有栖と奉日本『ミライになれなかったあの夜に』

ぴえ

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「急な話ですね……」
「すみません」
「ちょっとお待ち下さい」

 奉日本は店のバックヤードに移動すると営業許可証を持って、再び戻って来た。そして、それを有栖に渡す。彼女もそれを確認した。視線で解るのは彼の名前をしっかりチェックしたことだった。そこに書かれている名前は――

『高本 彦(たかもと げん)』

 裏社会での伝手を使えば、偽名による証明書を作成することは容易いことだった。
 おそらく、有栖は落の元嫁の旧姓がタカモトだったことから、親族ではないか、と一抹の疑念を抱いたのだろう。これが先程話していたもう一つの可能性だろう。彼女は奉日本の過去を知らない。だから、今でも母と一緒にいると思っているのかもしれない。そうなれば、落と死ぬ直前まで関わりがあり、その関係性をより深く追求したい、と考えていたのだろう。

「ありがとうございます」
「満足しましたか?」
「とりあえずは。正直、高本さんのことを自分は詳しくは知りません。ですが、いたずらに過去を暴き、傷つけるのは捜査ではありません。今、自分が知りたいことは知り得ましたから、それで良いんです」
「なるほど」
「ですが、高本さん。もし何かの事件で自分の前に貴方が立ちはだかるなら、貴方が誰であれ――叩き潰します」

 有栖の真剣な表情で放たれた言葉に、少しの沈黙が挟まった。しかし、奉日本は再び笑顔を作って、

「有栖さん、怖いですよ。そんなことはありえませんよ」

 そう返した。

「すみません。では、失礼します」
「今度はお客様としてのご来店をお待ちしております」
「そうします」

 有栖は笑顔を見せたあと、足早に出入口まで行き、出て行く前に一礼してから去って行った。ドアが閉まるのを見送り、奉日本は小さく呟く。

「俺も有栖さんと敵対することがないことを願っていますよ……今はね」
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