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異世界転移編

64話 切ります力を

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「おいおい、殺してほしいってぇ?」

「あぁ?お前らが楽しませてくれるんだろう?四代クラン」

確かこいつは、この街で一気に名を馳せた⋯⋯なんだっけ?

グレイは単純に知らなかった。
何故ならあの騒ぎの時、王都でギャンブル三昧していて何も状況を知らなかったのだ。

ここにいる数百人いる冒険者たちも、急遽王都から派遣した者ばかりで、男についてそこまで深く知らなかった。

⋯⋯だから強気に出る。
何も知らないから●●●●●●●●

「ッたくよ」

男は手で覆って煙草に火をつけた。一吸いするとこちらを見て、あり得ないくらいの傲慢な笑みを浮かべる。

「クラン『ウォリアービースト』、四代クラン失格だ」

「⋯⋯は?」

グレイはあまりに傲慢な男の言葉にドン引きすら見せていた。

'コイツ、まるで自分のモノみたいに言いやがって'

グレイは引き攣った表情で続ける。

「馬鹿なのか?」

「何がだ?」

「は、はぁ?お前のクランでもない奴が何しゃしゃり出てんだよ」

無言で男はグレイを見つめたまま、口から煙を吐きながらも徐々に頬が上がっている。

「まるでよくぞ聞いてくれた!」と言うように。

「確か、軽くギルドで聞いたよ。パーティーは少人数で組むモノで、クランは数十から最大数万にも上るって聞いたな。四代クラン⋯⋯そうだろ?」

「あ、あぁ⋯⋯そうだぜ?ウチは戦力最強のウォリアービーストだ」

グレイは淡々と挑発するようにそう男に言い放つ。

「そうか、だが⋯⋯」

男は周囲を見渡した。

男の目に映るのは、明らかに悪道を征く者達であろう並ぶ者たちの面構えだった。

「お前たちのクランはいずれ滅びる。騎士団の調査、それから領主やそのバックにいる貴族、それぞれを考えたところで、法によって裁かれる可能性はほぼほぼ濃厚だ」

「何を知ったことを。
どうせなんとでもなるようなレベルの話だ。
たかだかちょっとダンジョンが氾濫してきて、それがたまたまこの街にやって来た。そしてその危機から救ったくらいのレベルで⋯⋯まぁよくもそこまで自信がつけられるのかーー。俺もそこまでの自信が付けばいいんだけどな」

グレイの返しに並ぶ者たちから笑いが込み上げてきている。

「別にお前たちの評価なんて気にしないが⋯⋯」
「何?」

「俺は法の厄介にならないんだったら何をしても構わんし、俺が直接関わることも無いだろうが、一線を越えていることをしているのなら話は変わる。"今後"に関わる話だからな」

「⋯⋯さっきから何を言って」

すると男の煙草は無くなり、もう一本火をつけた。

「今後の未来の話を俺はしている。そう遠くならない未来、冒険者ギルドの指示権と四代クランは俺の物になるからな」

ざわつく数百人の冒険者たち。

思わず、男の発言にグレイは動揺し目を泳がせた。

'な、何を言ってる?コイツ⋯⋯狂ってる!'

「何を言ってんだ?」

「その手始めに、お前たちを試してみた。結果は失格。お前は金を得たいようだが、手法がなっていない。頭が悪い。⋯⋯他に特筆すべきことも無いそんな奴に──クランのヘッドは向いてない」

男は煙草を吸いながら並ぶ一人の目の前に立った。

すると次の瞬間──上から見下ろしながらこう言い放った。

「お前、ちょっとこのロングコートを脱がせてくれ」

男にそう言われた一人は、無言で指示に従った。

'こ、この人は──一体何なんだ?'

