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異世界転移編

27話 the fire

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カァンッ─!

「ふぅ⋯⋯」

10数体に囲まれながらも獰猛な呼吸と共に3mほどの斧を乱暴に振り終わったボルフは冷静に戦況を周りを見渡しながら整理していた。

今のところは全く問題がねぇ。

バチッッッ──。
ヴォォォ─!!

周りでは職員である同期達が雷鳴を鳴らし、炎の嵐を掌から放つ姿を目にしている。

広範囲の魔法を持つコイツらなら寧ろ優勢だ。
だがそれも、俺達が元Aランクパーティーとして活動していたからだ。
 俺がギルド職員となる時にたまたま誘ったら着いてきてくれたメンバーだ。
こんなときはクソの程役に立つな、俺も含めて。

「だがーー」

ボルフは若者達が抵抗している場所へと目を向ける。

あっちはそろそろ時間的にも、戦力的にもまずい。もうとっくに限界も良いところだろう。

俺も、行ってやりてぇのは山々だが、仕留め損なった残党を俺が処理しねぇとーー後ろで控えているら奴らがまずい展開だけは避けねぇと。

誰かーー誰でもいい。たまたま駆け付けた高ランク冒険者でもあそこでカチ会わないだろうか。

一抹の望みを祈るボルフ。
だが、そんな願いとは裏腹に、仲間達が声を上げた。

「ボルフ!前方中距離、A級魔物トロール5体!」
「はぁ!?トロールだって!?」
「あぁ。まだ魔力はあるけど、再生が主なアイツは私達がどれだけ撃ってもすぐに修復して進むだろう」
「て、ことはーー」

ボルフ率いるパーティー達全員の視線は、目の前のトロール達ではなく、その後ろに控えている大量の高ランクの魔物達。

舌打ちを打つボルフ。

'チッ、トロールを盾にしてやがる!'

しかもアイツら⋯⋯間違いなく普通の個体じゃねぇ!知能が普通のそれじゃなさ過ぎる。やはり魔王軍直属の魔物達で間違いなさそうだ。

ーーどうするか。

「メレル!トロールの弱点は⋯確か火だったな?」
「そう!」
「そうなったら、イケる限りの連射でトロールをがっつり削ってくれ!」
「分かってる!〈フレイムバレット〉」

メレルと呼ばれる女性はその場で『詠唱破棄』をして中級魔法であるフレイムバレットを放つ。

メレルの頭上には大量の魔法陣と共に火の魔法であるフレイムバレットがトロールへと向かう。

ドンッ、ドンッ!!

全員の視線が集中する。
トロールの身体からは肉眼では捉えられないほどの霧に近い量の立ち上る煙。少しずつその煙は晴れていき、結果が見える。

「⋯⋯っ!」

'嘘だろ'

ボルフは奥歯を力強く噛んだ。
煙が晴れたトロールの身体はーー全く効いている様子を見せることはなく、寧ろドンドンここぞとばかりに前へ前へと進み続けていた。

地鳴りのような行進。ボルフは心の中では頭を抱えていた。

どうする?上級魔法が使えないわけではない。ただ、厄介なのはその後ろで待機している大量の高ランク魔物達だ。

視線は大量にこちらへ向かう魔物。

「⋯⋯くそっ、失策だ。もっと早く俺達で対処していればよかったのに」

魔王軍と知っていたらこうはなっていなかったが、それも今となっては言い訳にしかならない。情けねぇ限りだ。

ブン──。

ボルフは勢い良くスーパーヘヴィ級レベルの斧を振り上げて肩に乗せた。

「さて、もう時間はねぇなーー」
「ボルフ!?何をしてる!」

肩に斧を乗せたままーーボルフは腰を落としている。

「〈ブレイクアーマー〉」

ボルフが攻撃的な笑みを浮かべながらそう口からこぼす。

「メレル、支援を」
「はいはい」

だるそうな口調から、杖をボルフの方へと向け両手を交差させながら長々とした詠唱を始める。

「〈パワーラズ〉〈シード〉!!」

ボルフの身体から魔法の粒子が溢れる。

'準備は、整った'

