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招集

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 次の日。
 彼の朝は早い。

「ふっ!!」

 彼はほとんど寝ていない。
 
「ハァッ!」

 彼が一日に寝る時間は、およそ5分。

「ふうっ!!」

 それ以外はほぼこうして舞うように拳を何もない空へと突き、捻り、ひねり、回転し、全ての動作を絶え間なく続ける。

 ──彼に睡眠の時間など邪魔でしかないのだ。

 そして、彼の動きに呼応するように。
 真っ白い空間の中流れる曲はベートーヴェンの第九。

 まるで彼の動きが曲とマッチするように曲は大サビへと移行する⋯⋯その直前だった。

『若』

 ピタッと曲が止まり、そこへ梓がやってくる。

「どうした?」
「野田様から連絡です」
「なんだって?」
「今日、ひとにーまるまる(12: 00) より、本部で待っていると」

 おっさんにまで連絡が行ったようだな。

「はぁ、仕方ねぇ。野田さんまで来るんなら行かねぇと可哀想だ」

 彼処の奴らは組織組織うるせぇからな。
 ⋯⋯どうせ俺様が行かなかったらまたドヤされんだろうし。

「了解しました。では──」
「問題ない」

 梓の言葉を遮り、俺はエレベーターまで移動する。

「今日の運転は誰に?」
「暇な奴は?」
「全員です」
「嘘つけ」
「嘘です、私と麻里奈の二人です」
「なら梓、頼むぞ」
「はい!」

 麻里奈には、ガキ共の筋力訓練をして貰わないと困るし、仕方ねぇよな?





「これはこれは神城特務」

 目の前には、白髪のオッサンとその付き人が俺の出迎えに立って待っていた。

 白髪のおっさんの方は、現在54歳の良い歳したもう還暦間近のお古老害である。
 
 しかし禿げてはいない。
 ん? なぜかって?
 
 ──俺が治してやった。
 ⋯⋯偉いだろ。

 そのお陰あって、大体の場においてオッサンとこの付き人くんが必ずと言っていいほどやって来る。

 あ、ちなみにこのおっさんの名前は、岩渕真一。確か将官だったはずだ。

「特務、今日は遠路遥々ありがとう」
「手厚い歓迎だな」
「いやいや、礼には及ばないよ」

 リムジンから降りて目の前に見える本部へと歩き出す。

「ところで特務」
「ん?」
「陸の方へと案内したいんだが、どうだ?」
「野田さんのところだろ? 嫌だよ」
「またそれはどうして? 顔見知りの方がいいんじゃないのか?」
「みんな同じ事言いやがる。知り合いだから嫌なんだよ」
「ふむ、それもそうか」





『お疲れ様です!』
『お疲れ様です!』

 本部の中へと入り、会議室に到着。
 部屋は殺伐していて、中には10名しかいない。

 陸、海、空、そしてそれぞれの将官達が待っていた。

 一斉に全員が立ち上がって敬礼。
 勿論俺も一応やる。

「さて、やっと特務が帰還してくれたおかげで、かなり牽制になる」
「オイオイなんの話だ? 牽制だと?」

 この間聞いていた話とは随分ちげぇじゃねぇの。

 すると目の前の将官たちが飽きれたようにゴホンと咳払いをする。

「特務⋯⋯」
「ん?」
「まぁ一旦はいいだろう。一先ず遠路遥々御苦労」
「まぁ野田さんの顔を立てたまでだ、礼ならそこでニコニコ気持ち悪い笑顔を浮かべてる野田さんに言え」

 全員の視線が野田に集まる。
 
 ──野田誠司。
 今年で40歳になる彼はスーパーエリート。現在はもう大佐になっており、今日本で一番若く、人望も実力ある最も優れた男と言われている陸軍大佐である。

「勘弁しろよ、仁! このメンツで俺を呼ぶなんてイジメか!? イジメなのか!?そうなのか!?」

 ここには将官と年齢がいった佐官レベルの奴らしかいない。
 野田が神城にそう言い放つのも当然の事だろう。

「いや俺に言うなって! 俺は野田さんが来るっていうから来てやったんだよ」
「じぃーん!!」

 野田は立ち上がって神城の方へと駆け寄り男同士の熱い抱擁(片思いの)が起こる。

「やっとお前が自重ということを学ぶなんて⋯⋯俺は嬉しくて嬉しくて!」
「ばかッ! なーに抱きつくんだよ!」

 このおっさんはいっつもこの調子だ! 
 クソッ! 調子狂うぜ。
 
 神城が内心鳥肌を立たせていると、即座に岩渕からのツッコミが入る。

「おーっと、そこまでだホモカップル」
「「誰がホモだ!!」」
「おー、綺麗なハモリ」

 岩渕が感心した様子で二人の考察を始めている。

「あの、そろそろ進めましょうよ」

 磯崎が手を上げてそう進言した。
 その態度に神城は眉をピクつかせる。

「おい、諸悪の根源が良くもまぁ堂々とされているようで?」
「⋯⋯ほぉ、これは痛み入る忠告だな、神城特務官」

 ビキッと更に神城に青筋が浮かび上がり、今にも殺してしまいそうな雰囲気が溢れ出る。そしてそれを近くで見ていた野田が思わず焦って二人の視界の間に綺麗な体勢で割り込んだ。

