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異世界転移編
23話 青龍
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台風のような風圧が真正面から来る。ガゼルの吸っている煙草の灰が一瞬で飛んでいき、ガゼル自身の顔面に当たる。
「ばかッ!なんてことするんだ!」
「おオオォォォ!!!!」
さっきまでの雰囲気とは打って変わり、ガゼルがヘラヘラ変顔を見せながらそうギャグじみた口調で怒っている。
「人族っっっっ!しねぇ!!」
黒いオークが叫び声を上げながら急加速してガゼルの目の前へと移動し、斧を叩きつけた。
力強い軌道で斧は地面へと衝突し、大きな亀裂が生まれてそのまま斧はめり込んで大きな穴が空く。
「ハァ⋯⋯ハァッ⋯⋯」
「あっぶねぇ~」
少し離れた背後辺りから調子を崩すようなヘラヘラとした言葉で話すガゼルの声が聞こえ、『あり得ない』と大きく目を見開くオーク。
'あの人族、一体何者だ?'
確かに強いとは思っていた。
最初に見た時は、直感で危険だと思ってはいたし、人族にも関わらず一人で行動しているところや傲慢な物言いをするところをみれば明らかだ。
⋯⋯しかしその考えは間違えていた。
私の部下を半殺しにして、ましてや──9割以上の部下を⋯⋯まさか、まさか武器も使わずに手と足の打撃だけで殺すとは。
黒いオークは心の中で呟きながら顔には怒りが湧いて今にも暴れだしそうな程凶暴なオーラを醸し出している。
'ハシゲン様は言った。全滅するくらいなら──退却しろと'
だが。
オークは首を少し捻りガゼルの方へと向ける。
'⋯⋯許してなるものか'
両手に力が入る。闘志が溢れる。
'部下を死なせたのは私だ'
オークがゆっくりと立ち上がろうとしている。静かなる怒りを秘めながら。
'分かっている。私がさっさと部下の意見を無視して、あの人族に挑めば全て解決するはずだと'
悔しい。
これが──戦の選択というものなのか。
ガゼルの方へと体を向け、両手をぶらんとさせながらオークは無言で立ち尽くしている。
'惨めだ'
指揮官である私が、部下の意見を真っ直ぐ聞いてしまい、あまつさえ⋯⋯深く考えることなく人族は矮小で弱いと勝手な先入観で決断してしまった自分が恥ずかしい。
「おい、どうした?」
煙草を吸うガゼルが様子を窺うようにケラケラ声を掛ける。
「どうした、さっきの怒りは?折角楽しめると思ったのに」
'そもそも私が勝てるのか?'
さっきこの人族の男が見せた技のどれにも⋯⋯魔力が加わっていなかった。鑑定も使えない。つまり、この男が有している職業は武闘家か、格闘系の職業のはず。ならば、加速系スキルや威力上昇の付与があってもおかしくはない。
おそらく、私が予想するに、この男の身体の内側にマジックアイテムや特殊アクセサリーが付いている可能性が非常に高い。何故なら、人族のステータスというものは非常に貧弱と言わざるを得ない種族だからだ。我々魔物や他の他種族にはレベル制限などの様々な制約に縛られることは無いからだ。
代わりに、人族はバランサーと呼ばれる立ち位置にいる。スキル取得にジャンルはなく、かなり幅広いスキルを持っている事が判明している。我々は鑑定でいくらでも人族の中を覗けるからな。
しかし──。
オークがガゼルを真っ直ぐな瞳で見つめる。
'全くわからない'
謎の動き方に謎の力の発生。魔力系統ではない⋯⋯スキルなのか?それともステータスの異常値?見当もつかない。
だが──。
地球とは違う太陽の形。
回っているせいか太陽の光が森の一部を隠す。呟くオークの上半身が光が隠れた事で暗くなっていく。
'だが'
オークは周りに見える飛び血で溢れかえっているこの場所を流し見る。
'我々は人族に復讐せねばならない'
オークの足元から黒いドロドロとした魔力が徐々に湧き始めている。
「⋯⋯?」
煙草を吸うガゼルの手が止まる。
'必ず⋯⋯奴らを滅ばさなければならない'
ドクン──。
オークの体にあるコアが震えている。
家族を失った。
仲間を失った。
親友を失った。
⋯⋯全ては、1000年前のせいで。
「ウォォォアアアアア!!!」
両手を広げて野生を顕にするように吠えるオーク。
「人族ゥゥ!!絶対に殺すッ!」
「⋯⋯っ」
ガゼルが煙草の火を指で消した。
'なんだ?コイツ⋯⋯突然雰囲気が変わったぞ?'
