有栖と奉日本『ミライになれなかったあの夜に』

過去との対話_有栖_7

有栖_7-5

　その涙の理由は安堵だったことを疑う余地はない。自身の身体に何もなかったことへの安堵。そして、その安堵は死を選ばずに生きていたからこそ得られたものだった。

　だが、『私』が受けた恥辱が消えるわけではない。
　それは一生消えることはなく、抱えている限りは苦しくなってしまう。
　きっと死んでしまえば楽にはなれる。
　でも、それは過ぎりはするものの選択肢には含まれることはなかった。
　死ぬのが怖い、とかではない。

「死ねない。このままじゃ」

　ぽつり、と呟いた。自然と零れ出た言葉だった。
　当事者である我孫子を殺せば楽になるのか？　いや、違う。きっとそうじゃない。それが答えなら、もっと早く実行していたはずだ。
　何故、『私』は生きることを選択したのか――


「『自分』の為」


　誰かの声と『私』の声が重なった気がした。