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異世界転移編

41話 E級ダンジョン〈6〉

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'ど、どうする?'

視えるわけではないが、負のオーラがこちらまで問答無用に撒き散らすハイゴブリンメイジと目が合った瞬間⋯⋯自分にある思考回路が全てシャットダウンしたような気がした。

今までの訓練で感じたことの無い圧迫感。
これだけ距離が離れているのに感じて、迫る恐怖感。

自分が勇者だからと舐め腐っていた部分が一気にゲームのボスの時のような弱点として露出した気がすらした。

スキルを発動するべきか?

"だが──頭が真っ白だ"

あれ?なんのスキルを持ってたっけ?

その時、目が合っていたゴブリンメイジが軽く吐息を漏らしてからこちらへと一気に駆け出したのが見えた。

狼狽える神宮寺は腰が抜けて立ち上がることすらままならない。

い、一瞬──だ。糞ほど邪悪な笑みだ、正に魔物らしいなっ!くそっ!体が⋯⋯動かない!!

神宮寺は完全に頭が真っ白で行動すらままならずにいる。魔法なのか何なのか、加速しているのにもかかわらずーー音がかなり小さい。

⋯⋯これはおそらく"風魔法"だ。

「ぁぁ⋯⋯えっ⋯⋯」

迫るゴブリンメイジはもう50mもない距離。

もう、近い!どうする?梓の前でカッコ悪い姿は見せられない!だけど⋯⋯。

"自分では明らかにオーバースペックな格上である相手"

そう神宮寺の脳裏には何回も焼き尽くすように浮かんでいた。

あと数回の跳躍で目の前に来てしまう!
思い出せ!思い出せ!

そう神宮寺は必死に心の中で叫びを上げる。

俺はなんのスキルを持っていた?
俺の職業は?レベルは?"転移前"スキルは!?

俺は天才だ!神宮寺グループの跡取り息子!!

『グゥゥ!』

こんな異世界如きで──死んでたまるかよ!!!

『グゥワァァ!!!』

ハイゴブリンメイジはニヤリと神宮寺を見下したように足に力を込めて4m程高く飛び上がり、上から謎のエネルギーを纏って拳を振りかぶった。

く、くっそ!!こうなったら⋯⋯。

神宮寺は隣にいた鈴鹿を身代わりにしようとすぐに頭で思いついた。腰が抜けて動かない中、必死に立ち上がろうと両手を地面に沿わせて力をいれる。

「わ、悪いな⋯⋯鈴鹿」

引き攣った神宮寺の笑みが錬へと向いた。その表情を見た錬は意味が分からないといった間抜けた表情をしながら笑う。

「どうしたんだよ神宮寺?」

笑い飛ばすその姿はーーまるで緊張感の欠片も無く、もはや自分がダンジョンにいるのかすら怪しく感じるほどだった。

こ、こいつ⋯⋯馬鹿なのか?だ、だけど丁度いい。

「わ、悪く思うなよ」
「え?」

神宮寺が錬の腕を掴む。
掴まれた錬は訳がわからないといった表情をみせ、軽く片膝をつく神宮寺を見下ろしている。

勇者のステータスだ、投げ飛ばすにはちょうどいいだろ!!

そう覚悟を決め全力で掴んだ腕をゴブリンメイジの方へ投げ飛ばそうと力一杯投げた。

⋯⋯しかし。

「え?」

錬の身体は飛ばされるどころか、一ミリも動かない。

'⋯⋯は?'

ポカンと神宮寺は完全に頭が麻痺したように困惑した。

なんで動かない?
何故ピクリとも反応しない?
俺は勇者だぞ?召喚された中でも別格なほどのステータスと成長速度を誇る最上位に近い職業だぞ?

「⋯⋯⋯⋯」

無言で見下ろす錬に神宮寺は完全に動揺していた。

ま、まずい。とにかく、完全にやらかした。どう言い訳する?

「す、鈴鹿」

そう神宮寺が発したと同時──。
ゴブリンメイジの拳はもう神宮寺の頭上へと迫っていた。何故か錬を狙うわけでもなく、自分へと向いていることに違和感すら抱いた。

しかしそんなことは神宮寺にとっては今はどうでもいい。

 迫る恐怖が一瞬で全身を貫き、身体の機能を全て凍らせる。まだ攻撃をもらっていないにもかかわらず、既に自分が知り得る未来の姿がーー崩壊した壁の先にいるのだから。

『ああああああ!!!』
『誰か助けてぇぇ!!』
『神宮寺ィィィ!ヒールぉぉ!』

神宮寺は諦めたようにその両目を閉じた。

勇者として、今まで引き連れてきた事が恥すらだと脳裏に焼き付く。それはまるで、幼稚園時代に動物すらを倒せると意気込んだん無知で傲慢であったあの頃のように。

スローにも感じたゴブリンメイジの拳は、掴む錬を通り過ぎる。

次の瞬間────。


ドォォンンン──!