そう呟くガゼルの表情から笑みは消えていた。
「コロ⋯⋯ス、ヒト⋯⋯ヒドゾク!!」
気付けば、デカイオークの頭にまでドロドロとした黒い魔力が体を覆うように溢れている。それは激しいワケではなく、文字通りドロドロっとした形状のオーラ。
「魔物だから、本気は言語能力皆無になるってわけじゃあねぇんだろ?どうした?さっきまで頭良さそうな感じだったじゃねぇかよ」
ガゼルが調子を崩すかのような真剣からは程遠い口調で語りかけている。
「⋯⋯Uuu」
'こりゃ駄目みてぇだな'
ガゼルがそう心の中で一言もらしている。
「制御が効いてなさそうだな⋯⋯こりゃ、面倒な事になりそうだ」
そう呟きながらガゼルはチラッと自身が倒した魔物達を見つめる。
どういう事だ?コイツら、なんで人族にあんな復讐心なんぞ持っている?そもそもなんでコイツらはこんなに統率が取れている?コイツがリーダーにしては、種族が多すぎる。
ゴブリン、コボルト、ウルフ、それに連なる中間の魔物達まで⋯⋯豊富すぎる。
つまるところ、俺の予想が正しいとするなら──この辺で何か策を講じようとしていた?一体何のために────ッ。
その時、さっきとは比べ物にはならない速度でオークが片手で躊躇なく斧をガゼルに対して振り回した。
一撃一撃を冷や汗をかきながら避けるガゼル。
「おっ⋯⋯ちょッ!待てって!」
「aA!uu!!」
言葉など無視して一心不乱に振り回す黒いオーク。そう軽い口調で突っ込むガゼルだが、依然として両手はポケットに突っ込んだまま。
ドゴンッ──!
「だから待てって!」
ドゴンッ──!
避けたガゼルの先を予測して飛んだポイントへと急いで振り下ろすオーク。
「待てって──言ってんだろ!」
ガゼルがその場で左足を地面に強く踏みつけ、軸足として回した。そのまま勢い良く回転し、両手を使わずに回し蹴りをオークの硬い鎧の上から振り抜いた。
ガァァァンッ──!
とてつもない破壊力を秘めた右回し蹴りが直撃する。だが、ガゼルは驚きで目を見開きながら急いで退った。
ブンッ──!
'あの鎧⋯⋯普通じゃねぇな'
振り抜いたオークの鎧には、傷がミリ程度しか付いていなかった。予想外の結果に思わずクスッと笑うガゼル。
「ハッ、こりゃ面白い事になったな」
「Vuaッッッ!!!」
「⋯⋯っッ」
フルスイング。
避けるガゼルへと躊躇なく全力で斧を振り下ろし、方向をずらしても野生の勘というべきか⋯⋯即座に反応してそちらへと両手持ちに切り替えて振り下ろしに来る。
「──ッ」
「Aaaッッッ!!」
振り下ろしを腰を大きく反らして躱すガゼル。
オークから視線と体を背後へとは変えずに足で地面を踏みつけ後ろへと飛び退く。
コンマ数秒──。
ズドンッッッ──!
