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異世界転移編
32話 ※※・※※※※※※※※・※※※※※※※※※※※※※※※
しおりを挟む無の砂漠ーー。
それはガゼルやそれを別の次元から眺めている我々ですら説明するのに困難を極める。
視界に広がる景色はどこまでも時間感覚を忘れるような闇夜。
そんな闇夜だが⋯⋯白夜のようにどこを歩いているのか、そして距離が離れていても相手の場所がわかる程明るくもある。
砂漠というものなのだから、勿論下は全てサラサラな砂だ。
そんな砂を潰しながら優雅に歩く謎の男がいた。
そんな男を前にした謎の生物ーーとしか表現できないソラやイケオジと敵対している勢力達が全力で叫んだ。
『キンキュー!!キンキュー!!コードエラー!!ゼロ!ゼロー!!』
「今度はなんだ!今はただでさえあの最悪の奴らだけでも手一杯なのに!」
その中の高位らしき指揮官が荒ぶる口調で文句を垂れ流し続ける。
『座標、0350より今回の人滅対象ーー第十宇宙勢力個別惑星呼称"地球"ーー』
テレパシーで聞こえる声の出力に突如ノイズが掛かり始めた。
『■■■■■■■■■■■■■⋯⋯』
「なんて!?繰り返してくれ!」
『■■■■■■■■■■■■■』
「くそっ!こちら※※※、※※、※※※」
謎の生物たちがその場で応答を待つ。そのまま1分ほど経過したタイミングでノイズ混じりのテレパシーが入ってきた。
『■■■■、地球!個体名※※、※※。繰り返す!※※、※※!特徴は※髪で身長は約4m!』
ザッ、ザッ。
『その他の特徴ーー彼らは同じ軍服を着ている模様!黒を中心として金色の刺繍が入っている!』
ザッ、ザッ。
『確認した力ーー■■■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■■■、■■■■、■■■■■。数えただけでも計り知れない相手だ!弱点はーーなし。だがどうか人滅してほしい!』
おいおい⋯⋯無理だろう。なんだそれ。
指揮官が苦笑いでテレパシーを聞きながら絶望の吐息をつきながら頭を掻く。
『シルバレン!用意!』
テレパシーから聞こえる声の主がそう命令を一言入れると一斉に謎の生物達が優雅に歩いてくる男に対して両腕を向け、手先から魔法陣のような代物が顕現し、ナニカのエネルギー体が手先に集まっていく。
「Mexthri、アバドガヤツゲヤハラウェ、■■■■■■■■■■」
謎の言語を発した直後、蟻同然の小ささの距離から数十万というエネルギーの槍、剣、光線に似たモノ等が全方位からたった一人の男へと向いた。
「いけぇぇぇぇぇ!!!!」
指揮官が腕を前に出しながら全員の耳を射抜くような不快にならない号令で一斉射撃が行われた。
「着弾確認!」
「相手座標周辺に防御物、異変を検知したか?」
「いえ!」と、双眼鏡なしで恐らく見える一人の生物が元気に声を上げた。
直径数十キロにも及ぶ大爆発。これだけの威力が何十万ともなれば、確実に死が待っているはず。
何十万⋯⋯それを耐えれるとすれば、
ザッ、ザッ。
"それはもはや生物として理から外れている"
誰もが息を呑む。いや、飲むしかなかった。
男は少し歩みを進め、上がる煙の中から出てきたところでその足を止めた。
全員が信じられ無いとーー恐怖で顔が歪んだ。
どうすれば致命傷を与えられるのか。
どうすれば怪我を負わせられるのか。
「抵抗はーー以上かね?」
だが、全員の本音とは裏腹に無表情なまま男から発せられた非常識な言葉。
そして⋯⋯視界を共有しているガゼルは思わず鳥肌が立った。それ程までに異常な事であった。
'この男はーーヤバイ'
何者だ?この威力⋯⋯核爆弾よりも威力があると言われているモノでもーーこの威力には敵わない。
ガゼルの言う通り、砂塵が収まった後、見える景色はまさしく黒い海。そう表現をせざるを得ない光景だった。
何がどういう経緯出そう変色したのかは分からない。
しかし、先程までサラサラで綺麗な色をしていた砂はーードロドロにまみれた人の負の感情を凝縮したような⋯⋯汚く異臭を放つドス黒いものに様変わりしている。
だがそんな事を余所に、視界の主は左から右へと視線を動かして最後に中心となる少し上を見上げた。
見えるは蟻同然の小ささの謎の生物達の大集団。