ボルフは笑みを浮かべ目の前に見えるトロールを嬉しそうに見つめた。

「行くぞ、不死身の魔物。こっから元S級冒険者が本気ってのを出すとーー」

元、S級冒険者ボルフ。

「どうなるかってのを教えてやる」

ドンッ──。

腰を落とすボルフを支える足元に亀裂が入る。足がめり込み、遂には音を立てながら丁度ピッタリの足型の穴を付ける。

そして当時ついた別名ーーーー無敵のボルフ。

「オラァァァァ!!!!」

何故、無敵という単語が付いたのか。
それは簡単だ。

『ギッッッッッ!!!!』
『グォォッッ!!!!』

雄叫びを上げながら両手でスーパーヘヴィ級の戦斧を持ち疾風の如き速度で地面を蹴り上げる。

10秒掛からない時間でトロールの頭上からそのかつて共に進んできた愛斧──ドラムガランを振り下ろした。

斧はトロールの腕に阻まれる。
ーーしかし関係ない。

『⋯⋯?』
「ハハッ!!舐めるなよ?幾ら再生能力が高くても、一撃で決めちまえばーーそれも関係ないだろ!!」

広いか狭いかは置いておいて、今までこのボルフが戦ってきた数十年の人生において、敗北した事は無い。あくまで個人では。

「ハァァァァッッッ!!!!!!」

職業──重戦士。
彼の人生は貧困ほどではないが、苦難が多い事は間違いなしだった。


職業で見られてしまうこの世界で、彼は重戦士というあまり等級の高くないモノを引いてしまった。

重戦士の特徴はシンプルで、通常の戦士より更に重い武器種も使いこなす事が出来るというモノ。確かに通常通りの思考で考えれば強いは強いのだが⋯⋯やはり剣聖や大魔導士のようなものと比べれば見劣りしてしまう。

 勿論地元では大層喜ばれたが、都会に出れば出るほどーー尊敬の目と差別の目があった。
 まず説明しなければならないのは、この世界には一次職から四次職と呼ばれるまでの4つある明確なラインが存在する。

⋯⋯一次職というのはすぐに分かるだろう。
見習い戦士や魔法使いなどの見習いというのが付くいわゆる初心者職というものだ。これは全体の60%程の人族が通る道だ。

そして二次職。
見習いが外れた1次職業の進化先と言えばわかるだろうか。
見習いが外れた状態で生まれる確率は20%。
 察しがいい者達は分かるだろうが、見習いがあるのと無いのとでは全然成長速度が変わってくる。必要の無い事を排除してから進むのと最初から成長する為に進むのとでは時間経過が違い過ぎるのだ。

この段階でかなり運ゲーと呼ばれてもしょうがない差が少しずつ付いて回ってくる。

⋯⋯そして三次職。
ここから少しずつ派生のような形が増えていく。

その分かりやすい例が暗殺者や剣闘士。
ステータス的な話をすれば他の職業と大差ないか少し劣ってしまうところもあるのだが、能力的な物でステータスと比較出来るような能力を持った者がいる。

