拝啓~穀潰しのアリソンへ

黄昏湖畔

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拝啓~穀潰しのアリソンへ

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 拝啓~穀潰しのアリソンへ
 今日はとてもいい天気ですね。日差しは穏やかな昼下がり。風が気持ちよくて、雲一つない青空。
 ベッドで眠る貴方……しわくちゃの顔、剥げた頭、目を瞑った貴方は本当に眠っているみたいで……
 ガサガサで切り傷だらけの手……弱ったおばあちゃんの握力で精一杯握っても握り返してくれない。薄くなった胸板に縋りついても背中を撫でてはくれない。涙を流しても……拭ってくれることは二度とない…………

 貴方と出会ったのはいつの事だったかしら…………あれは私達がまだ子供の頃だったかしら。貴方は都会からこんなド田舎に引っ越してきてふてくされていたわね。あんまり不景気な顔をしていたものだから、つい声を掛けたのが始まり。
 貴方は常時ふくれっ面で、私はそれが不思議で仕方がなかった。だって私は━━

 私は貴方に話し掛け続けた……付き纏ったと言った方が良かったかしら。だって初めてだったから……私と同年代の男の子ってヤツがね。こんなド田舎だもの、無理もないわね。あの頃の貴方にとって私はとにかく鬱陶しかったでしょうね。
 でも私はそんなのお構いなし……その甲斐あって、貴方はとうとう根負け。しょぼくれた顔をしていた理由を話してくれたわね。好きな女の子と別れたから悲しかったから……だったかしら。私が呆れて『なぁ~んだ、そんなりゆうかぁ~』って笑ったら突っ掛かってきて、『じゃあ、わたしがおよめさんになってあげる』って言ったら面食らった顔をして……
 ふふぅっ、あの時の百面相ぶりを思い出したら、今でも笑いが込み上げてくるわ。

……それから時は過ぎ、私達は大人になり、本当に結婚した。結婚してからの貴方は働きもしないで昼間は家でゴロゴロ。夜になるとふらりと散歩に出掛けて……早朝、同じ時間にいつも帰ってくる。昼間は妻に働かせて、夜は街に繰り出して遊び歩いているとか、悪い噂もちらほら。村の人達は『都会から来たろくでなし』『穀潰しのアリソン』なんて蔑んでいたかしらね。
 貴方はどんなに悪く言われても弁明しなかったわね。何を言われてものらりくらり。私の両親が乗り込んで来た時も笑って誤魔化していたわね。
 でも私ね、知ってるの。貴方が何をしていたのかを……あれは私が十五の時……私が最初の寿命を迎えた日。

 その前に少し昔話をしましょうか。私は元々死ぬ運命だった。
 病名は無い……先天性の奇病。一定の年齢に達してから年を重ねるごとに感覚・筋力が弱くなり、最後には心臓も動かなくなる死病。最初に気付いたのは私が五つの時。今まで感じていた熱い・寒い・痛いと言った触覚が鈍くなった。次に甘い・辛い・苦いと言った味覚が鈍くなった。八つになる頃には徐々に色覚が無くなり始めた。
 そんな時に出会ったのが貴方だった。今、改めて思い返してみて分かったのだけど、私は羨ましかったんでしょうね……好きな子と別れて悲しい?それは良かったわね!貴方は好きな子を作るだけの人生があるのだから!!
 私が貴方に付き纏ったのは八つ当たり。貴方の心に爪痕をつけてやろうという暗い願望。私が死んだ時、貴方はこう思うんだ。『あの子が死を間近にしている時に、自分は好きな女の子がどうのと下らない事を言ってしまった』って後悔に溺れる様を想像して、溜飲を下げたかったのだと思うわ。全く……私ってどこまでも嫌な女ね。
 そんなろくでなしの私だけど、一つだけ誤算があった。

『じゃあ、わたしがおよめさんになってあげる』……そんな下らない口約束を貴方が本気で信じた事。

 貴方は毎日私のところに通った。一緒にお話しして、散歩して、お花畑にピクニックに行って……何気ない日常が私の心を解きほぐした。
 味の無いクッキーも貴方と食べると美味しく感じた。熱が伝わってこないミルクティーも貴方が入れてくれれば、とても温かく感じた。
 世界が変わるって言葉があるけれど、貴方と出会ってからの私の人生はまるで別世界。モノクロだった私の世界が鮮やかに彩付いた。
 でもそんな日々もやがて終わりを迎える……はずだった。

