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家族

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「おい、ここはあんたの家じゃねぇのか?」
「まぁまぁそんなこと言わずに入ってけよ!」

 はぁ⋯⋯一体どう言う事になったらこんな状態になるんだ。

 そんな事を言いながらも神城は家に入っていく。

 外観は普通の一軒家。
 別に他とはそこまで変わらない玄関。
 
「仁! 早くこっちだ!」
「あんだよ⋯⋯」
 
 野田に手を引かれ、神城はリビングに案内される。

「あれ? お帰りなさい⋯⋯?」
「あ、どうも」

 そこには、野田の嫁である潔子が食器を洗っている真っ最中であった。

 神城はだるそうに手を退ける。

「野田さん、あんた奥さんが家事してる時に俺なんか連れてくるんじゃねぇよ」
「はぁ!? ここは実家じゃないんだよ」
「どういう事だ?」
「ここは俺だけしか住んでない! 潔子はこうして週に一回掃除に来てくれるんだ」
「なるほどな、潔子さんでしたか。自分は特別執行官の神城と言います。野田一佐とはクソッタレな仲でして、こうして強制的に連れて来られた次第です」

 一応相手は軍人の奥さん。
 神城は念の為きちんとした敬礼を見せる。

「あら、これはご丁寧にありがとうございます。野田潔子です。いつも夫がお世話になっています」
「お辞儀なんてして頂かなくて結構です。そんなつもりで挨拶したわけではありませんから」
 
 折りたたんで挨拶をしようとする潔子を止める神城。

「あら、貴方が仁くんかしら?」
「はい?」

 どうやら俺のことを知っているようだ。
 まさか野田さんが話しているのか?

 神城は一瞬動揺したが、構わず会話を続ける。

「神城仁と言います、自分の話を?」
「ええ、スーパーイケメンがいるといつも私に話していましてねぇ」
「アンタそんな事を話しているのか?」

 チラッと横にいる野田を見つめて詰める神城。

「つっ、いいだろ? どうせ仁は表に出ることなんてないんだ⋯⋯現実離れしたイケメンが居ますって話すくらい問題ない」
「人のいないところでぺちゃくちゃ言いやがって」
「あ、仁くんって呼んでもいいかしら?」
「ええ、問題ありません」
「なら、今日は肉じゃがを作ってますから、仁くんもよかったら食べていってください」

 ⋯⋯くそ、断りづれぇ。
 
「はい、ありがとうございます。では一緒にいただかせてもらいます」

 そう返すと、隣でクスクス笑っている野田の姿。イライラした神城は野田の脛をガン蹴りする。

「いってぇ!! おい! 今割と結構力入れたろ!」
「うるせぇよ、人の話を聞かない馬鹿にはこれくらいしたって罰はあたらん」
「何を!!」
「俺相手に素手の戦いを挑もうなんざ100年早えよ」

 そんな戯れが起きる二人を、潔子は料理をしながら微笑ましく見ていた。





「いただきます」

 3人は手を合わせて肉じゃがをつっつく。

「ところで仁くん?」
「はい?」
「お母さんとお父さんは?」
「⋯⋯あぁ、自分が四歳の時に他界しました」
「あ、そうなのね⋯⋯ごめんなさいね」
「いえ、当然の疑問だと思います」

 淡々とそう話す神城に、潔子の何処か暖かい視線が向く。
 さすがの神城もその視線にすぐに気付き、顔を上げた。

「どうかしました?」
「いいえ、聞いていたよりもずっと⋯⋯暗い子なのね」

 俺が⋯⋯? 暗い?
 確かに明るい子ではないのは確実だが、いくら何でも暗い子と直球で言うのはどうなんだ?

「野田さんは一体どんな話をしているんだ? そんな俺が明るい話をするような人物に見えてんのか!?」
「仁、痛てててて!!」

 食事中ではあるが、少々ムカついた。
 俺様が明るい時代なんてあったことなど一度としてない。
 
 逆に、あったのなら聞いてみたいものだ。

「仁くんはお友達なんかいたり⋯⋯その表情はなさそうね」
「ご理解いただけて何よりです」

 潔子さんは結構お喋りな人だった。
 俺がこうして塩対応なのにも関わらず、俺にキャッチボールを少しでもしようと言葉を投げてくれる。

 まぁ、嫌な気持ちはしなかったのだが、何処か辛い部分もあった。
 ⋯⋯自分の母を何処か思い出させるような人物だったからだ。

 だから話していて、凄くスムーズなのと同時に⋯⋯半分辛くも感じる。





 それからすぐに食事は済み、片付けに移る。
 俺はさすがに飛び入りで来てしまった身分なので、自分の食べた物くらいは洗おうと失礼しようとすると、すぐに断られてしまった。

「あぁ、失礼しました。他人様の台所に勝手に入ってしまうのは良くないですね」
「そうではないわよ?」

 ⋯⋯どういう事だ?

「はぁ、うちの娘にも聞かせてやりたいわよ」

 潔子さんの言葉の意味がわからず、隣で呆けていると、野田さんがやってくる。

「俺の娘に会ったことないだろ? あいつ酷い反抗期でよー、家事なんか一度も手伝ってくれたことなんかないって潔子が毎日ブツブツ念仏唱えてるんだよ」

 あぁ、なるほど。それでか。

「問題ありませんよ。自分の物も含め、許可が降りるなら、全員分やります」
「良いのよ、そういうのは"大人"の役目なんだから」

 ⋯⋯ん? 何の話だ?

