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異世界転移編

57話 契約

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翌日⋯⋯。

いつも通りガゼルはアリスとミウに起こされ、下へと向かうと、既に椅子に座って待機しているガスパルとカスパルの姿があった。

階段を降りてリビング手前の壁沿いに並んでいる新入り達の四人がガゼルに気付くと、

「おはようございます!!」

という全力投球な挨拶が寝ぼけ混じりのガゼルの耳にガンガンと入ってくると、驚き過ぎたガゼルはビクッと身体を硬くしながら挨拶を返す。

ガスパルとカスパルはその一連の流れに気付く。
すぐに二人は椅子から立ち上がってガゼルに一礼した。

「おはようございます、ガゼル様」
「あぁ、もう居たのか」

早くね?まぁマジで困ってるからだろうけど。

「座ってくれ、別に気を遣う必要はない」

 セレーヌにタバコを持ってくるよう指示を出し、ガゼルは立って待っている二人のいるテーブルの真正面にある椅子に腰をおろした。

「まぁ、俺は偉くもないから軽い自己紹介だ。商店の名前はまだ決めてはいないが、俺の名前はガゼルという。 トラシバの街に来てからまだ日は浅く、新参者ってところだ。そちらさんの自己紹介⋯⋯も含めて、アイツらには話したようだが、もう一度俺に昨日話した事を話してみろ」

そう言うガゼルの隣にセレーヌがタバコを持ってやって来てガゼルは一箱を受けとり、「ありがとう」と言ってセレーヌを下がらせる。

「は、はい、まずは私達についてご説明をさせていただきます」

そうして兄であるガスパルは説明を始めた。
 
 この二人はサレック商会という地球で言うところの大手商会に務めていた36歳と38の兄弟。

俺も初めて知ったが、王都の名前はキィンベルというらしい。

二人が言うには、キィンベルに本店を構えるサレック商会の主人であるブッサという奴の下働きとして10年以上も尽くしてきたという。
 
 しかし実態は⋯⋯ブラック企業そのものだったそうだ。

いつも説明をせずに怒鳴っては、体罰という形で"教え"とやらを受けるらしい。

「こんな事も出来ないのか」
「何故言ったことすら守れない」

と言った⋯⋯まぁ多分言ってすらないんだろうが、そんな碌でもない環境で兄弟は10年も耐えた。しかし給料は全く新人の時とは変わらず、相変わらずやらされることは下っ端以下。 そんな対応に我慢の限界に来た二人は、直談判をして、ここトラシバの街へ支店代表として商材を持って営業を始めた。

⋯⋯しかしこの間の魔王軍による侵攻。

商材がなくなった二人はすぐに本店にいるブッサに追加の連絡と必要事項をまとめた書類を送ったが、返事はずっとなし。このままだと潰れるだけではなく、自分たちも飯が食えずに餓死してしまう。

色々なところに頼み込んで食い扶持を探そうにも、全部断られ、最後の頼みとしてウチを見つけたらしい。

⋯⋯要約すると、こんな感じだ。
いつの時代もそんな輩はいるんだな。

"非常に面倒"だ。

「それで?俺は教会の神官でもないぞ?利益にならない奴はお断りだぞ?」
「ぜ、全力で──」
「やめろやめろ」

呆れて物も言えぬ口調でそう言うガゼルの目線の下には、二人が土下座をして命乞いをするかのような必死さで額を地面につけている姿だった。

「貴族達にも、平民である俺や、お前たち二人にも言える事がある」

「⋯⋯?」

二人の目が上がる。

溜め込んだガゼルは、淡々と、そして冷酷さも加わったようにこう二人に言葉をかけた。

「頭を下げることなら誰でもできる。額を割るくらい強くすることだって出来るだろう。しかしそれには何の価値もない。⋯⋯わかるか?何故、土下座をする?」

「今、これが私達にできる──」

「違う、お前たちがやっているのはただただ頭を下げてどうにか仕事を貰おうとしている貧困に苦しむ奴らと何も変わりはない」

兄弟が話す言葉を遮って、ガゼルは淡々と否定する。

兄弟の二人は地獄にでも落ちたかのような表情をみせ、下を向き始めてしまった。ガゼルはその二人を黙って見つめたまま、無言で見下ろしたまま。

しかし、ガゼルはまた淡々と説教じみた言葉を続ける。

「そもそも。お前たちも、突然自分の立場が危うくなったりする貴族連中も、権威ある奴も、自分の土下座に価値があると思い込んでいるんだよ。そうだろ?」

ガゼルが兄弟へ問いを投げかけても全くの無反応。そのまま煙草に火をつけ、上っていく煙を色気たっぷりの無表情で眺めている。

「お前たちの誠意とやらは、所詮価値があると思いこんでいる喰われる側の考えでしかない。わかるか?お前たちの土下座になんか鉄貨1枚たりともの価値はない。ではーー」

ガゼルは煙草を一吸いすると、ゆっくりと上品に鼻から煙をモクモク出ていく。煙から垣間見えるガゼルの両目は、まさに王たる表情のよう。

「では、お前たちに質問だ。今、とんでもない売上をみせているガゼルという""新参者""に提供出来るお前たちに出せる価値は⋯⋯何だと思う?時間は与えてやる、答えてみろ」