 私は終わりの時を迎えようとしていた。ベッドの上、力の入らない四肢、光の宿らない瞳。生ける屍……『こんな状態で生きているなんて奇跡だ』と、お医者様が驚嘆するほどに私の状態は酷かったそうね。
 もうほとんど聞こえなくなった私の耳が捉えた音……お医者様の胸倉を掴み『彼女を助けてくれ!』と懇願する貴方の声。私に縋りつき泣きながら私の名前を呼ぶ貴方の声。
 その日はとてもいい天気だった。日差しは穏やかな昼下がり。風が気持ちよくて、雲一つない青空。
 ベッドで眠る私……やつれたの顔、艶を失った髪、貴方の目に映った私は本当に眠っているみたいで……
 瘦せ細り力を失った手……ごつごつとした男の子の手で力強く握られても弱った握力では握り返せない。薄くなった身体に縋りつく貴方の背中を撫でてあげられない。涙を流しても……拭ってあげる事もできない…………

 しばらくして、私の容態が急変した。家族以外は面会謝絶になった。お医者様に追い出された貴方は……そこで私の意識は途切れた……………………

『お嫁さんになってあげられなくてごめんね……アリソン』

 死ぬはずだった私が最後に心の中で呟いた言葉だった。


 苦しい……意識を取り戻した私が最初に感じたのは耐え難い息苦しさだった。体が熱い、頭痛で頭が割れそうだ、眩暈で視界がグルグル回る、空腹で今にも死んでしまいそうだ…………苦しい?私にそんな感覚があったか?そもそも私は死んだはず?ではこの苦しいと感じている私は誰だ?苦痛が疑問を呼び起こし、疑問が新たな苦痛を生み出す連鎖。

 苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛温かさ疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛温かさ疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問温かさ苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問温かさ苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問苦痛疑問

 耐え難い感情に翻弄される私。怒涛の様に押し寄せるそれらに飲み込まれそうになった私。そんな私にふと訪れた温かさ。その発生源は私の手のひら。
 ごつごつとした感触……痛いくらい力強く、壊れそうなくらい弱々しく震える感触……貴方の手のひらの感触。

『ア・リ・ソ・ン……』
『…かった……ホントに……よかった』

 すっきりとした視界。はっきりと聞こえる耳。ここはあの夢でもあの世でもないらしい……私は未だベッドの中。
 私の眼前には笑ったように泣く貴方の顔でいっぱいだった。娘が蘇った事に驚いた両親が、二人掛かりで私から貴方を引きはがそうとしたけれど、貴方は微動だにしなかった。

『結婚……して下さい・・・・』

 私の頬を温かい雫が伝った……

『はい』

 私は力の籠らない身体で頷いた。呼吸も覚束ない声帯で答えた。

『うん……ありがとう……ありがとう…………』

 貴方は泣きながら笑った。
 それから私達は夫婦になった。私は『穀潰しのアリソン』の妻になった。


 私達の馴れ初めはこれでお終い……えっ?アリソンはなんで昼はゴロゴロ、夜はどこかにほっつき歩く穀潰しになったのか?って……はそれをご存じのはずでは?━━まぁ、いいわ……どうせ私もそろそろお迎えが来る頃だろうし…………話しても構わないわよね……アリソン。


 あの夜……アリソンにプロポーズされた夜。私は不思議な夢を見た。
 村の裏山の頂上。村から歩いて一時間くらいのところにある打ち捨てられたやしろ。祭壇にはご神体の小さな石ころ。地面に膝をつき、ボロボロの身なりで必死に何かに祈るアリソン。

『この社に眠る代償の神よ。どうか私の願いを聞き入れて下さい。もし聞き入れてくれたなら私はどんな代償でも捧げます。お金でも、命でも、なんでもあなたに捧げます。だからどうか……彼女を・・・・を救って下さい』

 代償の神……この村の言い伝えにだけ存在する土着の神。自身の大切なモノと引き換えに願いを叶えてくれるという慈悲深く残酷な神。
 アリソンが祈りを捧げていると……社のご神体がぱぁ~っと青白く光を発した。

『あなたの願い……確かに聞き届けました』

 光の中から聞こえたのは、妖艶な女性の声。

『ただし、あなたの願いにふさわしい代償を要求しますが宜しいですか?』
『はい!この場で死ねと仰るのでしたら、迷わず自分の喉元を掻っ切ります』

 これは夢……なのに怖くて堪らなかった。この場に身体があったなら、『やめて!』っと絶叫しながら、アリソンを羽交い絞めにしていた事でしょうね。その瞳には一切迷いが無かったから……女性の声が死ねと言えば、その右手のナイフで自身の首を掻っ切る事に疑いようがなかったから……

『ふふっ、私はそんな無粋な代償は求めませんよ。そのナイフはひとまず仕舞って下さいね』

 ご神体から聞こえる女性の声は優し気に怪しげ……何か含みあり気にアリソンに語り掛けた。

『私の願いはとても簡単なモノです。あの村から毎日この時間にこの社にお参りに来て下さい。そして、その証拠としてあなたの血を一滴、私のご神体に注いで下さい。そしてその事を誰もに口外しないで下さい』
『それだけですか?』