鋭い眼光から溢れ出るオーラ、発する全てのモノの格が違う。

⋯⋯身体が勝手に動く。

この一人はB級冒険者。
別に弱くはない。

ただ──目の前の男が別格なだけ。

男の前ではただの弱者なのだ。
ただ、ただ。

ロングコートを折り畳ませている間に、男はタンクトップの上からスーツらしきモノを取り出して羽織った。

「流石に正装で殺らないとな。四代クランのブランド力が地に落ちてしまう」

その時、この場にいた全員が男を視界に入れた瞬間──感じた。

男の顔が詳細に分からないほどの恐怖の闇に包まれたように。

男のスラリとした体格にそぐわないとんでもない覇気と威圧感。

煙草を片手に。しかし男はゲラゲラと笑いながらこちらに向かって短い一歩を踏み出したのだ。

「ゾルド」

男の声に反応するゾルド。

「安心しろ」

男の言葉にゾルドは首を数回横に振った。しかしその表情は、まるで気にもしていないと言っているような鼻で笑うゾルドの姿だった。

首を傾けてゾルドを見ていた男はグレイ達の方へと戻す。

「てなわけだ。俺はゾルドに付かせてもらう。今からゾルドたちに手を出す者は──俺の敵だ」

男の双眸から放たれる全てが黒いオーラを放つ一式の中からギラギラと時折チラッとみせる猛獣の眼光そのモノな細い光。
⋯⋯空気が一瞬で変わる。

男が一歩踏み出すと、数百人いる冒険者たちの心臓の鼓動が早まっていく。

空気がピリピリ張り詰め、その場にいる者たちの誰もが息を呑んだ。

⋯⋯しかし。

グレイは怖気づく事はなく、一人の冒険者を顎で男を指した。

「へっ、お前なんかな⋯⋯大したことないんだ──」

一人の冒険者が男に手を伸ばした。
しかしその一人が意図が成就する前に、あろうことか首が消えていた。まるで時間が途切れたかのように、彼の体は虚しく地面に崩れ落ちた。

「⋯⋯は?」

見ていたグレイは自分の目を疑った。
今の流れがどういう風に起きたかすら何も見えなかったからだ。

⋯⋯あれだけ"才能"と言われて育った男が。

見えるのは⋯⋯男が真横に向かってただ突いただけ。握っている拳は全く力が入っておらず、本当にそれで拳を振っただけなのかすら怪しい。

見ていた周囲の人間達は恐怖に目を見張り、男のポーズは変わらず、ただ普通にグレイとその周りにいる冒険者が自然に映っていた。

「面白いな」

そう呟いた男が突如として煙草を無造作に取り出して口に咥え、手で覆いながら火をつける。その動作は遅々としていて、その動きが周囲の空気をさらに凍りつかせる。
 
「魔法とか使えるんだろう?何故使わない」

深く一吸いする男。
直後、更に続ける。

「A級だB級だ言ってただろ?何に驚いている?仲間が死んだこと?散々煽っていた為に仕返しを喰らって恥ずかしい?なんだ?お前たちが突っ立っている理由が知りたい」

男は周囲の並んで立っている冒険者たちに語りかけた。

「俺が知っている冒険者たちは、炎の魔法を前に打ち出していた。風を使って矢を飛ばし、土を盛り上がらせて岩の礫を飛ばしていたぞ?」

少しずつ嘲笑うように語尾が伸び始める。

「集団イジメもいいところだ。これだけいて?たった一人参戦しただけでぇ~こんなビビって何も出来なくなるほどーーお前らの有するA級だB級冒険者っていう肩書きが""雑魚""なのかァ~?おいおい、答えてくれよォ」

並んで立っていた冒険者たちが自身の拳を強く握り締めていた。

怒り、悔しさ。
溢れ始める憤怒の感情。

「うるせぇよ!」
「そうだ!俺達はA級冒険者なんだ!お前に何が分かる!?」
「お前なんか余裕だよ!」

「そうか?今、何百人もいるはずだが?」

その時、小さな火花が空中を疾り、男の腕を捕まえた。

「ん?」

『フレイムバインド!』

一人の冒険者の詠唱から全てが始まった。
また増える──男の伝説が。

男の腕を捕まえた事で、他の冒険者たちが指示なんか無くても囲い始める。

'見た目は若い。少なくともステータス差はあるはず'

'コイツの職業はなんだ?魔法?それとも武闘家?'

'もしかして拳聖?'

この場にいる冒険者の胸の内で広がる思考。
とにかくこの男を黙らせなければ⋯⋯自分達の沽券に関わることは間違いない。

イライラが頂点に達した冒険者たちが攻撃を開始した。

まずは男を取り囲んで、一斉に近接職である冒険者たちが仇が目の前にいるかのような鋭い瞳孔を煌めかせ、一人は剣を抜き、一人は空中で拳を光らせる。

『しねぇぇ!!』
『ガキは黙ってお家で寝ておけよ!』
『これでも食らえ!!』

男の視点からすれば逃げ場などないほど⋯⋯A,B級の冒険者たちが必死の形相を浮かべながら迫ってくる。

しかし──。
敵が群がる中、男は深く足を踏み込む。男の体の周りは大量の冒険者たちが飛び上がった土埃が舞っていたが、そのすべてが男の覇気によって振り払われる。

男は指で挟んでいた煙草を真上に飛ばし、腰を低く落として一瞬だけ深海にいるような静けさを見せた。

ドゴンッッ──!!