荒れ狂う暴風が神宮寺の顔を吹く。神宮寺のサラサラでツヤツヤな綺麗な髪が上へと靡かせた。

"死んだ"

間違いなくよぎった言葉。瞳を閉じていた神宮寺は状況が全く分からなかった。
自分が生きているのか、死んでいるのか。

だが、両目を閉じてもう十数秒。何故か何も起きない。二人が殺られる断末魔も、自分が受けるであろう痛みも。

恐る恐る神宮寺は高まる鼓動を無視してゆっくりと片目だけを薄目にして見てみた。

くそっ、最悪だ。
どんな景色が⋯⋯????

薄目で開いた神宮寺の目から得られる情報に脳は、完全に理解を拒んだ。

自分へと向けられたゴブリンメイジの拳は何故か目の少し先で止まっており、そして何故かそれを左手で仲裁にでも入るかのような軽さで掴む錬の姿があったからだ。

自分のボヤケた視界が一気に鮮明になっていく。そして、両目をくっきりと開かせ、状況を確認した。

"嘘ではない"

自分が見た情報がウソではないということが神宮寺の脳内が追いついた瞬間だった。

『ググゥゥゥゥ⋯⋯!?』

ゴブリンメイジは驚いていた。自分の魔法で強化したら拳を何故か"片手"で受け止める人族がいたからだ。

ゴブリンメイジがゆっくりと受け止めた人族の男を見下ろす。

「よっ!どうした?」

緊張感をまるで感じない⋯⋯屈託のない笑顔。
しかしーー次の瞬間、その笑みは猛獣のような荒々しさをみせた。

「俺の知り合いなんだよ────」

そこで錬の言葉が止んだ。
だがゴブリンメイジの瞳には確実に映っていた。先程まで輝いていたダークブラウンの瞳孔がーーーー赤く光り輝いている事に。

「悪いけど、こんなところで躓いたら⋯⋯に示しがつかないんだよ」

魔力とは違う。
だが呪いでもない。

不思議に溢れ始める真っ赤に輝く"ナニカ"。
溢れ始めた僅か1秒、それはライオンのたてがみのように燃え盛る。

思わず後ろで見ていた梓も顔を背け、何やら嫉妬をしているかのような素振りを見せている。

「今引き返すならーーーー何もしない。馬鹿じゃねぇなら、分かるよな?」

またもみせる屈託のない笑顔ーーでは⋯⋯ない。

何処かで見覚えのある猛獣のような威圧感を彷彿とさせるその圧迫感はゴブリンメイジの両膝が地面に落ちた程だ。

今の一瞬の出来事は神宮寺には映ってはいない。最低限の力量差というものが分かっている生命体のみ。

⋯⋯その力は資質を見せ付ける。人間を選ぶ。魂を選ぶ。

ゴブリンメイジはギリギリながら生まれた特殊体質によってなんとかその資質を持った猛獣に睨まれてやっと気づいた。

"攻撃してはならない人族が今目の前で自分を見下ろしている"と。

『グゥゥ』

何だ?魔物が⋯⋯怖気づいている!?今の一瞬で何があった?

目の前で起きた僅か一瞬の出来事に遭遇した神宮寺は、理解が追いついていなかった。

そしてその時、神宮寺は馬鹿な行動へと出る。

「く、喰らえェェッッ!!」

この謎の状況を良いことに、腰に付けていたポケットから王宮品質の短剣を取り出し、素人丸出しの大きく振りかぶった動作で短剣を振り上げた。

鈴鹿ですら片手で止めれたんだ!これでーー。

そう考えた神宮寺とここぞとばかりに条件反射でゴブリンメイジが詠唱を始めた。

だが、今の状況をゴブリンメイジが思い出した時には──既に首が胴体から泣き別れになっていたところだった。

「あれ?」
『グウッ!?』

神宮寺とゴブリンメイジはあまりに一瞬のことすぎて理解が追い付かない。ただ、目の前の光景はあまりにも恐ろしいモノが広がっていた。

受け止めた構図は変わらず、頭だけ撃ち抜いた錬の姿だ。両手が塞がっている状態で、片足だけでゴブリンメイジの首を撃ち抜いたのだ。

その異様な光景と共に、ゴブリンメイジの首は地面に音を鳴らして転がったのだった。
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