ガゼルがいた場所から飛び散る土埃と固まっている仲間の魔物達の肉片。
「⋯⋯ふぅ」
かなり距離を空けたガゼルは、飛び退く間にポケットから煙草を取り出して口に持っていく。
「ったくよ、俺達人間は何したってんだ?」
ガゼルが憂いを帯びた表情をしながら一吸いし、ドロドロに溢れる黒い魔力が身体をさらに分厚く覆っている。それはもはや粘土のように。
「こりゃ⋯⋯どうしようもねぇな。何だありゃ?」
視界に映るのは完全に正気を失っている黒いオーク。
オークは心の中で叫ぶ。
'必ず殺す'とまるで絶叫のように。
'この力で目の前の人族を殺す'殺れるはずだと願うように、そう言い聞かせながら誓う。
'人族はこの世界から消えるべきだ'と憎悪に満ちている。瞳と表情が恐ろしい程に。
'憎い、憎い'そう心の中で呟く度に全身に掛け巡る黒い魔力。
「ァ⋯⋯チカ⋯⋯ラ」
'あぁ、願うさ。誰か───'
オークは目の前の人族に憎悪が満ち溢れている。だが、本能では少しずつ理解をし始めている。
勝てないかもしれないと。
'あの⋯⋯人族を⋯⋯誰か殺してくれ'
「コロスぅぅぅ!!!!Guaッッッッッッ!!!」
嵐のような黒いオークが起こす身体に染み込む願いのような咆哮に耳を塞ぐガゼル。
「おいおい」
ガゼルが左手をポケットから出す。そのまま首をゴキゴキと鳴らして軽く全身で上へとジャンプを数回繰り返す。
「うるせぇな、まったく」
溜息混じりにそう呟きながら見つめる。
「まぁ、お前に攻撃されるのは別に嫌じゃねぇんだが⋯⋯ソレは俺の感覚がよろしくないと言ってる」
淡々とした口調でそう言うガゼルの懐へとさっきよりも速いスピードで黒いオークが斧を振り回しながらやってくる。
「⋯⋯ッ」
振り回しの連打。オークが一心不乱に斧をガゼルに当てるために一振り一振り全力で、そして素早く。
高速で動く二人が通った場所は小規模のクレーターが出来上がり、第三者から見ればドラゴン同士の戦いがあったかのようだ。
ドゴッ──!
「ほう?」
斧は投げ捨て、黒いオークは黒いドロドロとした魔力を纏った素手でガゼルへと拳を叩き込む。その先を読んだその結果、肘を曲げ左腕だけを構えるガゼルの前腕部分にオークの拳が届き、ガゼルは大きく後方へと押し飛ばされる。
「Gッ!」
ガゼルが押し飛ばされたのを見たオークが、ここだと言わんばかりに、追撃をする為に突進する。
「おっ⋯⋯と」
飛ばされながらも足で踏ん張りながら、圧倒的なバランス力で体勢をキープしたまま土埃を立てながら止まるガゼル。
「Guッッッ!」
腹をめがけて狙ったオークの拳。全く避けるつもりのないガゼルを見たオークが一瞬笑みを浮かべる。
だがその刹那──。
「⋯⋯u?」
拳が届く寸前、ガゼルはその場で軽く垂直に飛んで宙でオークの拳を足の裏で受け止める。直撃したと喜んだオークだが、そのまま足の裏で受けたガゼルが力を利用して回転する。
オークの力を利用した為かとてつもない風が舞い上がる。
そのまま回転しながら更に空へと飛び上がった。高さはオークよりも5m程高い空中。
美しい顔立ちと靡かせるセミロングの綺麗な白髪。見る人が見れば⋯⋯それは神の降臨と間違うだろう。
「お前──中々良かったぞ?礼だ、くれてやる」
ガゼルがそう言いながら体勢を直し、もう片手をポケットから出して踵落としの構えを取っている。
「Guッッ!」
先程見た技と酷似しているのを確認したオークが両手を交差させて頭を守るように構えた。
「神門式格闘術第三式────」
ガゼルの足には赤色の特殊な形状のオーラが覆う。
「落鳳」
ゴォォォンッッ──!!!
ガゼルの技が構えているオークの上から直撃し、踏ん張る足が地面にめり込む。
「GGuッッッッッ!!!!」
「戦え──。俺達生物は、どこまで行っても⋯⋯戦うものだ」
どんどんめり込んでいく中、ガゼルの足がぶつかっているオークの腕に切傷が入り、徐々にそれが広がっていく。やがて耐えれなくなったオークの腕は千切れ、そのまま地面にガゼルの足がめり込んだ。
ドゴッッ──!
