71 / 104
過去との対話_奉日本_3
奉日本_3-2
しおりを挟む
あのときの地震は大きな地震だった。築年数の古い住居は半壊から全壊。俺も外に出たときにいつもなら目の前にあった家が消え、普段は見えないもう一つ向こう側の道が見えたことに驚いた。日常の風景を変えるほどの震度だったわけだ。電気や水道も止まってしまっていた。
俺達家族は近所にあった中学校で避難生活をすることになる。体育館が解放され、区切られているわけでもなく、フリースペースの場所を他人に遠慮しながら、家族が座れる分だけ確保する。
真冬だった為、床は冷たかったが多くの人が体育館に避難してきたので暖房がなくても凍えるほど寒いとは感じなかった。
避難生活は一ヶ月半だった。五日目には電気と水道が復帰し、それまでにも各地方や自衛隊などから救援物資が届いたので空腹や渇きに酷く悩まされることはなかった。
あとは我が家は倒壊していなかったので、散らかった内部を住めるようになるまで片付けるのに残りの日数が必要だった。
この一ヶ月半の避難生活だが、今になって思い返すと――あの家族が最も家族らしく過ごした期間だと思う。
何故、そうなったのか……それは避難生活とは多くの他人と行う共同生活だからだ。
外面の良い父は、その仮面を被り続けなければならなかった。周囲に優しくし、周囲から羨ましがって欲しいが為に家族に優しくし、頼りになる父親を演じ続けた。もちろん、暴力なんて振るわれることはない。
その演技を秀逸で、子供の俺は、
自分の父は本当は優しく、頼りになり、家族を愛している
そう騙された。子供なんてどんなに考えたところで、大人が無駄に大事にする世間体なんて理解できない。目の前にあることが全てだ。
結果として幸せな避難生活が終わり、家に帰る頃には家族としての絆が深まった――なんてことはなく、戻って欲しくもない最悪な日常生活に、ちゃんと戻ることになる。崩壊への傷跡を確かに刻み込んで。
ただ、当時の俺は避難生活中の父の姿を、忘れることは出来ず、
――自分の父は本当は優しく、頼りになり、家族を愛している
そう頭の片隅に、心の奥底に、しっかりと残してしまった。
それぐらいにあの時の父の姿が理想的だったのだろう。
俺達家族は近所にあった中学校で避難生活をすることになる。体育館が解放され、区切られているわけでもなく、フリースペースの場所を他人に遠慮しながら、家族が座れる分だけ確保する。
真冬だった為、床は冷たかったが多くの人が体育館に避難してきたので暖房がなくても凍えるほど寒いとは感じなかった。
避難生活は一ヶ月半だった。五日目には電気と水道が復帰し、それまでにも各地方や自衛隊などから救援物資が届いたので空腹や渇きに酷く悩まされることはなかった。
あとは我が家は倒壊していなかったので、散らかった内部を住めるようになるまで片付けるのに残りの日数が必要だった。
この一ヶ月半の避難生活だが、今になって思い返すと――あの家族が最も家族らしく過ごした期間だと思う。
何故、そうなったのか……それは避難生活とは多くの他人と行う共同生活だからだ。
外面の良い父は、その仮面を被り続けなければならなかった。周囲に優しくし、周囲から羨ましがって欲しいが為に家族に優しくし、頼りになる父親を演じ続けた。もちろん、暴力なんて振るわれることはない。
その演技を秀逸で、子供の俺は、
自分の父は本当は優しく、頼りになり、家族を愛している
そう騙された。子供なんてどんなに考えたところで、大人が無駄に大事にする世間体なんて理解できない。目の前にあることが全てだ。
結果として幸せな避難生活が終わり、家に帰る頃には家族としての絆が深まった――なんてことはなく、戻って欲しくもない最悪な日常生活に、ちゃんと戻ることになる。崩壊への傷跡を確かに刻み込んで。
ただ、当時の俺は避難生活中の父の姿を、忘れることは出来ず、
――自分の父は本当は優しく、頼りになり、家族を愛している
そう頭の片隅に、心の奥底に、しっかりと残してしまった。
それぐらいにあの時の父の姿が理想的だったのだろう。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
有栖と奉日本『ファントムケースに御用心』
ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第二話。
少しずつではあるが結果を残し、市民からの信頼を得ていく治安維持組織『ユースティティア』。
『ユースティティア』の所属する有栖は大きな任務を目前に一つの別案件を受け取るが――
表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)
有栖と奉日本『幸福のブラックキャット』
ぴえ
ミステリー
警察と相対する治安維持組織『ユースティティア』に所属する有栖。
彼女は謹慎中に先輩から猫探しの依頼を受ける。
そのことを表と裏社会に通じるカフェ&バーを経営する奉日本に相談するが、猫探しは想定外の展開に繋がって行く――
表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)
有栖と奉日本『不気味の谷のアリス』
ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第五話。
マザー・エレクトロン株式会社が開催する技術展示会『サイバーフェス』
会場は『ユースティティア』と警察が共同で護衛することになっていた。
その中で有栖達は天才・アース博士の護衛という特別任務を受けることになる。
活気と緊張が入り混じる三日間――不可解な事故と事件が発生してしまう。
表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)
有栖と奉日本『チープな刻の中で』
ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第四話。
誰しも時間は平等に流れている。
治安維持組織『ユースティティア』にも警察にも。
それが束の間の平穏だとしても。
表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)
有栖と奉日本『垂涎のハローワールド』
ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第七話。
全てはここから始まった――
『過去』と『現在』が交錯し、物語は『未来』へと繋がっていく。
表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)
ダブルネーム
しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する!
四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。
10日間の<死に戻り>
矢作九月
ミステリー
火事で死んだ中年男・田中が地獄で出逢ったのは、死神見習いの少女だった―…田中と少女は、それぞれの思惑を胸に、火事の10日前への〈死に戻り〉に挑む。人生に絶望し、未練を持たない男が、また「生きよう」と思えるまでの、10日間の物語。
変な屋敷 ~悪役令嬢を育てた部屋~
aihara
ミステリー
侯爵家の変わり者次女・ヴィッツ・ロードンは博物館で建築物史の学術研究院をしている。
ある日彼女のもとに、婚約者とともに王都でタウンハウスを探している妹・ヤマカ・ロードンが「この屋敷とてもいいんだけど、変な部屋があるの…」と相談を持ち掛けてきた。
とある作品リスペクトの謎解きストーリー。
本編9話(プロローグ含む)、閑話1話の全10話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる