猫奴隷の日常

ハルカ

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パラレルワールドにて 6

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「それって、どーいうことだよ!?」

突然大声を出したカイに注がれたのは、絶対零度の視線だった。
エイベルの屋敷にある応接室。そこで、カイとフェリクスは屋敷の主と対面した。
しかし、レイに会わせて欲しいと願い出たカイへのエイベルの答えは「レイという人物には心当たりがない」というものだった。

「心当たりがないって・・・」
「カイさん」

肩に手が置かれる。言いたいことはあったが、カイは口をつぐんだ。騒いで出てくるようなものでもないということは分かっていた。

「すみません。こちらが勘違いしてたようです」
「勘違いだと?」
「ええ。レディの可愛い勘違いです。まさか咎め立てされるおつもりではないでしょうね?」

フェリクスの軽口を、エイベルは鼻で笑う。

「お前達夫婦は不仲だと聞いたが。こうして行動を共にする程度には上手くやっているようだな」
「不仲?オレ達が?」
「とにかく、そのレイという人物はここにはいない」
「まさか、人目に触れないように監禁なんてしてねーだろうな」
「なんだと?」

赤い瞳が射るようにカイを見る。また肩を叩かれて、仕方なくカイは黙った。

「確認ですよ、一応の。カイさんは彼を弟のように大事にしてるんです。それで時々過激な発言をしてしまうんです」

エイベルはその長い脚を組み、ソファに凭れた。それだけの動作で、謁見に来た者達におしゃべりの時間が終わったことを告げた。
実際、それ以上いてもなんの進展もないだろう。カイとフェリクスは今日の礼を言い、屋敷を辞すことにした。

帰り道の馬車の中。カイは頭を抱えて唸った。

「どーいうことだ?本当にレイはいないのか?」
「セバス様にも確認しました。やっぱり、レイさんはあそこにはいません」
「・・・」
「ちなみに、ヴァイスもいないようでした」
「・・・」

抱えていた頭を起こし、フェリクスを見る。フェリクスは窓の外を見ていた。

「アンタが女として生まれたのと同じで、レイさんにも何らかの変化が起きたんでしょう。その変化によって、レイさんはあの屋敷に現れなかった」
「オマエ、昨日なにか言いかけてたよな。約束を取り付けたって言った時」
「・・・屋敷の雰囲気とあの人の表情がね。どこか殺伐として見えたんですよ。まるでレイさんと会う前だと思ってね」
「・・・そっか」

同じように窓の外を見る。抜けるような青空が広がっている。
ヴァイスは、レイがいたからあの屋敷に来たのだった。だから、レイがいない世界では、ヴァイスもまた現れない。

「なあ、レイのことなんだけど、探せねーかな」
「気になりますか?」
「幸せに暮らしてるかだけでも、知っておきたい。・・・余計なお世話かもしれねーけど」
「そんなことはないですよ。ぱられるわーるどのことも聞いておきたいですしね」

フェリクスが合図すると、馬車が止まった。到着したのかと思ったが違った。

「カイさんは先に戻っててください」
「どこ行くんだ?」
「昨日確認しといた人脈にさっそく役に立ってもらおうと思ってね」

言うと、フェリクスは馬車を降りて行ってしまった。
昨日会いに行った者達に、今日も会いに行くのだろう。多分、レイのことで。少しも先に進んでいない、とは思わないことにした。少なくともエイベルには会えた。

「奥様、行ってもよろしいですか」
「うん・・・ あ、いや、待ってくれ」

雑踏の中に、見知った顔があった。

「デニス!」

昨日も会ったデニスだった。

「げ。またお前かよ」
「ちょうど良かった。ちょっと聞きたいことがあったんだよ」

腕を取って逃げられないようにする。デニスは諦めたようについてきた。

「で?聞きたいことってなに」
「あのさ、オレとフェリクスって不仲だったのか?」
「はああ?」

突然聞かれた内容に、デニスは目を丸くした。

「なんで本人にそんなこと聞かれなきゃならないんだ」
「それは、そのー、あれだよ。記憶喪失!昨日頭打っちまって、記憶が曖昧っつーか」
「記憶喪失ぅ?」

デニスは疑わしげな表情でカイを見下ろしてくる。男だった時にはほとんど変わらない身長だったというのに。なんとなく腹が立つ。

「その記憶喪失ってのが本当だとして、なんでそんなこと知りたがるんだ」
「だってさ、想像つかなくて。オレとアイツが仲悪いとか。何があってそうなったのか気になるじゃん」
「・・・今日、フェリクスは?」

キョロキョロと辺りを警戒しながら言う。話すつもりはあるらしい。

「いねぇよ。近くには」
「そういうことなら・・・」

「あくまで噂だぞ」と前置きしてから、デニスは話し始めた。

「フェリクスが求婚した時、お前は全然乗り気じゃなかった。俺にも、断ろうと思ってるとか言ってたからな。それが、しばらく姿を見ないなと思って、戻ってきたと思ったら結婚することになったって。急に。それも暗い顔で言い出すもんだからさ」
「・・・ん?どういうことだ?」
「つまり、何があったかは知らないけど・・・その、無理やりみたいな」
「攫われてレイプされてたってことか?」
「バッカお前!でかい声で言うな!」

デニスが慌てたように辺りを見回す。

「お前の家族もフェリクスのこと嫌ってるし、お前は会うたびにおかしな感じになってくし。クソ・・」

なにか忸怩たる想いがあったのか。デニスは片手で顔を覆ってしまった。カイは今聞いた情報を整理しかねていた。

「オマエの言うことは分かった。でも、正直言って信じられねぇよ。アイツは女の子を痛めつけて喜ぶようなヤツじゃない。そもそもあの顔だからモテるし。それが一人の女を攫って、監禁して?ありえねえって」
「だから、当事者でもない限り本当の所はわからねえんだって。ただ、お前がフェリクスを嫌ってて、夫人としての務めも果たさず遊び回ってたってのは事実だ」

とにかく、とデニスは切り替えるように言った。

「お前は確かに、ちょっと前のカイとは違ってる。だから話したんだ。だけど、気をつけろよ。フェリクスのお前への執着は異常だよ」

そう忠告すると、デニスは再び辺りを警戒するように見回し、じゃあな、と言って離れていった。後には立ち竦むカイだけが残された。
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