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過去との対話_奉日本_3
奉日本_3-1
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それは人によっては深夜とも呼べて、別の人にとっては朝とも呼べる――そんな境目の時間に起きたことだった。
俺が目を覚ましたのは身体を揺さぶられ、食器の割れる音が響いたからだ。最初は寝ぼけていたので状況の理解は出来なかった。いつもより、早く目が覚めた……それぐらいにしか思わなかったと思う。
次にドンッ、と大きな音と衝撃が走ったとき、俺はその衝撃で身体が少し浮いた錯覚したと思う。いや、もしかしたら本当に浮いたのかもしれない。ただ、その衝撃が真下から突き上げられるようなものだったのを覚えている。それは断続的に続き、家の中の物がまるで酩酊したかのように、ふらつき、バランスを崩し、倒れていく――その光景を見ていた。
最初、俺はそれが地震だと解らなかった。それはこれまで低い震度で経験した揺れとは別物であったから。後に、それが直下型地震、と呼ばれるものだと学ぶが、当時の俺はただただ布団に包まり、得体の知れない恐怖に怯えるだけだった。一人部屋を与えられていたので、たった一人で。
「ヤバい、ヤバい、ヤバい」
その声が聞こえたのは俺が目を覚まして十分ぐらい過ぎた頃だ。幼いなりにパニックだったのだの思うが、当時の俺は家の中に他にも人がいることを失念していた。
聞こえてきたのは父の声だった。その存在を確認したことで安堵はしたものの、助けを求める声は出なかった。ただ解ったのは、その声と何かを蹴散らす足音が玄関の方へと進み、遠ざかったこと。一度たりとも自分の名前が呼ばれなかったこと。
五分後ぐらいに、次の音が聞こえた。
「源治、大丈夫?」
母の声だった。俺は大丈夫、と答えた。
「外で待っているから気をつけて出てきなさい」
俺は母が助けに来てくれるのだと思ったが、彼女は大丈夫の回答を一人で何とかできる、と受け取ったようだった。彼女の足音も遠くなる。
余震は続いていて怖かったが、それは自身が子供だからであって大人からすれば大したことではないのかもしれない――そう思って、俺は勇気を振り絞って部屋から出た。
暗い家の中は今まで日常生活を過ごしてきたのに、まるで見知らぬ場所のように感じた。まるで家が怒って大声を出して暴れているようだったのを覚えている。怖がりながらも玄関へと向かって歩く。
揺れにより食器棚は倒れ、中の物は散乱し、砕け、フローリングの床を悪路にしてくれていた。割れた食器類で足の裏を切りつけながら、痛さと恐怖で泣きながら、歩く。
そして、玄関へとたどり着いたとき、その扉がゴールのように思えて安堵し、嬉しかった。だけど、大人になって振り返るとあれはゴールじゃない。
地獄へのスタートラインだった。
俺が目を覚ましたのは身体を揺さぶられ、食器の割れる音が響いたからだ。最初は寝ぼけていたので状況の理解は出来なかった。いつもより、早く目が覚めた……それぐらいにしか思わなかったと思う。
次にドンッ、と大きな音と衝撃が走ったとき、俺はその衝撃で身体が少し浮いた錯覚したと思う。いや、もしかしたら本当に浮いたのかもしれない。ただ、その衝撃が真下から突き上げられるようなものだったのを覚えている。それは断続的に続き、家の中の物がまるで酩酊したかのように、ふらつき、バランスを崩し、倒れていく――その光景を見ていた。
最初、俺はそれが地震だと解らなかった。それはこれまで低い震度で経験した揺れとは別物であったから。後に、それが直下型地震、と呼ばれるものだと学ぶが、当時の俺はただただ布団に包まり、得体の知れない恐怖に怯えるだけだった。一人部屋を与えられていたので、たった一人で。
「ヤバい、ヤバい、ヤバい」
その声が聞こえたのは俺が目を覚まして十分ぐらい過ぎた頃だ。幼いなりにパニックだったのだの思うが、当時の俺は家の中に他にも人がいることを失念していた。
聞こえてきたのは父の声だった。その存在を確認したことで安堵はしたものの、助けを求める声は出なかった。ただ解ったのは、その声と何かを蹴散らす足音が玄関の方へと進み、遠ざかったこと。一度たりとも自分の名前が呼ばれなかったこと。
五分後ぐらいに、次の音が聞こえた。
「源治、大丈夫?」
母の声だった。俺は大丈夫、と答えた。
「外で待っているから気をつけて出てきなさい」
俺は母が助けに来てくれるのだと思ったが、彼女は大丈夫の回答を一人で何とかできる、と受け取ったようだった。彼女の足音も遠くなる。
余震は続いていて怖かったが、それは自身が子供だからであって大人からすれば大したことではないのかもしれない――そう思って、俺は勇気を振り絞って部屋から出た。
暗い家の中は今まで日常生活を過ごしてきたのに、まるで見知らぬ場所のように感じた。まるで家が怒って大声を出して暴れているようだったのを覚えている。怖がりながらも玄関へと向かって歩く。
揺れにより食器棚は倒れ、中の物は散乱し、砕け、フローリングの床を悪路にしてくれていた。割れた食器類で足の裏を切りつけながら、痛さと恐怖で泣きながら、歩く。
そして、玄関へとたどり着いたとき、その扉がゴールのように思えて安堵し、嬉しかった。だけど、大人になって振り返るとあれはゴールじゃない。
地獄へのスタートラインだった。
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