上 下
34 / 104
過去との対話_有栖_6

有栖_6-4

しおりを挟む
 我孫子の当時の態度は充分に問題だった。だけど、それを周囲が強く言えなかったのは、彼の成績が優秀だったからだ。刑事課で常に大きな事件を解決し、市民からの信頼と知名度との低いユースティティアにとっては重宝される存在だったのだ。

 だけど、今考えると我孫子が警察と繋がっていたならば、その実績も警察と協力した上で成し遂げたものかもしれない。彼がユースティティア内で権力を持てば、警察としてもユースティティアを内部からコントロールできることになるのだから。

 しかし、それを知らない当時の『私』も周囲も我孫子を糾弾することはできなかったのだ。そして、我孫子もそれを理解して、『私』への行動をエスカレートさせていった。

 肩を揉む行為から挨拶などのすれ違うタイミングで太ももやお尻などの下半身を触られることが多くなった。毛が逆立ち、皮膚が波打つような不快感が身体を走る。ニヤニヤと笑う我孫子を『私』は何度も睨んだ。だが、その反応が楽しかったのだろう。頻度は増すばかりだった。
 一方で同僚の女子隊員には被害がなかったらしい。それは会話の中で『私』が愚痴っぽく話した際に発覚した。まぁ、『私』は彼女も当然のように同じ被害にあっているのだと思って話したのだけど。

「それ完全にセクハラだよ」

 言うに及ばないことを彼女は言葉にしてくれた。当時の『私』は何で自分だけ、という不満よりも彼女が被害にあっていないことに安堵したものだ。

『私』なら大丈夫。『私』なら耐えられる。『私』なら戦える。

 そんな思いがあった。

「けど、一回は指摘というか言い返しても良いんじゃない? 課長も目を覚ますというか抑止力になるんじゃないかな?」

 そのアドバイスを聞いて、実行する機会がすぐに訪れた。
 次の休憩時間に、コピーをとっている『私』に、また我孫子が近づき太ももを触ったのだ。

「やめてください! それセクハラですよ!」

 少し大きな声で、睨んで言ってみせた。近くの人達には聞こえたようで、驚いたようにこちらを見ている。我孫子は――驚きもせず、まるで自身が不快な出来事にあったかのように、

「あぁ? セクハラだぁ? じゃあ、何だ? 俺を訴えるか? 何の役にも立っていない新入社員のお前と実績を残してきた俺……この会社はどっちの言い分を信じて、どっちを大事に扱うか解ってんのか、馬鹿が! 少しは会社の役に立ってから物言えよ!」

 そう言って、近くに机を蹴っ飛ばし去って行った。
 返された言葉に何も言い返せず、『私』は悔しさに震えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

有栖と奉日本『不気味の谷のアリス』

ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第五話。 マザー・エレクトロン株式会社が開催する技術展示会『サイバーフェス』 会場は『ユースティティア』と警察が共同で護衛することになっていた。 その中で有栖達は天才・アース博士の護衛という特別任務を受けることになる。 活気と緊張が入り混じる三日間――不可解な事故と事件が発生してしまう。 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)

有栖と奉日本『ファントムケースに御用心』

ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第二話。 少しずつではあるが結果を残し、市民からの信頼を得ていく治安維持組織『ユースティティア』。 『ユースティティア』の所属する有栖は大きな任務を目前に一つの別案件を受け取るが―― 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)

有栖と奉日本『幸福のブラックキャット』

ぴえ
ミステリー
警察と相対する治安維持組織『ユースティティア』に所属する有栖。 彼女は謹慎中に先輩から猫探しの依頼を受ける。 そのことを表と裏社会に通じるカフェ&バーを経営する奉日本に相談するが、猫探しは想定外の展開に繋がって行く―― 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)

有栖と奉日本『チープな刻の中で』

ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第四話。 誰しも時間は平等に流れている。 治安維持組織『ユースティティア』にも警察にも。 それが束の間の平穏だとしても。 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)

有栖と奉日本『垂涎のハローワールド』

ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第七話。 全てはここから始まった―― 『過去』と『現在』が交錯し、物語は『未来』へと繋がっていく。 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)

ダブルネーム

しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する! 四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

変な屋敷 ~悪役令嬢を育てた部屋~

aihara
ミステリー
侯爵家の変わり者次女・ヴィッツ・ロードンは博物館で建築物史の学術研究院をしている。 ある日彼女のもとに、婚約者とともに王都でタウンハウスを探している妹・ヤマカ・ロードンが「この屋敷とてもいいんだけど、変な部屋があるの…」と相談を持ち掛けてきた。   とある作品リスペクトの謎解きストーリー。   本編9話(プロローグ含む)、閑話1話の全10話です。

有栖と奉日本『デスペラードをよろしく』

ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第十話。 『デスペラード』を手に入れたユースティティアは天使との対決に備えて策を考え、準備を整えていく。 一方で、天使もユースティティアを迎え撃ち、目的を果たそうとしていた。 平等に進む時間 確実に進む時間 そして、決戦のときが訪れる。 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(X:@studio_lid)

処理中です...