そこから周囲20m程の地面が共に亀裂が入って大きなクレーターが空く。
「Guaaaaaaaッッッ!」
過呼吸気味に起き上がり、ほんの少しだけ離れた距離にいるガゼルを朧げな意識の中刺すように凝視する。
「GU⋯⋯アァ、マケ⋯⋯ら⋯⋯ナイ」
「それはコッチもな。冥土の土産ついでに教えてやるが、俺はこの世界の人間ではない」
淡々と話すガゼルの発言を聞いたオークは、納得したように大きく溜息をついた。
「⋯⋯⋯⋯ヵ、ゲンさ⋯⋯しょ」
「ん?何か言ったか?」
「ァァァァァァ!!!!」
呼応するようにオークを覆っている黒い魔力が吹き上がる。
「それが最後の攻撃か。良いだろう⋯⋯俺も弱くなってるから丁度いい」
左足を前に、そして半身になって重心を下げる。
オークの方は全く見ていない。ガゼルは地面と平行になるまで頭も落としていた。
「aaaaaaa!!!」
オークも黒い魔力を纏うとしていたが、突然その魔力が消え去り、陽炎のように激しく燃える嵐に切り替わっている。
それはオークの信念のように。
目の前の人族を諦めぬ闘志のように。
オークも体勢を下げて全力で駆けた。
ドゴン、ドゴンッ、ドゴンッッ──!!
全速力で走るオークの踏む音と発生させる力で地面にヒビが入る。
駆ける一歩一歩に火の跡がこべりついており、それは火の道のようにガゼルに向けて進んでいく。
「行くぞ⋯⋯オーク」
そう発すると同時に、突如爆発音のようなものが辺りに響く。
衝撃波が辺りに吹き荒れ、その中心にいるガゼルを覆うように青い龍がガゼルの周りをぐるぐる回っている。
「青龍──」
ドゴンッ──!
ガゼルも向かってくるオークに向かって前へと踏み出す。
陽炎と青龍。
2つの力がぶつかり合った。
その力の衝突に発生する風圧はとても口で説明出来るモノではない。
周りに立っている木々は豆腐の揺れのように動き、地面は衝撃波によって崩れさる。
「ハァァァァッッッ!!!」
『GrAaaaaaaaaaッッッ!!!』
拳と拳。余裕だと思っていた流れだったはずだが、ガゼルが少しずつ押し負け始めていた。
'チッ⋯⋯やはり俺の力はこっちに来て弱まってる'
青龍はまだ早かったか。
だが⋯⋯。
『GUaaaaaッッッ!!』
コイツのこの心意気に答えてやらねばならねぇ。死合は──こうじゃなきゃならねぇ。
ガゼルの身体から青いオーラがドンドン鼓動と共に湧き上がる。
ドクンドクンドクンドクンドクン──。
「青龍!!!!!」
ガゼルが激しく声を張り上げた。それに呼応するように青い龍がガゼルの背後に移動し、一緒に戦うようにガゼルの体の中に入っていく。
「久し振りに興奮したぜ──名も知らぬオークさんよ」
拳がオークの方へとグングン戻っていく。それに焦るオーク。
「Gッッッッ!!!!」
「青龍─────加速」
吹き上がる青い炎とガゼルのオーラ。そのままオークの拳は軽く自分の胸まで戻され、やがて胴体にガゼルの拳が届き──直撃したオークはずっと後方まで吹き飛んでいった。
オークは転がり、木に打たれ、時には顔面から地面に落ちながら引きずられるように飛ばされて1キロ以上も後方で倒れる。
「マケタ⋯⋯ヵ」
オークは腕を真上に上げる。
「クッ」
だが、不思議と怒りは無くなっていた。清々しい程綺麗に負けただろうか。
ボコボコになっている顔だが、清々しい笑顔を浮かべたまま瞳を閉じやがて腕もバタンと地面に落ちていた。
**
**
「ゆっくり眠れ──名も無きオーク」
片膝をついてそう言葉をかけた。10分ほどゆっくり歩いてきたガゼルがなんとも言えない表情をしながらそう言葉をかけて、酷い状態のオークをライターで燃やす。
燃え上がる死体のオークの前で綺麗な所作で両手を顔の前へと持っていき、祈るように数十秒間両手を合わせるガゼルだった。
「そろそろ良いだろう。行こう」
胡座から立ち上がったところで、脳内で声がする。
『マスター』
'ん?どうした?'