「磯崎ニ佐! 事実は事実でしょう! 歳の差も考えてください! むしろこちらは謝罪するべき立場なんです!」
「野田一佐、相変わらず特務がお気に入りのご様子で」
「違います! 実力あるものがこうして組織に潰されるのが見てられないだけです!!」
「バカ、なんで俺がそもそも自衛隊に所属してるみたいな言い草をするんだよ」
「仁は聞いていろ」
「はぁ!?」

 磯崎と野田の口論が始まるが、そこで一言割って入る岩渕。

「そこまでにしよう」
「「はっ!」」

 岩渕の真剣な口調に二人も敬礼をして静かに着席する。

「まずは特務、君の方に意見⋯⋯いや、願いを聞きたい」
「まぁこんな雰囲気じゃ冗談の一つも言えねぇが、野田さんの所は却下だ」
「なっ!? 仁! どういう事だ!」
「⋯⋯野田一佐」
「失礼しました」

 子犬のように縮こまって座る野田。

「理由は?」
「流石に口出ししたくなくなります、顔馴染みの奴らも多いですし」
「ほう、しかし今の所、陸が一番成績でいうと最下位だ。伸ばしてほしいところとしてはそこしかないのだがな」
「⋯⋯どうしてもと言うなら」
「ならばよいと?」

 神城は黙って軽く小刻みで一回頷く。

「驚いたな⋯⋯磯崎二佐の時は死んでも行かなそうだったのに」

 ニコリとしながら神城へと言葉を放つ岩渕。

「頼み方ってのがある。そこのカス二佐は終わってただけだ」
「なんですか? 特務」

 磯崎が持つメモ用のボールペンを挟む指に力が入った瞬間、挟むボールペンがバキッと折れる。

「そうだろ? テメェのせぇだろうが。何イライラしてんだよ。ここは組織なのは認めるが、俺は自衛隊に属した覚えなんかねぇ。ただ、力を貸して欲しいって野田さんが家に来る度に土下座までして来たから来たってのに──お前は上から指示を出すだけ、いるかそんな無能」

「⋯⋯言わしておけばっ!!」

 ──磯崎はしてはならない事をしてしまった。

「⋯⋯っ!!」

 誰に拳を上げたのか。

 全長45cm 。
 その重量24キロ。
 装填弾・14mm対物加工特殊弾通称W・A弾。

 神城仁の持つ愛銃──二丁拳銃カラミティ&ペイン。
 その銃の片方である白い銃口が、磯崎の眉間に当てられる。

「特務!!」
「黙れ、殺すぞ」

 岩渕の言葉に神城は耳をかさない。
 
 ⋯⋯誰も逆らえない。
 この少年皇帝を止める事はできない。
 殺意に満ち、見開く神城の片目が磯崎の目の前にやってくる。

 目の前の少年は、少年の皮を被った悪魔なのだから。

「磯崎──お前、俺の後輩の一人を見殺しにしたな? 忘れてね゛ぇ゛からな? ナメ腐った事言ってると⋯⋯お前の家族から皆殺しにすんそ゛?」

 あまりに強い重圧は磯崎を両手を地面につかせるのには十分過ぎるものだった。
 すぐに磯崎はションベンを漏らし、ただ神城を見上げる。

「忘れてねぇからな? "流してやった"だけだ。今までは言うことを聞いてやったが、ブチ殺すぞお前」

 そう言って銃を離し、独特なホルスターの中に戻して⋯⋯机を叩きつけるように足を組み直す。

「ふんッ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「それで? そこの馬鹿の言うとおり、さっさと進めよう」
「では、私の立場から正式に申請しよう、どうかな? 特務」

 神城は天井を眺めながら考える。
 
 うーん、確か野田さんの所は⋯⋯アイツと、アイツがいたよな?
 ──いや待てよ? そもそもアイツらは身体が出来上がっていない状態だったはずだが?

「まぁいい。その代わり、野田さんのところだろうと甘い結果を残させるつもりはない。そこはどうなんだ?」

 と、軽く野田の方へと首を傾けて問う神城。

「それは仁の言う通り、結果がすべての場所だ。文句を言うつもりはない」
「あいわかった。なら断るつもりはねぇ」

 ッたく、本人が能力、人望、共に優れていると、周りが分からないってのも考え物だな。

 そう愚痴をこぼして残りの話し合いを聞いて過ごす。
 そこから一時間後、話し合いは終わり、神城は車へと向かう。

 だが、歩くその後方から⋯⋯嫌な声が耳に入って来る。

「じぃーん!」

 げッ、来やがった。

「なんだよ、野田さん」
「いやっ、何を言ってるんだ? この後は暇だろ?」
「暇じゃねぇ」
「どうせ暇なのは分かってるんだぞー? 時間取ってるって事は、多めに残しておいているはずだ」

 このおっさん、妙に俺に対する理解度が高めなのがムカつく。

 歩く歩幅を狭めた神城は、隣まで急いできた野田を見上げる。

「それで? なんの用だ?」
「何言ってんだよ! 飯でも行こうぜ!」
「誰が行くか」
「なんだよー! 随分可愛くなくなっちまってよ!」
「行かねぇもんは行かねぇ」
「ほら、車は用意してるんだから、さっさと行くぞ」

 ⋯⋯この人は他人の話を全く聞いてねぇ。

「なんで俺が行かなくちゃ行けねぇんだよ」
「はぁ? 行くに決まってるだろ?」
「はいはい、ちょっと伝えに⋯⋯」
「いや、もうあの子には言ってるから、乗れよ仁」

 そう言って駐車場についた途端、自分の車に乗れとドアを開けて神城を乗せ、何処かへと向かった。
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