有栖と奉日本『ミライになれなかったあの夜に』

ぴえ

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過去との対話_有栖_2

有栖_2-3

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「よし、特別にレッスンしてやろう」

 それは偉そうで傲慢な言い方だったと思う。けど、『私』はそうは思わなかったし、たぶんありがたく思っていたような気がする。
 そのように声を掛けてくれたのは男子柔道部の顧問だった。百キロに近い大柄で筋肉質の体格に色黒で短髪で一見して体育会系の男性。当時で三十代半ばだった気がする。体育の教師で男子からは少し怖がられて、一部の女子からは人気がある――そんな教師だった。名前は……覚えていない。
 ただ彼は学生時代に中学、高校と柔道で全国大会に出場しており当時は名の知れた選手だったらしい。厳しい指導で男子柔道部や素行の悪い生徒達に対応しており、他の教師達からも信頼が厚かった。そんな彼は時々、女子柔道部の指導もしており、女子の顧問も柔道経験者ではあったが全国大会に出場した経験がない為か、どこかその男子顧問に頭が上がらない様子だった。
 一年生で結果を残し、さらなる飛躍を目指したい『私』に、その男子顧問は特別に指導をしてくれる、と言ってくれた。

「よろしくお願いします」

『私』は即答した。実力のある人との組手や指導は『私』としても望んでいたことだ。断る理由がない。『私』の回答に男子顧問も満足そうだった。

「今度は有栖さん?」
「大丈夫かな?」

 ひそひそ、とした声が聞こえた。

 嫉妬? いや、違う。もっと別の――

 そのあと、女子顧問も呼び出され練習スケジュールの調整をし、『私』も普段通りの練習に戻った。そのあとの休憩時間、一人の先輩が駆け寄って来てくれた。

「あの人の特別レッスンを受けるんだよね?」
「はい」
「その……気をつけてね」
「え? そんなに厳しいんですか?」
「いや、違うの……あの人のレッスン受けた部員で辞める人が結構多いから……」

 歯に何かが詰まった言い方。伝えたいことがあるけど、明言はしない。
 相手の目には不安、恐れ、そして――哀れみ。
 今思えば、そんな目で見られていたと思う。でも、当時の『私』には解らなかった。
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