『ステータスがとんでもない事になってます。至急確認してください』
'ステータス?なんで急に'
ポケットからスマホを取り出して画面を見ると、ガゼルの表情が少しずつアホ面に変わっていく。
「⋯⋯ん?なんだこれは。なんじゃごりゃぁぁぁぁ!!」
森の中で一人、スマホを片手に素っ頓狂な声を上げるガゼルだった。
「ばかッ!なんてことするんだ!」
「おオオォォォ!!!!」
さっきまでの雰囲気とは打って変わり、ガゼルがヘラヘラ変顔を見せながらそうギャグじみた口調で怒っている。
「人族っっっっ!しねぇ!!」
黒いオークが叫び声を上げながら急加速してガゼルの目の前へと移動し、斧を叩きつけた。
力強い軌道で斧は地面へと衝突し、大きな亀裂が生まれてそのまま斧はめり込んで大きな穴が空く。
「ハァ⋯⋯ハァッ⋯⋯」
「あっぶねぇ~」
少し離れた背後辺りから調子を崩すようなヘラヘラとした言葉で話すガゼルの声が聞こえ、『あり得ない』と大きく目を見開くオーク。
'あの人族、一体何者だ?'
確かに強いとは思っていた。
最初に見た時は、直感で危険だと思ってはいたし、人族にも関わらず一人で行動しているところや傲慢な物言いをするところをみれば明らかだ。
⋯⋯しかしその考えは間違えていた。
私の部下を半殺しにして、ましてや──9割以上の部下を⋯⋯まさか、まさか武器も使わずに手と足の打撃だけで殺すとは。
黒いオークは心の中で呟きながら顔には怒りが湧いて今にも暴れだしそうな程凶暴なオーラを醸し出している。
'ハシゲン様は言った。全滅するくらいなら──退却しろと'
だが。
オークは首を少し捻りガゼルの方へと向ける。
'⋯⋯許してなるものか'
両手に力が入る。闘志が溢れる。
'部下を死なせたのは私だ'
オークがゆっくりと立ち上がろうとしている。静かなる怒りを秘めながら。
'分かっている。私がさっさと部下の意見を無視して、あの人族に挑めば全て解決するはずだと'
悔しい。
これが──戦の選択というものなのか。
ガゼルの方へと体を向け、両手をぶらんとさせながらオークは無言で立ち尽くしている。
'惨めだ'
指揮官である私が、部下の意見を真っ直ぐ聞いてしまい、あまつさえ⋯⋯深く考えることなく人族は矮小で弱いと勝手な先入観で決断してしまった自分が恥ずかしい。
「おい、どうした?」
煙草を吸うガゼルが様子を窺うようにケラケラ声を掛ける。
「どうした、さっきの怒りは?折角楽しめると思ったのに」
'そもそも私が勝てるのか?'
さっきこの人族の男が見せた技のどれにも⋯⋯魔力が加わっていなかった。鑑定も使えない。つまり、この男が有している職業は武闘家か、格闘系の職業のはず。ならば、加速系スキルや威力上昇の付与があってもおかしくはない。
おそらく、私が予想するに、この男の身体の内側にマジックアイテムや特殊アクセサリーが付いている可能性が非常に高い。何故なら、人族のステータスというものは非常に貧弱と言わざるを得ない種族だからだ。我々魔物や他の他種族にはレベル制限などの様々な制約に縛られることは無いからだ。
代わりに、人族はバランサーと呼ばれる立ち位置にいる。スキル取得にジャンルはなく、かなり幅広いスキルを持っている事が判明している。我々は鑑定でいくらでも人族の中を覗けるからな。
しかし──。
オークがガゼルを真っ直ぐな瞳で見つめる。
'全くわからない'
謎の動き方に謎の力の発生。魔力系統ではない⋯⋯スキルなのか?それともステータスの異常値?見当もつかない。
だが──。
地球とは違う太陽の形。
回っているせいか太陽の光が森の一部を隠す。呟くオークの上半身が光が隠れた事で暗くなっていく。
'だが'
オークは周りに見える飛び血で溢れかえっているこの場所を流し見る。
'我々は人族に復讐せねばならない'
オークの足元から黒いドロドロとした魔力が徐々に湧き始めている。
「⋯⋯?」
煙草を吸うガゼルの手が止まる。
'必ず⋯⋯奴らを滅ばさなければならない'
ドクン──。
オークの体にあるコアが震えている。
家族を失った。
仲間を失った。
親友を失った。
⋯⋯全ては、1000年前のせいで。
「ウォォォアアアアア!!!」
両手を広げて野生を顕にするように吠えるオーク。
「人族ゥゥ!!絶対に殺すッ!」
「⋯⋯っ」
ガゼルが煙草の火を指で消した。
'なんだ?コイツ⋯⋯突然雰囲気が変わったぞ?'