具体的な技でいうと、音やニオイを完全に消し去ることのできる暗殺者特有のスキルーー『サイレント・スニーク』。

身体の丈夫さを引き上げ、ステータスでいう物理・魔法攻撃から受けるダメージを常時20%程下げるスキルーー『ダンス・アポリゲス』。

話が脱線してしまった。
具体的な話はこんなところだ。要は三次職は秀でたステータスと引き換えに少し特殊な力を扱う事のできる職業があるという事だ。

そして。
才能はここからだ。

二次職から進化した先にある場合と、産まれたその瞬間から三次職になっている場合の2種類。これは正しく才能。

4次職は目が肥えているみんなならばある程度は理解できるだろう。

魔法職ならば大魔導士。
物理職ならば剣聖やこっちの拳聖。
そして、特殊職業。

召喚術士や魔術士、挙げればキリがない。


話は戻るが、ボルフはこの中で三次職の人間である。
三次職になれる確率はーー全体で僅か20%。

20%が多いか少ないかは人それぞれだろう。しかし、知識のない彼らの中でこの数値ならば中々の調整だと思う。

20%を引いた彼は大層喜ばれた。
更には産まれた時から三次職というレアな価値。それがどれほどのものなのか。

だが、ある程度の年月が経つと本人は一つの壁にブチ当たってしまった。

⋯⋯凡人という枠の限界に。

三次職は確かに恵まれているランク付けのはず。そう言い聞かせて来ていた。

しかし20代前半、彼の周りにいる者達が徐々に追いついて来るのだ。
当たり前の思考であるが少しずつ焦りが出始める。

だが、ステータス値はほとんど限界点。進化のガイドも啓示されなかった彼はそこで閉ざされたかに思えた。

鍛錬に鍛錬を重ね、何度も何度も4次職と呼ばれるような者達に「凡人の限界」とまで言われても諦める事なく1日一日をを研鑽し経験という経験を積み上げ続けた。

30になる頃だった。朝起きた時ーー彼の目の前には『限界突破』というスキルが追加されていた。

このスキルは一時的ではあるが、経験値オーバーした分の値を貯金し自分で値を決めて全ステータスに放っていくスキル。

正に努力の鬼である彼に相応しい程のスキルだった。
それから彼は狂ったように経験値を稼ぎだす。

何度、何度挫けようと彼は貯め続け、A級の討伐に成功した。

ーーーーたった一人で。

「ハァァァァッッッ!!!!!!」

トロールが両手を交差させながら戦斧を受け止める。ボルフの一振りは地面に亀裂を走らせ、衝撃波だけで周りの生物が少し吹っ飛ぶ程。

'この一撃に自分の力を賭ける!!'

仲間、家族、この街をーー救う!!!!

ブチッ──。

突如何かが弾けるといった表現が近いだろう音がボルフの耳に入った。

「⋯⋯っ!!!」

それを見たボルフは力を入れ続ける。
防ぐトロールの片腕の支えていたであろう太い血管を断ち切ったからだ。

まさか大事な血管の一つを断ち切れるとは思わず、トロールは再生の為に魔力を注ぎ続けた。

力を込め続けるボルフと回復の為に魔力を注ぎ続けるトロール。

勝負はシンプルかと誰もが思った。
英雄が、また英雄譚を作ったのだと。

⋯⋯しかし呆気ないこともある。

気を抜いていた人類は忘れていた。別にトロールは一体では無いことを。

「⋯⋯つっ!!」
「みんな!!ボルフの援助を!!」

咄嗟に振り絞って動き出すパーティー。
だが、これは現実である。

間に合わない─────。

『へへへへへへ~』

勝ったと確信したもう一体のトロールは拳を振り上げボルフに向かって戯れるように突いた。

'まずい、まずい'

ボルフは何度も修羅場を経験した。しかし、死の経験を乗り越えてきていた。だがそれもここまでーーボルフ自身も理解していた。

俺はここまでだ⋯⋯と。

この状況を覆す、あの輝かしい戦績を持った⋯⋯もはや悪魔さえと呼ばれるような者が居なければーー。

時が止まったように180度見える景色を焼き付けるボルフの右前方。こちらを嘲るように拳で突こうとしているトロールの顔に違和感があった。

何故かスライムのように顔が波打っている。
何故?おかしい。

波打つ事などほとんど無い。
トロールは再生能力を持った非常に強い耐久性を兼ね備えたAランクモンスター。それを波打たせる程の力がそこにあると言うこと。

その時止まっていた走馬灯と時の流れが正常に戻った瞬間ーーロケットを瞬間に飛ばしたような轟音と信じられない光景がパーティー全員の視線に介入してきた。

ドンッッッッッッ──!!!