すると男の身体からゆっくりと足元から黄金のエネルギーが火花というべきか雷というべきかわからないが、何かのエネルギーが猛獣の咆哮のように沸き立って全身をも覆うほどに大きく、威圧的なまでの覇気を発していた。
それを見たソラとイケオジはすぐ顔色を変えた。
「退散!!退散!」
「さて、私もそろそろ帰ろうかね」
雷鳴と黄金の波動を出し始める男。
次第にその波動は全方位の何処までも広がっていき、電流のバチッと弾ける音が全ての生物の横を通り過ぎる。
そしてその波動が見えた瞬間ーーその男から一刻も早く逃げるように二人は何処かへと走り去っていった。
残ったのは、男一人と数十万の謎の生物。
「────告げる」
無機質で精気など全く感じない男の瞳から出たのは⋯⋯
───
──
─
バチバチッ。
両腕で頭を抱えるガゼルから黄金の小さい火花が体中を走った。
次第にその火花と火花が結合し、大きい火花へと進化する。
両腕で頭を抱えるガゼルだったが、まるで操られているかのようにその状態のまま目がカッと大きく開いた。
当然他の誰も見えない。
しかし、両腕で隠されている内側では、黄金の双眸をしているガゼルの姿が映されていた。
そしてその状態のままのガゼルの口が無意識に開いた。
「────告げる」
まるで記憶のいたあの男とガゼル動きがシンクロしたよう。
───
──
─
まるで男の放つオーラは神そのもの。
この世の終わりのようなその様は、歓喜の歌を歌う人類の迫力。
謎の生物たちは男がオーラを発しただけで恐れ、畏れ慄く。
流れ出る黄金のエネルギーは男の右手に集束していき、男は集まるのをジッと待っている素振りを見せる。
黄金の火花は地面に伝い、津波のように瞬く間に100m付近まで広がる。
無表情の男は両眼を閉じる。
男の体は静かなる鼓動を打つ。
ガゼルは視界と実は感覚も完璧ではないが、微かに共有していた。
閉じたその瞬間ーーガゼルにも男の体に起きている感覚が流れ込んできた。
ドクンーー。
ドクンーー。
『死にたいーー』
『早く死にたいーー』
'これは、この体の主の声?なのか?'
すると突然ーー大量の叫び声がガゼルの感覚を狂わせた。
『死ね!!この人殺し!!』
『この偽善者!』
『此度の活躍、誠に感謝いたしますぞ※※君』
'うっ⋯⋯!!!'
叫び声は止まらない。
感覚が焼き切れそうになるほどの大騒音。
ガゼルはその後も流れる謎の叫び声を必死に耐え続けた。
『お願い⋯⋯殺さないで!!この子だけは!!』
『⋯⋯』
『お願い⋯⋯しまっ!』
『ぎゃ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!゙!゙!゙!゙』
ドクンーー。
体の歯車が揃っていくようにエネルギーが全身を綺麗に巡り、黄金のエネルギーが球体となって掌に集まる。
そしてそれを優しく持ちながら胸の前に腕を持っていった。
ドゴンッッッ──ドゴンッッッ!!!!
直後、まるで素手で人を握り潰したような巨大な音がーーこの無の砂漠を支配した。
音の正体はこの男がエネルギーを胸の前で勢い良く拳を握り込んだ音。音が反響し、何回も反響しながら向こう側にいる敵陣営まで届くほど。
騒然としている謎の生物達。
だが、この男はそんなことに気に留めず、ゆっくり瞳を開ける。
「⋯⋯」
男の脳裏には、ある文章が構築されていっていた。
■■■■■■■■■■■■。
■■■■■■■■。
■■■、■■■、■■、■■。
■■■■、■■■■■、■■■■■。
■、■■■■■■■■。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーー
脳裏に並べられたこの文章の直後ーー男の背後からは、幾万の小さい黄金のゲートから全ての武器種がヌルリと刃先を向けてゲートからその姿を見せた。
───
──
─
「ソニ!!」
同僚の指揮官が声を荒げ、私を呼ぶ声が聞こえる。
必死に呼ぶ同僚の指をさす先にはーーおびただしい量の黄金の光から、大量の何かがあの人族の背後から現れていた。
私は近くにいる側近に鑑定をするようにと命令する。
鑑定の結果──数値、名称、魔力、全てが不明だという。
一体⋯⋯あの人族は何者なの?勇者?それともーー魔王様を討ち滅ぼさんとする神徒?