そう呟くガゼルの表情から笑みは消えていた。
「コロ⋯⋯ス、ヒト⋯⋯ヒドゾク!!」
気付けば、デカイオークの頭にまでドロドロとした黒い魔力が体を覆うように溢れている。それは激しいワケではなく、文字通りドロドロっとした形状のオーラ。
「魔物だから、本気は言語能力皆無になるってわけじゃあねぇんだろ?どうした?さっきまで頭良さそうな感じだったじゃねぇかよ」
ガゼルが調子を崩すかのような真剣からは程遠い口調で語りかけている。
「⋯⋯Uuu」
'こりゃ駄目みてぇだな'
ガゼルがそう心の中で一言もらしている。
「制御が効いてなさそうだな⋯⋯こりゃ、面倒な事になりそうだ」
そう呟きながらガゼルはチラッと自身が倒した魔物達を見つめる。
どういう事だ?コイツら、なんで人族にあんな復讐心なんぞ持っている?そもそもなんでコイツらはこんなに統率が取れている?コイツがリーダーにしては、種族が多すぎる。
ゴブリン、コボルト、ウルフ、それに連なる中間の魔物達まで⋯⋯豊富すぎる。
つまるところ、俺の予想が正しいとするなら──この辺で何か策を講じようとしていた?一体何のために────ッ。
その時、さっきとは比べ物にはならない速度でオークが片手で躊躇なく斧をガゼルに対して振り回した。
一撃一撃を冷や汗をかきながら避けるガゼル。
「おっ⋯⋯ちょッ!待てって!」
「aA!uu!!」
言葉など無視して一心不乱に振り回す黒いオーク。そう軽い口調で突っ込むガゼルだが、依然として両手はポケットに突っ込んだまま。
ドゴンッ──!
「だから待てって!」
ドゴンッ──!
避けたガゼルの先を予測して飛んだポイントへと急いで振り下ろすオーク。
「待てって──言ってんだろ!」
ガゼルがその場で左足を地面に強く踏みつけ、軸足として回した。そのまま勢い良く回転し、両手を使わずに回し蹴りをオークの硬い鎧の上から振り抜いた。
ガァァァンッ──!
とてつもない破壊力を秘めた右回し蹴りが直撃する。だが、ガゼルは驚きで目を見開きながら急いで退った。
ブンッ──!
'あの鎧⋯⋯普通じゃねぇな'
振り抜いたオークの鎧には、傷がミリ程度しか付いていなかった。予想外の結果に思わずクスッと笑うガゼル。
「ハッ、こりゃ面白い事になったな」
「Vuaッッッ!!!」
「⋯⋯っッ」
フルスイング。
避けるガゼルへと躊躇なく全力で斧を振り下ろし、方向をずらしても野生の勘というべきか⋯⋯即座に反応してそちらへと両手持ちに切り替えて振り下ろしに来る。
「──ッ」
「Aaaッッッ!!」
振り下ろしを腰を大きく反らして躱すガゼル。
オークから視線と体を背後へとは変えずに足で地面を踏みつけ後ろへと飛び退く。
コンマ数秒──。
ズドンッッッ──!
