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パラレルワールドにて 1
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「・・・・・どこだ?ここ」
カイの寝起きの第一声はそれだった。
全く見覚えのない部屋、鎮座したベッドの上に自分は寝ていた。カイは呆然としながらも起き上がり、辺りを見回した。
屋敷の中のどの部屋ともちがう。白で統一された家具は見るからに豪華で、埃をかぶったりもしていない。
ベッドから出たカイは、己がサラサラとした感触の、女物の青い夜着を纏っていることに気付いた。頭痛がしてきた。
「なんっじゃ、これは」
今すぐ破り捨てたい衝動と戦いながらベッドを降り、目に入ったドアの取っ手をとりあえず引っ張ってみる。開くと同時に明かりが灯った。ドアの向こうは衣装室だった。いくつもの女物のドレスが行儀よく並べて吊るされてある。
どうやらこの部屋の主は女らしい。それ以上の収穫はなさそうだ。無言で閉めようとして、手が止まった。奥に動くものがあると思ったら、鏡だ。全身が映るような、でかい鏡。しかしそこに映っている自分が変だった。
「んー?」
近づいていって、覗き込む。
まず、髪が長い。お尻の辺まである。夜着の胸の辺りはふっくらしていて、体に沿って落ちる布キレに隠れた腰は細くくびれているのがわかる。顔立ちは、まさに自分を女にしたらこんなふうだろうな、と感じさせるような・・・
「って、女じゃん!!」
カイは叫んで、それからまた呆然と黙り込んだ。呆然としたまま、己の胸に手で触れてみる。あまり大きくはないが、男ではありえない膨らみが、体の一部としてそこにある。
混乱した頭に去来したのは、とにかくここにいてはまずいのではないかという漠然とした思いだった。
逃げよう。それにはまず服をなんとかしたい。
「くそ、ロクな服がねぇ」
衣装室を漁るが、男物はおろか動きやすそうな服が一つもない。
焦るカイの耳が、ガチャリという音を拾った。ピタリと動きを止める。絨毯を踏む微かな音。止まる。辺りを伺う気配。カイは息を止めた。足音の主が探しているのは恐らく自分だ。心拍が上がる。武器になりそうなものは・・・衣装室の中にはない。ショールで首を絞めるか。無理だ。こんなヤワな生地では。
再び足音が動き出した。こっちへ向かってくる。
こうなれば、腹をくくるしかないか。
カイは一つ深呼吸した後、力いっぱいドアを押した。
派手な音がして衣装室の扉が開く。足音の主はほとんど正面まで来ていた。
いざとなれば掴みかかってやろうと構えていたカイは、男の顔を見て完全に気勢をそがれた。
「フェリクス!オマエいたのかよ!」
「カイさん?」
扉の向こうにいたのはフェリクスだった。
状況はさっぱりわからないままだったが、フェリクスを見つけたことで、カイの精神はとりあえず平静を取り戻した。
「カイさんなんですね?」
「おう。なんか知らねーけど、気付いたら女になっちまってたんだ」
「そうなんですか・・・」
考えるように黙り込んだフェリクスの脇を抜けて部屋に戻る。テーブルの上に、さっきまではなかったティーセットが置かれていた。
「オレも、気が付いたらここに。カイさんが起きるまでと思って、とりあえず情報を集めてきました」
「さっすが。仕事が早いじゃん」
椅子に座り、ティーポットから茶を注ぐ。爽やかな香気が部屋に広がった。
「使用人風の男女が数名いたんですが、敵意はないようです。それと、彼らの態度から察するに、ここはオレ達の家です」
「オレ達の?」
「オレとアンタは夫婦なんだそうです」
危うく紅茶を吹きかけた。
「夫婦?」
「全体の人数は分かりませんが、使用人が十数名。『奥様』であるアンタを起こしに行くところだって言うんで、断ってオレがその紅茶を運んできたわけです」
自身も紅茶を口に運びつつ、フェリクスは言う。
「どうなってんだ?なにがなんだか分かんねー」