私は周りにいる同胞を見渡す。
全員がその神々しく輝く黄金の光を見て、口を開きっぱなしにしたまま立ち尽くしている。
マズイ──どうにかしなければ。
だけどどうする?
魔力障壁でどうにかなる代物ではない事を既に理解している。
アレはーー私達でも手に負えない。
もしかすると、魔王様達ですらも。
「全部隊!魔法部隊魔王軍指揮官ソニが命じます!」
ソニの一声で、魔物達が一斉にソニへと集中した。
「あの攻撃はーーきっと私達ですら防ぐことは難しいでしょう。ですからーー逃げる事を許します⋯⋯命令に背いても構いません!アレから⋯⋯自分だけでも生き残ろうと足掻いてください!!魔王様に何としてでも報告するのです!!」
ソニの迫真の言葉に、魔物達が絶望の表情から一転し、一斉に後退り始める。
「逃げるぞー!!」
「誰でもいいから生き残れ!魔王様に成果を!!!」
必死に走り出し、どうにかしてあの違和感でしかないガゼルの光から距離をドンドン離していく。
距離を離そうとするソニの表情は必死だった。
この状況から一刻も早く逃げ出したい。
あの異常生物からどうにかして回避する方法を、たった短い数十分だったが、永遠というほどのゆっくりとした一瞬で考えていた。
"無理だ"
鑑定すら拒否し、魔力でもない。
ならーー"一体何なの?"
背後を見ながら走るソニの瞳には、光から完全に武器が顕現しているのを確認する。
もう時期ーーアレがこちらへと迫ってくるのが容易に思いつく。
ソニの脳裏には、家できっと伸び伸びと狩りの練習をしているだろう兄弟達が思い浮かんだ。
'私、ここで終わりだ'
散々殺したもの。今更後悔なんてしても遅い。
だけど、次もし歩めるなら⋯⋯人族がいない普通な世界を歩みたかった。
誰も気付かない素晴らしい世界を。
さようなら。
****
黄金の雷がガゼルを守るように⋯⋯四方に何度も落る。
ガゼルは無意識なのか、黄金の瞳を輝かせながら空中で記憶の男と同じように黄金の火花が空中から広がる。
下から見ていたアレックス達からすれば、まるでその光景は雷の空のよう。
無意識にいるガゼルは、掌に集まった黄金のエネルギーを胸の前まで持っていきーー勢い良くエネルギーを掴み、握り潰した。
ドゴンッッッ──!!!
「─────告げる」
そしてーーガゼルは両腕を広げ、肩と平行するまで少しずつ、そして余韻に浸るようにゆっくり、ゆっくり上げた。
その姿に、まるで時が止まったように⋯⋯この場のすべての生物達が動きを止めた。
「■■ 道ゆくところに力あり。
■■■る全てが力。
■■■よ、■■■、空よ、明光。
■■■■、■■■■■、天地万物よ。
■、■■■開放する。
英雄が■■■■■■■■■■■■歓喜せよーー」
黄金のゲートから神々しく、燦然と輝く⋯⋯まるで神器とも言えるような重厚感と威圧感すら感じる武器達が幾万と姿を表した。
溢れんばかりの黄金のオーラを纏うガゼルは空を見上げた。
「世界よーー我が世界ーー美しく在れ」
別人のような声ともはや貴族のような口調で呟くガゼル。
見上げた空からーー視線は何故か逃げ惑う魔王軍の方へと向く。
「※※※※。※※※※※※※※※※」
謎の言語を発したあと、ガゼルの体の鼓動のみが音を発し、深海のような静寂の数秒ーー最後の言葉を口にした。
「■■・■■■■■■■■・■■■■■■■■■■■■■■■」
その時、私達に電流が走った。
この物語を見ているせいだろうか。
言語がほんの少しだけ読めるようなったらしい。
バチッ──!