目の前にいる恐ろしい魔物の上半身が豆腐のように飛んでいく。

今までそんなところを見たことのないパーティーメンバーは呆然としながら数秒固まった。

『ナンダ?ナカマガヤラレタ!!』

何故か再生能力が反映されない。上半身を飛ばされたもう一体のトロールはなす術も無いまま地面に伏した。

土埃が立つ。

その中、静まったこの場にザッ、ザッと歩く小さな音が聞こえる。

「⋯⋯なんだ?誰だ!」

ボルフはすぐさま体制を立て直して後方へと下がった。

'煙の中に、獣がいる'

ボルフは直感で感じた事を心の内側で呟いた。

本能なのか?身体がそう発してる気がする。初めて中級魔族を見た時のような感覚ーー。

「There were demons, so I hit them hard, but where are they? I don't know where they are.」

なんだ?なんなんだ?知らない言語?

そう呟くボルフ達の前に、一人の人族が現れた。

見た目は白髪。
背丈は170くらいしかない不思議な格好をした少年。

だが、さっきから発しているこの気持ちはこの少年から感じる。

自覚があるのかわからない。しかしーー。

ボルフのこめかみから嫌な汗がスルッと1回伝って落ちる。
ボルフを含め、この場にいる彼らは少年の発する圧倒的な力の奔流を浴びている。

だからすぐに分かる⋯⋯自覚が無い本物の化物が自分たちの目の前にいるんだーーと。

溢れる魔力、溢れる強者独特のオーラ。戦いの場だというのに関わらず余裕を持った動き。

見ればすぐに分かった。目の前の少年だ。

今ーー欲しいとする力という力を持った少年が。

「ん?」

少年はボルフ達を見つける。

ザッ、ザッ。

10m以上あった距離を一歩進んだ感覚で詰めて生気のない双眸で見上げている。

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

無表情のボルフ。
しかし内心、ブルブル震える全身の悲鳴を抑えるので必死である。

人族では全く見ないありえないほど強い魔力。少し魔力を感じるモノなら、すぐに分かる。

重く、強いーー。

力の差を感じれば感じるほど⋯⋯痛感する無力感。

少し見上げた少年は、一言漏らした。

「ここにアレックスっていう冒険者が戦っているのを聞いたんだけどーー知ってる?」

コイツだーーガゼルとかいう新参F級冒険者!!

ボルフは大きく目を見開いてそう内側でこぼす。

絵心のないメリッサでさえもかなり無理のある似顔絵だった。しかしこの少年と特徴がピッタリあっている。

白髪に、美しく、女を魅了する⋯⋯いや、性別さえも超えかねない相貌に顔。
コイツだ!アレックスを気にする奴なんて多くない。

「アレックスはあっちの方で耐えてくれている。しかし、間に合うーーーー」

その時、ガゼルは煙草を咥えた。

「そうか。アイツも一気に成長したな」

そう呟きガゼルはボルフ達を背にした。
少しずつ前へと歩き始め、驚きと悔しいが混ざったような分かりやすい表情を見せるトロールを見上げ、口元を歪ませた。

「ようこそ、魔物の皆さん⋯⋯人族の世界へ」

嘲笑をトロールへと向けながら、小馬鹿にしたように鼻息を漏らすガゼル。
それに気付いた魔物達が怒りの声を上げた。

「まぁまぁ、怒るなよーー」

煙草の煙を吐きながら静かに笑う。

「殺すつもりだったんだろ?なら、小馬鹿にしたっていいじゃないか」

ゲラゲラ笑い始めるガゼル。

「さて、殺ろうか?さっき戦ってたせいか、まだまだ興奮が冷めなくてな」

そう笑いながら目の前の魔物達に向かって、圧倒的なオーラを放ちながら呟きつつ前へ前へとゆっくり進むガゼルだった。
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