「大人とか子供とか、よく分かりませんが、自分の物は自分でやらないといけないですから」
「仁くんはいつから"その"生活をしているのかな?」
 
 また随分お節介な奥さんだな。
 夫に似たのか。
 それとも勘が鋭いのか。

「随分昔からですよ。なので、別に心配されるほどじゃありません」
「そういう意味で言ったわけじゃないのにな」
「なら、どういう意味ですか?」
「別にこんな些細なことくらい、誰かに任せればいいのよ。仁くん貴方、誰かに借りを作りたくないでしょ?」

 ⋯⋯まぁ図星だ。
 誰かに借りを作るのは後で地獄だと既に人生経験で習っている。

「当たり前です。タダより怖い借物は世の中にありません、"大人"の皆さんがそれをわからないだなんて言わないですよね?」

 半分冗談、半分本気。
 日本人はだいぶ俗に言う終わっている奴らが多いから。

「勿論、分かっているつもりよ?」

 俺はその反応を見てホッと内心胸を撫で下ろす。

「ご理解いただけましたか? 自分はそういう生き方です」
「可愛くなーい」
「可愛さなんて自分に求めないでください。ましてや何処の馬の骨かも知らないクソガキ一人なんですから」
「そういう事言わないの!」
「向こうでは命なんて軽いもんですからね。こんな事言えちゃうくらい地獄でしたよ」

 そう言うと潔子さんは少し頬を膨らませて俺を見つめる。

「もう、子供は子供らしくしていればいいの!」

 穏やかに言うもんだが、生憎俺にはそんな言葉は当てはまらない。

「その子供は旦那さんです。見てください隣を」

 指を指した先は、誠司がお菓子を開けて呑気にテレビを付けて鑑賞しているところだった。

「ねぇ!あなた!?」
「なっ、なんだよ潔子⋯⋯」
「仁くんが家事を手伝おうとしているのに、一体大黒柱のあなたが何をしてるのよ!」
「あぁ、仁!お前のその無駄に借りを作らない性格──どうにかしろよな!」

 うるせぇ、クソおっさん。

「黙って菓子なんて食ってないで、奥さんの手伝いでもしたらどうなんだ?」
「うっさい!俺だって出来るわ!そんくらい!」

 誠司が皿洗いを代わるものの、何一つ綺麗に洗う事はできず、結局神城が全てやるハメになり、潔子はその様子を暖かく見守っていた。

「うちの子もこんな感じならいいのに」

 何気なく発した一言だった。
 神城がそれに反応して潔子の方を向く。

「その娘さん、今おいくつなんですか?」
「14歳よ、仁くんと4つ違い」
「俺の年齢まで知ってるんですか⋯⋯」
「夫からいつも話を聞きますから。あっ、別に他所で話していないし、話す相手もいないから安心してね?」
「⋯⋯了解っす」

 もうなるようになれ、と神城は投げやりそう返事を返した。
 そして時間は過ぎ、夜の9時頃まで二人はお酒を、神城は水を飲みながら、楽しく談笑していた。

 色んなことを話した末、神城のスマホに連絡があった。

「失礼」

 ピッ。

『俺だ』
『若、お疲れ様です』
『司か、どうした?』
『現在、野田様チームの様子を既に観察最中ですが、やはり若の予想通り──かなり深刻な状態です』

 そう告げられた電話越しに聞いている神城の目つきは鋭い。
 
『⋯⋯どの程度と考える?』
『関係性、上下関係を考えるなら、イジメが数件と、他に備品の無駄使い、その他にも数点考慮する点が上がります』

 神城は野田の方をチラ見する。

 ⋯⋯ったく、人望が厚いのは良い事だが、統率が取れていないんじゃ話にならねぇよ。

『了解だ、よくやった司』
『いえ!そのような言葉を戴くほどの成果は上げていません』

 しかし通話越しに聞こえる司の声色は嬉しそうにしている。神城はなるべく簡潔に会話終わらせ、椅子に座る。

「あら、どなかから?」
「部下です、少し調査していた事がありまして」
「おぉ、そうか」

 この人は俺の部下の事情をある程度知っている。そりゃこの反応にもなるか。

「とりあえず今日はここで失礼します」
「泊まっていかないの?」
「ええ⋯⋯まぁ」

 ここは暖かいが、俺にとっては悪魔の炎だ。
 こんな甘い所、ずっといるのは毒になる。

「仁、もう夜も遅い。泊まっていけ」
「そんなに心配か?」
「当たり前だろ。子供がこんな時間に外に出るなんて承認する大人がいるかよ」

 ⋯⋯この人は相変わらずうるさいな。

「いいだろ?別に」
「とりあえず泊まっていけ。これは最重要機密事項だ」
「はぁ、分かった。ならお言葉に甘えさせていただくとしよう」

 野田の言葉は強い。しかし、口調は何処よりも太陽のようで。

 神城はそれを感じ、素直に頷き、1日を終えた。
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