■■・約束された我が地・■■■■■■■■真なる一つの力
直後、この世の終わりであるような悲鳴の大合唱と人族の歓喜の合唱が同時に聞こえた。
黄金の武器達は魔王軍に向かって光速で向かっていき、文字通り全てを滅ぼした。
何万発もある、まるで小さな核爆弾のように。
一発一発が全てを焼き尽くせば、電流が流れ、口から水を吐けば、その場で血が凝固して十字架の形に変わる者もいた。
ガゼルの視界の全てはーー死体と大量の血溜まり。何万以上もいたすべての魔王軍は滅ばされた。
たった一人の人族、神門創一によって。
この日、人類が魔王軍の侵攻を初めて防ぐ事に成功した特別の日ーー後に防衛の日という名で祝日となった。
レイアースの歴史上、初となる⋯⋯軽、重症者、死傷者を含めて三桁以下の犠牲で収まった。
ただの一度もここまでの歴史で一度も魔王軍の侵攻でこんなにも異例で、こんなにも異常な事が起こることはなかった。
そして⋯⋯この後に語られる教科書。
"全ての起源・レイアース史改訂版"で記載されている話では、この侵攻がきっかけにレイアース史を揺るがす何かが変化する最初の表舞台としてのーー英雄譚である序章の序章に過ぎなかったと記されている。
まさに我々で言う神話の様な扱いを受ける事になる⋯⋯そして、後に知らぬ者がいなくなる程、神と崇められる最狂の男──神門創一の功績として。
***
全てが終わったその瞬間、ガゼルの両眼は元の綺麗なダークブラウンの瞳に戻り、空中でまたキーンとうるさく酩酊感と止まぬ頭痛がガゼルの身体を支配していた。
「くっ⋯⋯う!」
'一先ずーー意識は取り戻せたの⋯⋯か?体は今までで一番重いし、頭痛もやばい'
何処かで休憩をとらないと。
だが、すぐにガゼルは目の前の光景に目を見開くことになる。
「な、なんだ?」
視界いっぱいに広がる死体ととんでもない攻撃があった跡。
すぐにガゼルの脳裏に記憶の惨状と酷似していることに気付く。
'何が⋯⋯起きているんだ?あれは、確かに異常だったが、こっちでも起きている⋯⋯?'
全くワケがわからない。
とにかく、一旦ーー
「ガッ⋯⋯!!」
ガゼルの視界は目眩と感覚が狂い、たった数m先の物ですら把握出来なくなっている。
自分が浮いているのか地上にいるのか、それすらも今のガゼルには処理出来なくなっていた。
『マスター、起動完了しました』
'渚⋯⋯何があった?突然様子がおかしくーー'
『渚も一瞬の間強制終了を起こしてしまいまして。トリガーである"剣魔法"は無事起動出来ました』
'これが剣魔法の代償か⋯⋯'
中々に酷い代償だ。
これなら、使わない方が良さそうだな。しかし今後も考えると確かめる事も必要だろう。
だが、とにかくこれを使うのは最後の最後の危険な場面だな。
絶対的に安全な時でのみ検証が必要である事は間違いない。
'渚、急いで感覚とこの頭痛を止める事はできないか?流石にこれは勘弁被りたいんだが'
『かしこまりました、すぐにマスターの力を使用して抑えます』
すると、俺の体は心肺が停止したように全ての感覚が文字通り止まった。すぐに正常だった少し前に戻り、思わず声が裏返りそうになった。
「はっ⋯⋯え?」
自分の両手に目を向ける。
⋯⋯全て異常なし。
'どういう事だ?'
『再接続に時間を要しまして、先程適応させた結果ですマスター』
'渚がいないとこうも上手く出来ないとは。いよいよ渚に全権が行きそうな感覚がするな'
流石にいかん。自分でスキルや職業を運用出来るようにした方がいいな。
⋯⋯AIと人間でしっかり分けて作業させるのと一緒だと思わないと。
'とりあえず浮いている感覚は続いているが、降りる感覚は掴めない。渚、ガイドを頼む'
『かしこまりました』
その一言で自分の身体が勝手に1cm単位ではあるが、少しずつ下降を始めている。
『止める事もできますが、この間に上がったり止まる感覚を掴んでいただけると』
'にしてはコツもない感じか?'