 直後、男の体は爆発的な速度で動き出し、周囲から迫る冒険者たちに対して、まるで一撃必殺とでも言うように大量の鮮血が飛び散った。
 その拳が空気を裂き、空間に低く深い共鳴音を響かせた。

とてつもない程響く共鳴音は男が飛ばした拳が当たる音であり、一撃必殺と同時に⋯⋯獣の咆哮のように敵を喰らい、他の迫る冒険者たちの心臓を震わせ、恐怖しか生み出さなかった。

勿論、例外なく当たった者は男の拳が貫通したような力で、迫ってきた者たちは鮮血と共に──暴風とご一緒に吹き飛ばされる。

その中心にいた男は静かに両腕を腰に引いて正拳突きの構えを取っていた。

"神門流極真空手──正拳突き"

当たり前のように吹き飛ぶ中、男の姿勢はまるで神々しさを感じるほど堂々としていた。

男の目は冷静で、その視線と目が合うだけで敵を制圧するほど。

その後も数人同時に男に攻撃を仕掛けるが⋯⋯。

さっきと同様に空中にに吹き飛ばされる者。

ギルドで見せた上半身を捻り、綺麗で真っ直ぐな垂直を描いて地面に叩きつけられる者。

数百人もいた冒険者たちがなす術無しに倒れる者が続出した。

その場は完全に静まり返り、最初と違って男の存在がこの場を完全に支配していた。


                        ***


'いいぞ'

迫りくる冒険者の顔面に右の拳がズレがない真っ直ぐな軌道で突いた。

'いいぞ'

今度は左の拳で真反対から迫ってくる冒険者に対して、上半身を捻ってスマッシュを打ち込む。

『ダークバインド!』
『ウインドブラスト!!』
『お前ら!今だ!』

男の腕は真っ黒い触手が巻き付き、行動を制限した。

'これは⋯⋯?'

『マスター、これは中級拘束魔法であるダークバインドです。かなりの拘束力があります』

へぇ、これが魔法か。

男はダンベルでも持ち上げるかのように、巻き付いている触手ごと持ち上げていく。

『きっ、効いてない!?』
『闇に耐性があるんじゃないか!?』
『バカ言えっ!闇属性はかなり希少なんだぞ!そんなのに耐性なんか持ってるなんて⋯⋯バカげてる!』

これがステータスの差って奴なのか。

『はい、マスターと彼らの差は一目瞭然です。耐性以前の問題で、海に小石を投げるようなモノです』

駄目だ⋯⋯。

男は悔しげに唇を無意識に噛んだ。

『マスター?』

こんなの⋯⋯こんなの俺が求めた戦●●●●●●●●●●いじゃない●●●●●

違う、違う。
つまらん。ギリギリで戦ってこそ⋯⋯戦いになる。

男は少し深呼吸した後⋯⋯渚にこう言った。























'渚、ステータスを全て切っ●●●●●●●●●●てくれ●●●。ゲーム仕様が完了したのなら、出来るはずだ。

『待ってくださいマスター。そうすれば、いくらマスターと言えど』

イカれている宿主からのイカれた提案。
⋯⋯しかし男は止まらない。

'やれ、これだけ強そうな奴らのデータを取れるのは無いぞ?それに、魔法の使い方を知れるし、これで本当の戦いが出来る'

ぶっ壊れている言葉だった。
⋯⋯しかし、渚は実行した。

ピッ。

ドクン──。

男の心臓が力強く鼓動を打つ。

ドクン、ドクン──。


『ま、マスターご無事ですか?』

'あぁ、最高じゃないか'

すると、その後から暫く⋯⋯渚の声が男の頭に響かなくなった。

ん?なんだ⋯⋯?

男は自分の身体を見直した。
ギュッと拳を握り直す。

なんなら、さっきより力が入ってる気がする。
しかも、視界も高くなった気がする。

⋯⋯足の調子も良い。

男は笑った。
これからステータスを切った正真正銘──神門創一として異世界の猛者達相手に一歩前へ。
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