ガゼルがいた場所から飛び散る土埃と固まっている仲間の魔物達の肉片。
「⋯⋯ふぅ」
かなり距離を空けたガゼルは、飛び退く間にポケットから煙草を取り出して口に持っていく。
「ったくよ、俺達人間は何したってんだ?」
ガゼルが憂いを帯びた表情をしながら一吸いし、ドロドロに溢れる黒い魔力が身体をさらに分厚く覆っている。それはもはや粘土のように。
「こりゃ⋯⋯どうしようもねぇな。何だありゃ?」
視界に映るのは完全に正気を失っている黒いオーク。
オークは心の中で叫ぶ。
'必ず殺す'とまるで絶叫のように。
'この力で目の前の人族を殺す'殺れるはずだと願うように、そう言い聞かせながら誓う。
'人族はこの世界から消えるべきだ'と憎悪に満ちている。瞳と表情が恐ろしい程に。
'憎い、憎い'そう心の中で呟く度に全身に掛け巡る黒い魔力。
「ァ⋯⋯チカ⋯⋯ラ」
'あぁ、願うさ。誰か───'
オークは目の前の人族に憎悪が満ち溢れている。だが、本能では少しずつ理解をし始めている。
勝てないかもしれないと。
'あの⋯⋯人族を⋯⋯誰か殺してくれ'
「コロスぅぅぅ!!!!Guaッッッッッッ!!!」
嵐のような黒いオークが起こす身体に染み込む願いのような咆哮に耳を塞ぐガゼル。
「おいおい」
ガゼルが左手をポケットから出す。そのまま首をゴキゴキと鳴らして軽く全身で上へとジャンプを数回繰り返す。
「うるせぇな、まったく」
溜息混じりにそう呟きながら見つめる。
「まぁ、お前に攻撃されるのは別に嫌じゃねぇんだが⋯⋯ソレは俺の感覚がよろしくないと言ってる」
淡々とした口調でそう言うガゼルの懐へとさっきよりも速いスピードで黒いオークが斧を振り回しながらやってくる。
「⋯⋯ッ」
振り回しの連打。オークが一心不乱に斧をガゼルに当てるために一振り一振り全力で、そして素早く。
高速で動く二人が通った場所は小規模のクレーターが出来上がり、第三者から見ればドラゴン同士の戦いがあったかのようだ。
ドゴッ──!
「ほう?」
斧は投げ捨て、黒いオークは黒いドロドロとした魔力を纏った素手でガゼルへと拳を叩き込む。その先を読んだその結果、肘を曲げ左腕だけを構えるガゼルの前腕部分にオークの拳が届き、ガゼルは大きく後方へと押し飛ばされる。
「Gッ!」
ガゼルが押し飛ばされたのを見たオークが、ここだと言わんばかりに、追撃をする為に突進する。
「おっ⋯⋯と」
飛ばされながらも足で踏ん張りながら、圧倒的なバランス力で体勢をキープしたまま土埃を立てながら止まるガゼル。
「Guッッッ!」
腹をめがけて狙ったオークの拳。全く避けるつもりのないガゼルを見たオークが一瞬笑みを浮かべる。
だがその刹那──。
「⋯⋯u?」
拳が届く寸前、ガゼルはその場で軽く垂直に飛んで宙でオークの拳を足の裏で受け止める。直撃したと喜んだオークだが、そのまま足の裏で受けたガゼルが力を利用して回転する。
オークの力を利用した為かとてつもない風が舞い上がる。
そのまま回転しながら更に空へと飛び上がった。高さはオークよりも5m程高い空中。
美しい顔立ちと靡かせるセミロングの綺麗な白髪。見る人が見れば⋯⋯それは神の降臨と間違うだろう。
「お前──中々良かったぞ?礼だ、くれてやる」
ガゼルがそう言いながら体勢を直し、もう片手をポケットから出して踵落としの構えを取っている。
「Guッッ!」
先程見た技と酷似しているのを確認したオークが両手を交差させて頭を守るように構えた。
「神門式格闘術第三式────」
ガゼルの足には赤色の特殊な形状のオーラが覆う。
「落鳳」
ゴォォォンッッ──!!!
ガゼルの技が構えているオークの上から直撃し、踏ん張る足が地面にめり込む。
「GGuッッッッッ!!!!」
「戦え──。俺達生物は、どこまで行っても⋯⋯戦うものだ」
どんどんめり込んでいく中、ガゼルの足がぶつかっているオークの腕に切傷が入り、徐々にそれが広がっていく。やがて耐えれなくなったオークの腕は千切れ、そのまま地面にガゼルの足がめり込んだ。
ドゴッッ──!
