきます」
「……………………」
僅か数分だけ、奉日本は沈黙した。しかし、それは思考を廻らせるには短く、しかし、苦痛を与えられるには充分な時間でもあった。
そして――
「――――――――です」
「なるほど。どこで?」
「――――――――になります」
「そうですか。キミは賢い方だ。裏社会で一目置かれる存在だけある。冷静に、正しい選択をした。まぁ、その情報の真偽は確認しますけど」
「勝手にしてください。ここで嘘を話して、生き残れる相手ではないことは解っているつもりです」
「そうですか」
天使は少し笑うと、上機嫌にグラスの中身を一気に飲み干した。強いアルコールとスモーキーな香りが体内を駆け巡る。
「良い酒だ。気に入りましたよ、キミもこの店も」
「それはどうも」
天使はカウンターにグラスを置き、そこに必要以上に多くの金を挟んで席を立つ。奉日本がグラスを回収しようとすると、彼は即座にその手首を掴んだ。そして、軽く引き寄せ耳打ちを一つ。
「折角、綺麗な顔なんだ。その『右目』も治したらどうですか?」
その言葉が届くと、奉日本は手を振り払い、天使を睨んだ。
「私も利用した腕の良い医者がいますので、良かったら紹介しますよ。興味があったら連絡をください。では――」
天使は不敵な笑みを残すと、店から軽やかな足取りで出て行った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
有栖と奉日本『不気味の谷のアリス』
ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第五話。
マザー・エレクトロン株式会社が開催する技術展示会『サイバーフェス』
会場は『ユースティティア』と警察が共同で護衛することになっていた。
その中で有栖達は天才・アース博士の護衛という特別任務を受けることになる。
活気と緊張が入り混じる三日間――不可解な事故と事件が発生してしまう。
表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)
有栖と奉日本『幸福のブラックキャット』
ぴえ
ミステリー
警察と相対する治安維持組織『ユースティティア』に所属する有栖。
彼女は謹慎中に先輩から猫探しの依頼を受ける。
そのことを表と裏社会に通じるカフェ&バーを経営する奉日本に相談するが、猫探しは想定外の展開に繋がって行く――
表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)
有栖と奉日本『ファントムケースに御用心』
ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第二話。
少しずつではあるが結果を残し、市民からの信頼を得ていく治安維持組織『ユースティティア』。
『ユースティティア』の所属する有栖は大きな任務を目前に一つの別案件を受け取るが――
表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)
変な屋敷 ~悪役令嬢を育てた部屋~
aihara
ミステリー
侯爵家の変わり者次女・ヴィッツ・ロードンは博物館で建築物史の学術研究院をしている。
ある日彼女のもとに、婚約者とともに王都でタウンハウスを探している妹・ヤマカ・ロードンが「この屋敷とてもいいんだけど、変な部屋があるの…」と相談を持ち掛けてきた。
とある作品リスペクトの謎解きストーリー。
本編9話(プロローグ含む)、閑話1話の全10話です。
有栖と奉日本『チープな刻の中で』
ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第四話。
誰しも時間は平等に流れている。
治安維持組織『ユースティティア』にも警察にも。
それが束の間の平穏だとしても。
表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)
有栖と奉日本『ミライになれなかったあの夜に』
ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第八話。
『過去』は消せない
だから、忘れるのか
だから、見て見ぬ振りをするのか
いや、だからこそ――
受け止めて『現在』へ
そして、進め『未来』へ
表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる