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異世界転移編

7話 本音&野営

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'とりあえず安全な所に行きたいな'
 立ち上がって両手で腰を触って、柔軟の動きを数種類見せてから周囲を軽く見回す。

'安全な所で考えるとやはり街になるか'
 だが良いのか?俺には特殊な魔法はねぇから正面から入る他無い。

'もしかしたら⋯⋯'
セレーヌを一瞬チラ見するもすぐに横に首を振る。
 いや無いな。奴隷という身分以外に何も残されてはいないだろう。
 今残されている可能性としては⋯⋯脅迫という選択か、交渉、もしくは先に等級の高い魔物を用意してそれを上納という形で通してもらうか──どれかか。

「セレーヌさんやぁ⋯⋯」
「なんでしょうかご主人様?」
「悪いな、この辺の地理に疎い。軽く説明を貰えるか?」

創一の言葉を聞いたセレーヌは「私の分かる範囲でしたら!」と大喜びで話し始めた。


**
 10分掛からない程で話が終わった。どうやらセレーヌによると、今俺達はトラシバの街と呼ばれる中規模程の街から少しだけ歩いた街の外の北側に位置する場所に居るそうだ。

 そしてこの森の名前はラカゴの森という場所らしい。ラカゴの意味はセレーヌも分からなかったようだが、今はそんな事より重要な事が山程ある。

「街の門までどれ位掛かるか分かるか?」

「う~ん」と必死に考えるセレーヌ。数秒悩み、元気よく「大体1刻程でしょうか」と答えた。

'1時間⋯⋯'
 空を見上げる創一。
視線の先に見える空の模様的にはもうすぐ夕方。

'恐らく予想が外れる可能性は高いだろう'
 これは感覚的な問題で理屈や理論では無い。わざわざ異世界に来て変に急ぐことも無いだろう。

「そうか、ならば野営しようか!」
「野営ですか?確かにもう5の刻の様ですが、夜はモンスターと盗賊に襲われる危険がありますが?」

セレーヌが上目遣いで心配の二文字を浮かべて創一を見ている。

'あー確かにそれもあるな'
 そうだったな、ここは異世界。あっちの世界でも日本だけだ⋯⋯安心してそんなことできるのは。

 創一自身、もう日本に居ることをすっかり忘れていた。すぐに気持ちを切り替えて思考を巡らせる。

「いやとりあえず街に入りたい所だが、身分証明が無い。
であれば、先に準備をして夜を過ぎるのを待つ方がいいと判断した。あー因みに襲撃の心配するな?危険はない」
「え!?どういうことですか?ご主人様?」

セレーヌが不思議そうに首を傾げ、右手に持っていた木の枝を握りながら創一に尋ねる。

'あぁ⋯⋯そうか'
 腰に両手を当てながら、心配するなと言わんばかりの笑みをセレーヌに向ける創一。

「あ~なんというか、戦いは慣れている。敵が来たらすぐわかるから心配しなくていい」

 創一が頭にポンッと置きながらそう話すと、少し赤面しながら「そ、そうですか!ご主人様がそう仰るなら」と下を向くセレーヌ。

その姿を見た創一が少しだけ溜息をつく。

'はぁぁ⋯⋯'
 奴隷としては夜の時間ご主人様を守らなければならない。今の内から何でもいいから対抗できる武器を探していたのか。なんつー世界だよ。

「はぁ⋯⋯セレーヌさん──いい加減口調変えない?なんか喋りずらいんだけど⋯⋯」
「それは出来ません!今の状況だからセレーヌさん呼びを許容しているだけですからね!!ご主人様はもっと常識を知ってくださいよ⋯⋯」
「常識か」

言葉を返さず創一が神妙な顔で考えていると、セレーヌがハッとしてすぐさま土下座の体勢に入った。

「し、失礼しました。奴隷の立場でご主人様に意見するつもりは」

土下座をしながら創一に話すセレーヌ。
身体は痙攣しているかのようにように震え、今にも殴られるだろうと理解しているのか、震えながらも腕を動かしたりはせず黙って待っている。