 人一人の命を救うにしては意外なくらい軽い代償だった。拍子抜けした様に安堵の表情を浮かべるアリソン。だけどそれも束の間……女性の声が残酷な魔性に彩られた。

『えぇ、それだけです。ただし、あなたが責務を怠れば、私は即座に彼女の命を刈り取るでしょう。一度のお参りで血を多く垂らして次の日は休むと言った横着は許しません。病気にかかろうと、怪我をしようと、歩けなくなろうと、関係なく代償を要求します。ここまで言えば、私が何を言いたいのかお分かりになりますわよね』

 残酷に嗤う神……女を死なせたくなければ毎日お参りをしろ。女が死ねばそれはお前のせいだ。お前の事情など知った事ではない。お前の人生の全てを神と女に捧げろ。そうアリソンに告げたのだ。
 私は悔しかった……代償の神は何故こんなモノを私に見せたのか?この残酷な神は愉しんでいるのだ。お前の大事な男は一生お前に縛り付けられて生きていくのだ。お前がいなければこの男も人並みの幸福を追求できたはずなのに。お前がアリソンの人生を台無しにしたのだ。そう私に告げたのだ。

『分かりました。それで・・・・が助かるなら』

 貴方は仕舞ったナイフを取り出し、自身の手のひらにあてがった。

『ふふっ……契約成立。これであなたは晴れて神の奴隷です』

 ぽつりと滴る深紅の雫。小さな石ころを染める紅。艶やかで残酷な神の声が愚かな男を嘲笑った。でもあなたは違った。貴方の口元には感謝の笑みを……目からはボロボロと涙を零していた。

『あり……どうござ……ず……彼女を……・・・・をだず……ぐれ……』

 数秒の沈黙……雲一つない星空の下、すすり泣きだけが響く山中。それから聞こえてきたのは大きなため息。

『決して約束を違えませぬように……代償の神も決して約束を違えぬとその心に誓いましょう』

 興を削がれた……残酷な神は心底つまらなそうに呟いた。
 せっかく手に入れた玩具が期待外れだった子供の様なふてくされた心境だったのでしょうね……は……


 そこで私の夢は終わり……その後の私達は知っての通りね。神様のおかげで元気になった私は仕事を探したわ。だって稼がないと生活できないもの。
 アリソンは働けなかった。怪我をできない、病気をできない、村を出る事ができない。仕事に就けば、疲れる事もあるし、怪我することだってあるかもしれない。免疫力が落ちれば病気にもなるし、出張だってあるかもしれない……そうなってしまえば最後。代償の神との約束を果たせず、私の死に直結するから。
 アリソンは他者との関係を持てなかった。人間関係はトラブルを呼ぶ。何かの拍子で誰かから恨みを買って害されるかもしれない。過剰な好意を持たれ、行動を制約されるかもしれない……そうなってしまえば最後。代償の神との約束を果たせず、私の死に直結するから。
 アリソンを人生の牢獄に軟禁したのね。悲しくなる反面、それを嬉しく思う私もいる……私って本当に救い難い女ね。
 アリソンとの日々は本当に幸せだった。子供を授かる事は無かったし、贅沢だってできなかった。それでも……平凡な日常がただただ愛おしかった。
 私が働きに出る時にアリソンが持たせてくれる簡単なお弁当。『行ってらっしゃい』と『おかえりなさい』。仕事で嫌な事があってもあの笑顔で全てを忘れられた。休みの日は二人で家の中でゴロゴロして、たまに裏山にピクニックに行って、子供の時みたいに『美味しいね』って甘いクッキーを食べて、温かいミルクティーを飲んで……
 死ぬはずだった私に人生をくれたアリソン。死ぬはずだった私に人生を捧げてくれたアリソン。
 でもね……私、時々想うの。どうしてアリソンは私にここまで尽くしてくれたのだろう?ってね。私は間違いなくアリソンを愛していた。みんなが思っているような、『穀潰しのアリソン』とは程遠い、本物のあの人を知っていたから……でもあの人は…………

━━ふふっ、意外に優しいのね。あなたは……

 さぁ、そろそろお迎えの時間ね。そんな顔しないで。冗談だから……私はとても幸せでした。これからあの人の元に行けるのだから……お願いしますね。残酷で捻くれていて、本当は優しい神様。

 拝啓~穀潰しのアリソンへ……一日遅れで貴方の元に参ります。どうぞこれからもよろしくお願いしますね。貴方の最愛の・・・・より
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