ガゼルが半笑いでそうツッコミを入れる。
すると渚から返ってきたのは『マスターならこの情報量で全て行動なさるので、渚としましては仕事を全うしております』⋯⋯と、すまし顔を想像させるような真面目な口調で返答され、苦笑いを浮かべながら礼を言うガゼル。
「そりゃどうも」
「浮かぶ」というのは中々に難しい、感覚の説明を言語化をするのが。
急速落下は簡単だ。ジェットコースターがわかりやすいからな。
⋯⋯だが浮かぶってなんて説明すればいいんだ?
ゆっくりと降下しながらガゼルは思考し続ける。
'あ、何となく自分が空気になった気分だ'
いい例えが見つかったぞ。いいか?俺。
もし次から浮いている時の感覚はなんですかって聞かれたら、まるで空気になったように何もありませんって答えるとしよう。
⋯⋯きっとそうだ。マジで無だもん。
そのままガゼルは一人で永遠にボケとツッコミを繰り返している内に、地面へとゆっくり足を付けた。
「はぁ」
一回小さく溜息をつき、何処か安堵したような笑みを浮かべながら空を見上げた。
'初めてだから多少緊張したが、上手く行ってよかった。次は、もっと安全な環境でやらんとな。⋯⋯その内しんじまうよ'
心の内でそう呟きながら煙草に火をつけるガゼル。
周りを見渡し、街の方へとゆっくりと歩いているガゼルの背中をーー捨て身で斬りかかろうと瀕死の魔物であるオーク2体が宙に軽く浮きながらガゼルに剣を振り下ろそうとしている。
ダァン──!
綺麗な所作で体を半回転させながら横に避けたガゼルは一体のオークの手を上に蹴り上げ、剣を奪い取る。
「ハァ⋯⋯まさか、まだ生きている奴がいるとはな」
奪い取った剣を肩に乗せ、獰猛な笑みでオーク達に挑発じみた口調で喋るガゼル。
そのままほんの少し腰を落とし、オーク達の視線がガゼルに追いついた時にはーー剣を肩に乗せたまま地面を蹴り上げて目の前にまで来ていた。
「Hey baby⋯⋯just give up」
ガゼルが笑いながらオークが持っていた鉄剣を片手で乱暴に振り下ろす。
ドゴッッ!!
もはやハンマーで思い切り叩きつけていると思うような動き。武器を扱うような感じではなく、まるで武器を扱った事のない素人が力だけで叩きつけているとさえ感じる酷い威力。
振り下ろしたオークは大穴に埋まり、ガゼルは嘲笑混じりの溜息をつきながら刺さっている鉄剣を片手で抜いた。
「おぉ、結構血が」
抜いた時に血飛沫がかなり舞い、ガゼルは少し不快そうに霧状になったオークの血飛沫を手で払う。
「あぁ⋯⋯酷いな、こりゃ」
もう一体いたオークは知らない間に真っ二つに泣き別れており、辛うじて生きていた目の前にいるオークは'信じられない'と顔を歪め、ガゼルを恐れるように見上げる。
「ドシッ⋯⋯」と、徐々に薄れていく体の感覚がある中、一つだけ自分に何かが触れていた。
それはガゼルがオークを足で逃さないように腹部を踏んでいるからだった。
笑顔のガゼルは一回強めに踏みつける。
「ガハッッッッ!!」
口から吐血し、苦しそうなオーク。ガゼルはそれを見ても無表情のまま作り笑いのような気持ち悪い笑みをオークに向ける。
「それで?聞けないと思っていたが、お前らの目的は?こんだけ戦力を投入してんだ。何かあるはずだろう?⋯⋯なんだ?」
'異世界に来てまで拷問なんぞやりたかねぇんだが⋯⋯。ッたくどうするか'
ガゼルは'なるべく面倒な事を起こしたくはない'とどうにかして回避しようとオークに圧を掛けまくるが、オークは必死にその圧力に耐えながら抵抗していた。
そこから2.3分経過したら辺りでガゼルは痺れを切らした。