恐らく今後人生でコレほど全身を奪われたような圧迫感を目で感じ、鼻で感じる事があっただろうか。

心臓は高血圧まっしぐらなほど鼓動を鳴らし、ガゼルを見る目は霞み、足は重圧で痺れていた。

後々語る二人は、『人生で一番恐怖を感じ、一番思考が回って⋯⋯重かった』と口にした。


**

数分後⋯⋯。

ガスパルは無言のままガゼルを見上げて死んだように口をつぐんでいた。

「ふん」

それを、ガゼルは期待外れだと言わんばかりに溜息をこぼし、遂には頬杖すら付いていた。

「ないなら──」
「ま、待ってください!」
「何か思いついたのか?」

ガゼルは覇王の威圧でも掛けているかのように問う。

ガスパルは死ぬ覚悟でも決めたように意を決して、

「わ、私にはーー10年間以上業界に携わった経験で流通している商品や、どんなモノが流行ったかなどの情報があります!!」

「それで?」

ガゼルがニヤリと笑う。

「私が出せるのはーー超新星であられるガゼル様に⋯⋯ここ10年での主な貴重品や流行品、小さい物から大きな物までの商品情報価値を提供できます!!」

必死に答えるガスパル。
数秒の沈黙がこのリビングに訪れ、デュポンライターの開閉音が鳴った。

ガゼルが新しい煙草に火をつける。
そして──『待ってました』と言わんばかりに凶悪に歪む笑みを兄弟に見せた。

兄弟はガゼルの見せる、魔物より獰猛で、遥かに恐怖すら発するその笑みに必死に耐えている。

「いいぞ」

ガゼルは一言がなり掛かった声で煙草を吸う。

そしてゆっくりと煙草の細煙と立ち上がるガゼルが、二人の兄弟と目線が合うように、ヤンキー座りをして兄・ガスパルの肩をポンポンと叩いた。

「分かるかァ?俺も端からそんな状態のお前たちに価値を見出してはいない。しかし、今証明してみせた」

あぁ、悪魔の取引が成立したのだと。

「土下座などしなくても」

ガスパルは鳥肌が収まる気配すら感じなかった。

「己の価値を証明する方法など──いくらでもある。いるんだよ、無能なクソな大人たちはな、いるんだよ。そういう愚か者共が。愉悦に浸る糞みてぇ大人が。お前たちは今ーーーそれを覆してみせた」

"なんなのだーーこの少年は"

「お前たちは大人という身分でありながら、証明してみせた。何も教わらなくとも、お前たちに価値はあるのだと」

"これが、まだ年端もゆかぬ子供?"

「いいだろう。俺は期待していた。お前たちなら答えるだろうと」

ガスパルは目の前の少年の姿が脳裏の全てに焼き付いた。

"これが王なのだと"──。
"これが、天下を取る人物の思考なのだと"──。

ブッサにも。
他の大手にも。

決してこのようなオーラを放つカリスマ性を持ち、かつここまで離れている大人すら恐れる威圧感を出せる男を私は見たことが無い。

ガスパルは口に出さなくとも、弟であるカスパルと目を見合わせた。

⋯⋯意見は一致していた。
我々はとんでもない男に頼み込んだと。

「"俺からの試験は合格だ"。安心しろ、お前たちにはこれからーー言葉を選ばずに言えば、惨めな被捕食者としての弱者生活は終わる」

ガスパルは遥か昔の幼少の頃に読んだ書物を思い出していた。

勇者が魔王を倒すという英雄譚ではなく、魔王が何故カリスマ性をあれほど出せるのかという一風変わった話を。

とんでもない。
もし自分だったら、この男に間違いなく付いていく。

そう思わされた一瞬だった。

「おめでとう。これからは女は選べる、飯も好きな物を食い放題、無事捕食者としての人生を歩ませてやる。⋯⋯あぁ、感謝などいらない。お前たちがどれだけ頑張るかによって全ては決まる。やってみ───」

「我らが主様の言うとおりに致します!!!!」

⋯⋯即決だった。
兄弟は考える事もなく、額を地面に叩き付けた。ガゼルはそのまま立ち上がり、セレーヌに指示を出している。

セレーヌは家の扉を開き待機している。

「では詳しい事は更に明日の昼時、そこにいるセレーヌから地図を受け取れ。お前たちが捕食者になる為の勉強だ」  

「はっ!!かしこまりました!!」

二人はグチャグチャになった顔のまま、家からルンルンで帰っていった。
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