有栖と奉日本『ミライになれなかったあの夜に』

ぴえ

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過去との対話_奉日本_3

奉日本_3-2

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 あのときの地震は大きな地震だった。築年数の古い住居は半壊から全壊。俺も外に出たときにいつもなら目の前にあった家が消え、普段は見えないもう一つ向こう側の道が見えたことに驚いた。日常の風景を変えるほどの震度だったわけだ。電気や水道も止まってしまっていた。

 俺達家族は近所にあった中学校で避難生活をすることになる。体育館が解放され、区切られているわけでもなく、フリースペースの場所を他人に遠慮しながら、家族が座れる分だけ確保する。
 真冬だった為、床は冷たかったが多くの人が体育館に避難してきたので暖房がなくても凍えるほど寒いとは感じなかった。

 避難生活は一ヶ月半だった。五日目には電気と水道が復帰し、それまでにも各地方や自衛隊などから救援物資が届いたので空腹や渇きに酷く悩まされることはなかった。
 あとは我が家は倒壊していなかったので、散らかった内部を住めるようになるまで片付けるのに残りの日数が必要だった。

 この一ヶ月半の避難生活だが、今になって思い返すと――あの家族が最も家族らしく過ごした期間だと思う。
 何故、そうなったのか……それは避難生活とは多くの他人と行う共同生活だからだ。
 外面の良い父は、その仮面を被り続けなければならなかった。周囲に優しくし、周囲から羨ましがって欲しいが為に家族に優しくし、頼りになる父親を演じ続けた。もちろん、暴力なんて振るわれることはない。
 その演技を秀逸で、子供の俺は、

 自分の父は本当は優しく、頼りになり、家族を愛している

 そう騙された。子供なんてどんなに考えたところで、大人が無駄に大事にする世間体なんて理解できない。目の前にあることが全てだ。

 結果として幸せな避難生活が終わり、家に帰る頃には家族としての絆が深まった――なんてことはなく、戻って欲しくもない最悪な日常生活に、ちゃんと戻ることになる。崩壊への傷跡を確かに刻み込んで。

 ただ、当時の俺は避難生活中の父の姿を、忘れることは出来ず、
 
 ――自分の父は本当は優しく、頼りになり、家族を愛している

 そう頭の片隅に、心の奥底に、しっかりと残してしまった。
 それぐらいにあの時の父の姿が理想的だったのだろう。
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