「俺はあまり気が長くない。お前の眼球に麻酔無しで突っ込んで全部弄った頃には⋯⋯少しは喋りたくもなるかもなァ?」
数cmの距離まで瞳をオークに近付けてドスの効いた低い声で脅迫をするガゼル。
その効果は多少出ているのかーーオークは微かに震えながらガゼルを見上げている。
「俺もこんな事はしたくないんだ⋯⋯。だけど、お前が誠意のないーー魔王軍としての威厳を損なうようなやつだと思うならこのまま眠れ。だが、誠意があって誇りがまだ胸に刻まれているなら素直に喋れ。⋯⋯どうだ?お前が喋れば救われる命もあるかも知れんぞ?」
「⋯⋯ハァ、貴様等人族に⋯⋯ハッ、死んでも喋るわけには行かない」
今にも死にそうなオークの荒い呼吸がガゼルの頬を掠めている。
「ほう?」
「ググググクッ⋯⋯!!!」
少しずつ。ほんの少しずつ、ガゼルが踏みつける力を加えていくガゼル。
「きっ、貴様等にーー」
「お前、最後に話す言葉が⋯⋯俺達への暴言で終わるのか?よかろう。喋ってみろ。その代わりーーお前にはこの世に生まれた事を後悔させてやると同時に、魔王軍とかいうくそしょうもない誇りも忠誠心もないようなゴミカスだったと上には伝えておく。全く近頃の魔族達はどうなってるんだってな」
完全なる嘲笑と舐めたようなその目つきは、オークのプライドや全ての価値観を壊されていた。
「はぁ⋯⋯なら、仕方ねぇからーー」
ガゼルが鉄剣を上に振り上げ、眼球を突こうとしたところで、オークが遮って言葉を発した。
「モクテキハ⋯⋯威力偵察と、占領だ」
「アァ?なんて?」
「人族の⋯⋯ゴホッ、ゴホッ、建築能力と創造力は我らを著しく凌駕シテイル。数名の捕虜を用意して我らの最初の陣地としてここを狙ったのだ」
'ふん、なるほど。魔族なりに頭を回して殺さないようにしつつ、吸収して吐き出させてから殺そうとしてたってわけか'
そしてここを魔王のモノとして、ここから更に色んな場所へと侵攻を始める補給点にする。まぁ魔族にしては回る方だろうな。
「ほう?それで?結局失敗したわけだが⋯⋯他に考えている策は?」
「⋯⋯」
「おい、ここまで来たんだからさっさと答えろよ」
「今から4回回った頃、王都にしーー」
その言葉を最期に、オークは静かに息を引き取った。
死んだオークを見下ろしているガゼルは静かに両手を合わせてそのまま背を向けた。
4回回った頃⋯⋯。
おそらくは、4ヶ月って事か。
魔法やらなんやらある世界で4ヶ月って事は、かなりの時間がある。
そこが奴らにとっての本番ってわけだな?まっ、どうせ俺には王都なんぞ行く予定は無い。
面倒事に巻き込まれるのはゴメンだ。
貴族のくだらん争い事だの、権力に任せてどうのと⋯⋯クソくだらんモノに時間を掛けている暇はない。
はぁ、折角のんびり楽しく過ごせるのかと思ったらすぐコレだ。
⋯⋯全くどうしてくれんだよ。
「だがーー」
ガゼルの両目の先には、嬉しそうな表情で寄ってくるアレックスやトラシバの住人達が映る。
微かに笑みを浮かべるガゼル。
'今は、とりあえず救えた事に安心してコイツらとわーきゃーしておくか'
「師匠!!やりましたね!!」
「ガゼルさ~ん~!!」
「流石の一撃でした!!」
『あの人、ガゼルっていうらしいぞ!』
『ガゼル様~!トラシバを救ってくれてありがとー!!』
「こりゃ、変に目立ってないか?」
苦笑いをしながら、とりあえず受け入れようと頑張ってその好意を受け入れるガゼルだった。
そう、ここから全ての歴史は始まる。
この男が変えた終末の運命から。
応援ありがとうございます!
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