そんなセレーヌの様子を見下ろしている創一は、立場が分かっているとはいえ苛立ちを隠せずにいた。

「いいんだよそんなことは。奴隷とか気にするな!でも確かに⋯⋯俺に常識が今必要ではあるな」

板を椅子代わりに座り、顎に手を当てながらどうするべきかを考えている創一。
そんな中──

「失礼ながらご主人様は、この大陸の人でしょうか?」
「⋯⋯⋯⋯」

'どうする?'
 なんと言えばいいんだ?俺異世界から来ましたよ~とか言ったら地獄を後で見そうだな。
 だが奴隷が意図的に情報を吐かないとわかっている以上言った方が良い気もするな。理解した上で話してくれるから楽で良い。
でも黙っといた方がいい気がするな⋯⋯色んな意味で。

「だいぶ遠い地方の人間だな」
「そうですか。では軽く説明させて頂きますが、このムー大陸での奴隷は家畜以下の扱いです。
 男の場合は労働やストレス発散に使われたり、魔物との遊びに使われたりと。
 女は言わなくても理解していると思いますがその様な所です。なので、ご主人様の奴隷の扱いとしては色々おかしいのです」

必死に熱弁するセレーヌと真面目に話を聞く創一。

「何となくは分かっていたが、そんなに酷い扱いなのか~⋯⋯予想より酷いな」
「はい、なので私がおかしいのではなくご主人様が優し過ぎるのです!!」

 必死⋯⋯というべきか。
まるで罰を受けたがっているようで、気味悪いとも感じる程の作り笑い。

'奴隷やそれに近い立場の者は独特な動きをする事がある'
 理由はその罰がいつどこで返済に使われるかが不明だからだ。今の内に消化したいのだろう。

──「アンタはこれを飲みなさい!」

'なんだ?今の記憶は'
 とにかく、この娘の笑顔を見ていると凄く胸が痛い。
何となく自分にも覚えがあるからだ。

「もういいよ。そんな元気出さなくても」
「え?」

'奴隷はご主人様の機嫌を損なわないように常に元気な姿勢を見せる'

「どれくらい奴隷だったかは俺には分からないし、辛い事しかなかっただろうから気持ちは分からない」

'時には悲しんだり、時には一緒に怒ったり蔑んだりもする。⋯⋯一体どれが自分なのかも分からなくなっていく'

「けどこうやってマシなやつに買われたんだ──少しは楽にしろよ」

'別に少しの奴らくらいは本気で笑う奴隷がいたっていいだろ'
 
「笑顔っていうのは、ほんとに嬉しい時や楽しい時にだすもんだ。他人に媚びを売ったり、笑いたい時でもないのに元気を出す必要はない。泣きたかったら泣けばいいんだよ」

'全員を救えるほど俺は良い奴でもねぇし、出来た人間でもねぇ'
 だが、目の前の数人くらいは奴隷になって良かったって奴がいても良いだろうよ。

 話を聞いていたセレーヌは、創一に対して作り笑いを向けていたが、段々と聞いている内に作り笑いが上手く出来なくなっていき、どこか歪に見える変な表情へと変わっていっていた。

'あれ?' 
セレーヌが自身の頬を触る。

'こういう時ってどうすればいいんだっけ'
 訳が分からなくなり必死に対処法を考えている中──

「⋯⋯ッ」
「⋯⋯⋯⋯」

目の前には頬を触っているセレーヌの腕を創一が優しく掴んでいた。

「何でもいい──今から好きなようにしろ。今まで通りでもいい。好きな時に笑うのも良し、嫌な事は嫌というのも良し。ただ⋯⋯わざわざ自分に嘘をついてまで生きる必要はないお前はお前だ」
「ご主人様⋯⋯その」 

 歪な表情を見せていたセレーヌがどんどん普通の表情に戻っていく。創一はそれを見て納得したように鼻息を漏らしてそのまま木の板へ戻って足を組んで座った。

「それで良い。好きなようにしろ⋯⋯泣きたい時にガキみたいに泣けばいいし、楽しい時は笑えばいい。わざわざ自分に嘘ついて相手に合わせようとするな」
「⋯⋯⋯⋯」

'す、好きなように⋯⋯'
 