「はい。でも、この家には心当たりがあります」
「なんだよ」
「この家の家令らしき男がいたんでちょっと話したんですが、彼はサルマンって名前を出しました」
「サルマンっつーと、確か、オマエを養子にしたいって言ってた銀行家だな?」
「よく覚えてますね」
フェリクスは嬉しそうに笑って続けた。
「オレが賭け試合やってた頃に、養子にならないかって誘ってきた男です。カイさんも知っての通り、オレは断りました。それがどうも家令の話しによると、オレはサルマンの養子になってるようなんです」
「ふーん。そういや、なんであの時断っちまったんだよ」
「だって、銀行家の養子なんかになったらカイさんと気軽に会えなくなっちゃうじゃないすか」
当たり前のように言うフェリクスに苦笑する。
「そんなつまんねー理由で断るなよ。デニスなんかが聞いたら毛を逆立てて悔しがるぞ」
悪友の名を出すと、フェリクスは渋い顔をした。デニスはカイの幼馴染だが女癖が悪く、トラブルを起こしてはフェリクスに泣きついている。フェリクスからすると面倒なことこの上ない人物だろう。
「とにかく、オレ達の記憶とはかなりかけ離れた事態になってるようです。今のところ危険はなさそうですが」
「そーみたいだな」
カイは席を立つと、薄衣で織られた夜着を一息に脱ぎ捨てた。
「・・・なにしてるんです?」
「着替えるんだよ。こんな格好じゃなんにもできねー」
「だからって、いきなり脱がないでくださいよ」
フェリクスは、はー、とため息をついて律儀に背中を向けた。
「オマエ、女の裸なんて見慣れてんだろ。なに照れてんだよ」
一度入った衣装室に戻り、服を物色する。あまりのきらびやかさに呆れながらも、なんとかマシな一着を見つけ出し、身につけた。
部屋に戻る。フェリクスは窓際に移動し、外を見ていた。
「なあ、オレ、分かったかもしれねー」
「分かった?何がです?」
同じように窓際に立ち、カイはフェリクスを見上げた。いつもより角度がきつい。女になったことで身長が縮んだらしい。
「ここって、ぱられるわーるどってやつじゃねーのか」
カイの寝起きの第一声はそれだった。
全く見覚えのない部屋、鎮座したベッドの上に自分は寝ていた。カイは呆然としながらも起き上がり、辺りを見回した。
屋敷の中のどの部屋ともちがう。白で統一された家具は見るからに豪華で、埃をかぶったりもしていない。
ベッドから出たカイは、己がサラサラとした感触の、女物の青い夜着を纏っていることに気付いた。頭痛がしてきた。
「なんっじゃ、これは」
今すぐ破り捨てたい衝動と戦いながらベッドを降り、目に入ったドアの取っ手をとりあえず引っ張ってみる。開くと同時に明かりが灯った。ドアの向こうは衣装室だった。いくつもの女物のドレスが行儀よく並べて吊るされてある。
どうやらこの部屋の主は女らしい。それ以上の収穫はなさそうだ。無言で閉めようとして、手が止まった。奥に動くものがあると思ったら、鏡だ。全身が映るような、でかい鏡。しかしそこに映っている自分が変だった。
「んー?」
近づいていって、覗き込む。
まず、髪が長い。お尻の辺まである。夜着の胸の辺りはふっくらしていて、体に沿って落ちる布キレに隠れた腰は細くくびれているのがわかる。顔立ちは、まさに自分を女にしたらこんなふうだろうな、と感じさせるような・・・
「って、女じゃん!!」
カイは叫んで、それからまた呆然と黙り込んだ。呆然としたまま、己の胸に手で触れてみる。あまり大きくはないが、男ではありえない膨らみが、体の一部としてそこにある。
混乱した頭に去来したのは、とにかくここにいてはまずいのではないかという漠然とした思いだった。
逃げよう。それにはまず服をなんとかしたい。
「くそ、ロクな服がねぇ」
衣装室を漁るが、男物はおろか動きやすそうな服が一つもない。
焦るカイの耳が、ガチャリという音を拾った。ピタリと動きを止める。絨毯を踏む微かな音。止まる。辺りを伺う気配。カイは息を止めた。足音の主が探しているのは恐らく自分だ。心拍が上がる。武器になりそうなものは・・・衣装室の中にはない。ショールで首を絞めるか。無理だ。こんなヤワな生地では。