そこから周囲20m程の地面が共に亀裂が入って大きなクレーターが空く。
「Guaaaaaaaッッッ!」
過呼吸気味に起き上がり、ほんの少しだけ離れた距離にいるガゼルを朧げな意識の中刺すように凝視する。
「GU⋯⋯アァ、マケ⋯⋯ら⋯⋯ナイ」
「それはコッチもな。冥土の土産ついでに教えてやるが、俺はこの世界の人間ではない」
淡々と話すガゼルの発言を聞いたオークは、納得したように大きく溜息をついた。
「⋯⋯⋯⋯ヵ、ゲンさ⋯⋯しょ」
「ん?何か言ったか?」
「ァァァァァァ!!!!」
呼応するようにオークを覆っている黒い魔力が吹き上がる。
「それが最後の攻撃か。良いだろう⋯⋯俺も弱くなってるから丁度いい」
左足を前に、そして半身になって重心を下げる。
オークの方は全く見ていない。ガゼルは地面と平行になるまで頭も落としていた。
「aaaaaaa!!!」
オークも黒い魔力を纏うとしていたが、突然その魔力が消え去り、陽炎のように激しく燃える嵐に切り替わっている。
それはオークの信念のように。
目の前の人族を諦めぬ闘志のように。
オークも体勢を下げて全力で駆けた。
ドゴン、ドゴンッ、ドゴンッッ──!!
全速力で走るオークの踏む音と発生させる力で地面にヒビが入る。
駆ける一歩一歩に火の跡がこべりついており、それは火の道のようにガゼルに向けて進んでいく。
「行くぞ⋯⋯オーク」
そう発すると同時に、突如爆発音のようなものが辺りに響く。
衝撃波が辺りに吹き荒れ、その中心にいるガゼルを覆うように青い龍がガゼルの周りをぐるぐる回っている。
「青龍──」
ドゴンッ──!
ガゼルも向かってくるオークに向かって前へと踏み出す。
陽炎と青龍。
2つの力がぶつかり合った。
その力の衝突に発生する風圧はとても口で説明出来るモノではない。
周りに立っている木々は豆腐の揺れのように動き、地面は衝撃波によって崩れさる。
「ハァァァァッッッ!!!」
『GrAaaaaaaaaaッッッ!!!』
拳と拳。余裕だと思っていた流れだったはずだが、ガゼルが少しずつ押し負け始めていた。
'チッ⋯⋯やはり俺の力はこっちに来て弱まってる'
青龍はまだ早かったか。
だが⋯⋯。
『GUaaaaaッッッ!!』
コイツのこの心意気に答えてやらねばならねぇ。死合は──こうじゃなきゃならねぇ。
ガゼルの身体から青いオーラがドンドン鼓動と共に湧き上がる。
ドクンドクンドクンドクンドクン──。
「青龍!!!!!」
ガゼルが激しく声を張り上げた。それに呼応するように青い龍がガゼルの背後に移動し、一緒に戦うようにガゼルの体の中に入っていく。
「久し振りに興奮したぜ──名も知らぬオークさんよ」
拳がオークの方へとグングン戻っていく。それに焦るオーク。
「Gッッッッ!!!!」
「青龍─────加速」
吹き上がる青い炎とガゼルのオーラ。そのままオークの拳は軽く自分の胸まで戻され、やがて胴体にガゼルの拳が届き──直撃したオークはずっと後方まで吹き飛んでいった。
オークは転がり、木に打たれ、時には顔面から地面に落ちながら引きずられるように飛ばされて1キロ以上も後方で倒れる。
「マケタ⋯⋯ヵ」
オークは腕を真上に上げる。
「クッ」
だが、不思議と怒りは無くなっていた。清々しい程綺麗に負けただろうか。
ボコボコになっている顔だが、清々しい笑顔を浮かべたまま瞳を閉じやがて腕もバタンと地面に落ちていた。
**
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「ゆっくり眠れ──名も無きオーク」
片膝をついてそう言葉をかけた。10分ほどゆっくり歩いてきたガゼルがなんとも言えない表情をしながらそう言葉をかけて、酷い状態のオークをライターで燃やす。
燃え上がる死体のオークの前で綺麗な所作で両手を顔の前へと持っていき、祈るように数十秒間両手を合わせるガゼルだった。
「そろそろ良いだろう。行こう」
胡座から立ち上がったところで、脳内で声がする。
『マスター』
'ん?どうした?'
『ステータスがとんでもない事になってます。至急確認してください』
'ステータス?なんで急に'
ポケットからスマホを取り出して画面を見ると、ガゼルの表情が少しずつアホ面に変わっていく。
「⋯⋯ん?なんだこれは。なんじゃごりゃぁぁぁぁ!!」
森の中で一人、スマホを片手に素っ頓狂な声を上げるガゼルだった。
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