「うおっ!」

座っている創一の膝の上に飛び込むセレーヌ。
そのまま木の板がひっくり返り、二人共々完全に裏返しに倒れる。

「おい、セレーヌ大丈──」
「ッ!⋯⋯ック⋯⋯」

創一はそれ以上を声を掛けず、声にも出せないような声で泣いているセレーヌを片手で軽く抱き締めた。

'ああ⋯⋯'
 本当何処の世界にも糞はいるし、勿論良い奴もいる。こんな絶妙な塩梅で悪い方を引いちまった奴は、この先ほとんど好転しないのが悲しい話だ。

創一の制服をギュッと握り締めながら必死に声を押し殺して涙を流すセレーヌ。完全に絵図はイチャついているカップルにしか見えない所だが。

'どうしよう'
 創一が困惑しながらどうすればいいか考えていた。

 実はあっちで俺は女性とほぼ会話したことがない。
どうすればいいんだ?下手に声をかけるのは良くないし、励ますのもお門違いだ。かと言って、放置も違う。  
 とりあえずこのままにしておくか。


**
気付けばすぐに一時間が経過していた。
 沢山涙を流したセレーヌが泣き終わり、創一の胸から顔を上げちらっと創一の顔を見つめると、顔をトマトのように顔を赤らめる。

「もっ、申し訳──す、すみません!見苦しい所をお見せしました」

'な、泣き過ぎた'
 ま、まさかここまで泣くなんて思わなかった!

 セレーヌが自身の胸の辺りをチラッと目を向けると、自身の精神が栓を抜いたように全て涙と共に流れ落ちていた事に気が付いた。

今まで何度周りの奴隷達が殴られた事か。つい昨日まで話していた友が、必死に耐えていた仲間達が気がつけば首だけにされていた事か。

 セレーヌは幼少の頃の記憶がほとんど残ってはいない。
気が付けば馬車の中におり、バルカスと共に様々な場所へと巡っていたことだけしか記憶に残っていない。
 
 それ以外は凄惨な記憶が脳裏を掛け巡る。悲痛な叫び声、助けてと最後まで大声で発しながら腕を斬られる仲間達。

いつしかセレーヌの中で⋯⋯どうやったら自分があんな目に遭わないかということしか考えていなかった。

当然だろう。
そんな凄惨な記憶しか残っていなければそんな思考回路にもなるだろう。

セレーヌの瞳は、出会った頃より数倍輝きに満ち溢れている。死んだようなあの目つきではなく、しっかり前を向いているようなキラキラしている瞳に戻っていた。

「気にするな。それでいいんだよ⋯⋯まっ、これが役得って言うんだろうけどな」
「へ?」

セレーヌが自身の状態を俯瞰して考えていた。

'約得?'
 コアラのようにがっしりと首の後ろにまで回していた状況、今も創一の両足の上で完全に脱力した状態で座っている。
そして創一との距離は僅か数十センチ。
 
 綺麗な顔と何故か身体から香る⋯⋯男臭いだけではない本能に響くようないい匂い。人を駄目にしてしまうような──それは一種の麻薬かも知れない。
 この男から発するエロい⋯⋯いや、色気?何なのか分からない。長く近くに居てはいけないとすら感じる程の魔女に似た劇薬。

'⋯⋯この方は一体'

 思わず近くにある創一の唇に触れたいと感じてからそのまま自身の唇を近づけようとした時に気付き、ハッとする。

'何⋯⋯この辺な感覚は'
 ドキドキする、この辺が。離れたくないような、安心する匂い──

気付くのにはギリギリ。セレーヌが感じていたその感覚は、発情にも似た一種の求愛行動になりかけていた。
ギリギリの所で踏ん張りを効かせて正気に戻るセレーヌ。

「そう言うのは私がいない所で言ってくださいよ!」

間一髪の所で回避したセレーヌが、恥ずかしそうにそう言葉を返した。創一は「そうか」と笑みを浮かべながら空を見上げていた。

そんなこんながあったが、なんだかんだそのまま2人で笑いながら夜を過ごす事になった。

あ、何も起きないからね?起こさないよ?
そんな展開ないからね?フラグじゃないよ?
見事!何も起きませんでした。
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