再び足音が動き出した。こっちへ向かってくる。
こうなれば、腹をくくるしかないか。
カイは一つ深呼吸した後、力いっぱいドアを押した。
派手な音がして衣装室の扉が開く。足音の主はほとんど正面まで来ていた。
いざとなれば掴みかかってやろうと構えていたカイは、男の顔を見て完全に気勢をそがれた。
「フェリクス!オマエいたのかよ!」
「カイさん?」
扉の向こうにいたのはフェリクスだった。
状況はさっぱりわからないままだったが、フェリクスを見つけたことで、カイの精神はとりあえず平静を取り戻した。
「カイさんなんですね?」
「おう。なんか知らねーけど、気付いたら女になっちまってたんだ」
「そうなんですか・・・」
考えるように黙り込んだフェリクスの脇を抜けて部屋に戻る。テーブルの上に、さっきまではなかったティーセットが置かれていた。
「オレも、気が付いたらここに。カイさんが起きるまでと思って、とりあえず情報を集めてきました」
「さっすが。仕事が早いじゃん」
椅子に座り、ティーポットから茶を注ぐ。爽やかな香気が部屋に広がった。
「使用人風の男女が数名いたんですが、敵意はないようです。それと、彼らの態度から察するに、ここはオレ達の家です」
「オレ達の?」
「オレとアンタは夫婦なんだそうです」
危うく紅茶を吹きかけた。
「夫婦?」
「全体の人数は分かりませんが、使用人が十数名。『奥様』であるアンタを起こしに行くところだって言うんで、断ってオレがその紅茶を運んできたわけです」
自身も紅茶を口に運びつつ、フェリクスは言う。
「どうなってんだ?なにがなんだか分かんねー」
「はい。でも、この家には心当たりがあります」
「なんだよ」
「この家の家令らしき男がいたんでちょっと話したんですが、彼はサルマンって名前を出しました」
「サルマンっつーと、確か、オマエを養子にしたいって言ってた銀行家だな?」
「よく覚えてますね」
フェリクスは嬉しそうに笑って続けた。
「オレが賭け試合やってた頃に、養子にならないかって誘ってきた男です。カイさんも知っての通り、オレは断りました。それがどうも家令の話しによると、オレはサルマンの養子になってるようなんです」
「ふーん。そういや、なんであの時断っちまったんだよ」
「だって、銀行家の養子なんかになったらカイさんと気軽に会えなくなっちゃうじゃないすか」
当たり前のように言うフェリクスに苦笑する。
「そんなつまんねー理由で断るなよ。デニスなんかが聞いたら毛を逆立てて悔しがるぞ」
悪友の名を出すと、フェリクスは渋い顔をした。デニスはカイの幼馴染だが女癖が悪く、トラブルを起こしてはフェリクスに泣きついている。フェリクスからすると面倒なことこの上ない人物だろう。
「とにかく、オレ達の記憶とはかなりかけ離れた事態になってるようです。今のところ危険はなさそうですが」
「そーみたいだな」
カイは席を立つと、薄衣で織られた夜着を一息に脱ぎ捨てた。
「・・・なにしてるんです?」
「着替えるんだよ。こんな格好じゃなんにもできねー」
「だからって、いきなり脱がないでくださいよ」
フェリクスは、はー、とため息をついて律儀に背中を向けた。
「オマエ、女の裸なんて見慣れてんだろ。なに照れてんだよ」
一度入った衣装室に戻り、服を物色する。あまりのきらびやかさに呆れながらも、なんとかマシな一着を見つけ出し、身につけた。
部屋に戻る。フェリクスは窓際に移動し、外を見ていた。
「なあ、オレ、分かったかもしれねー」
「分かった?何がです?」
同じように窓際に立ち、カイはフェリクスを見上げた。いつもより角度がきつい。女になったことで身長が縮んだらしい。
「ここって、ぱられるわーるどってやつじゃねーのか」
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