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お父さんといっしょ その3
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「おとーさーん!」
「・・・」
背後からの呼びかけに、テオは足を止めた。
振り返ると案の定、茶色い犬耳の青年がこちらに向かってかけてくるのが見えた。
またあいつは、でかい声でお父さんお父さんと・・・
とは思いつつ、初めの頃に感じていたような、馴れ馴れしさに対する苛立ちとか、わだかまりのようなものはもはや感じない。
代わりに、今日も元気そうだなー、と思うくらいだ。
これが、慣れ、あるいは、諦めの境地というものか。
ヴァイスはテオの目の前までやってくると、「なにやってるんですか?」と聞いてきた。
「ダンスでも踊っているように見えるか。買い出しだ、買い出し」
テオの投げやりな言い方に堪えた様子もなく、「そうなんですか」と頷いている。
その先は聞かなくても分かる。
どうせまた、手伝うとか言い出すのだろう。
全く、しょうがないやつだ。
全然全く連れて行きたくなどないのだが、駄目だと言ってもついてくるに決まっている。
本当に全く連れて行きたくはないのだが、断ってもついてきてしまうものは仕方がない。
テオは気分を変えるように、ぱん と手を打ち鳴らした。
「よし、ついてこい。荷物持ちぐらいにはしてやる」
先に立って歩き出す。しかししばらく進んだところで、ヴァイスがついてきていないことに気がついた。
「どうした」
ヴァイスは耳を、申し訳なさそうに下げていた。
「すみません、お父さん。今日は手伝えないんです」
な、・・・に?
手伝えない、だと?
ヴァイスはすまなそうに眉を下げている。
一拍遅れて、テオは自分が早合点をしていたことに気が付いた。
「べっ、別に、手伝ってもらいたいなんて思ってないんだからな!」
「すみません」
「謝るな!」
手伝ってもらうことを、ものすごく期待してたみたいじゃないか!
テオは気まずさを誤魔化すために、殊更不機嫌な顔を作ってみせた。
「別に、おまえの手なんか必要ないんだ。全然。全く」
「はい」
ヴァイスの耳が、さらにしゅんと下がっていく。
その様子はまさに、主人に怒られた犬・・・
うっ・・・
しまった。怒鳴るつもりなどなかったのに。それもこれも、こいつが予想外のことを言うから・・・
「で?」
テオは哀愁漂う空気を払うため、話題を変えることにした。
「忙しいのか。仕事が」
まあ、あの屋敷にはろくに使用人がいないようだから、一人ひとりの仕事量が増えるのは致し方ないのかもしれない。
しかしヴァイスは首を横に振り、テオの想像を否定した。
「戻ったら、今日の仕事は上がっていいってセバス様が言ってくれたので、カイについてようかと」
「カイ?カイがどうかしたのか」
「カゼひいちゃって」
へにょ、と耳が下がる。
「昨日の夜、ちゃんと服着て寝ないとって言ったんですけど、暑いからいいって言ってそのまま寝ちゃって」
「う、うむ・・・」
「寒くないようにくっついて寝てたんですけど、いつの間にか布団から出ちゃってて」
「・・・」
「すみません。オレがちゃんとあっためられてれば・・・」
「分かったもういい」
テオは手を上げて、ヴァイスの言葉を遮った。
キリッとした顔で、放っておけば何を言い出すか分かったものじゃない。
いい大人同士の交際に口を出すつもりは毛頭ないが、生々しい話しはできる限り聞きたくない。
それにしても、このあいだはリュカがカゼを引いて、今度はカイか。
「それじゃ、お父さん。また店に寄ります」
「ああ、おい、待て」
行きかけたヴァイスを、テオは引き止めた。
「ちょっと家に寄っていけ」
「え?でも」
「すぐ済む」
気もそぞろなヴァイスを引っ張って家に連れて戻り、裏口で待たせておいてから、テオは引き出しを開けた。記憶通りの場所にそれはあった。裏口に戻り、ヴァイスの手にそれを握らせる。
「これは?」
ヴァイスは手の中の小さな紙包みをしげしげと眺めた。
「あいつが子どもの頃、カゼをひいたときに飲ませてた薬だ」
「子どもの頃?」
「あいつはカゼをひくと喉にいくんだ。その、症状ってやつが。だから、普通の薬だとあまり効かないかもしれない。まあ?そんなこと俺が言わなくても、先刻承知かもしれんが・・・ おい?なんだその顔は」
なぜそんな微笑ましそうな顔をしているんだ。
「いえ。帰ったら渡しておきます」
「ああ・・・ それと、あいつには、俺がこれをお前に預けたとは言うなよ」
「これって、粉のやつですよね」
「ああ。触ればわかるだろ」
「オレ、粉のやつ飲むの苦手です」
「オマエが飲むわけじゃないだろ・・・ とにかく、分かったな?あんまり親が干渉するのも、ほら、アイツは好かないし」
「そうですね。飲むのはカイでした」
ヴァイスはいそいそと薬を懐にしまった。
「それじゃ、お父さん。カイが待ってるので、オレ帰ります」
「ああ。気をつけてな」
戸口のところで振り返り、ヴァイスは満面の笑みを浮かべた。
「お父さん、お父さんにこんなに心配してもらってるって知ったら、カイも嬉しいと思います」
「ああ・・・ って、おい?オレの話を聞いてたのか!?」
止める間などあったものではなかった。
「おい!分かったな!オレが渡したことは言うなよ!」
「はーい」
全く信用ならない生返事だけが、誰もいない庭先に木霊して消えた。
「・・・」
背後からの呼びかけに、テオは足を止めた。
振り返ると案の定、茶色い犬耳の青年がこちらに向かってかけてくるのが見えた。
またあいつは、でかい声でお父さんお父さんと・・・
とは思いつつ、初めの頃に感じていたような、馴れ馴れしさに対する苛立ちとか、わだかまりのようなものはもはや感じない。
代わりに、今日も元気そうだなー、と思うくらいだ。
これが、慣れ、あるいは、諦めの境地というものか。
ヴァイスはテオの目の前までやってくると、「なにやってるんですか?」と聞いてきた。
「ダンスでも踊っているように見えるか。買い出しだ、買い出し」
テオの投げやりな言い方に堪えた様子もなく、「そうなんですか」と頷いている。
その先は聞かなくても分かる。
どうせまた、手伝うとか言い出すのだろう。
全く、しょうがないやつだ。
全然全く連れて行きたくなどないのだが、駄目だと言ってもついてくるに決まっている。
本当に全く連れて行きたくはないのだが、断ってもついてきてしまうものは仕方がない。
テオは気分を変えるように、ぱん と手を打ち鳴らした。
「よし、ついてこい。荷物持ちぐらいにはしてやる」
先に立って歩き出す。しかししばらく進んだところで、ヴァイスがついてきていないことに気がついた。
「どうした」
ヴァイスは耳を、申し訳なさそうに下げていた。
「すみません、お父さん。今日は手伝えないんです」
な、・・・に?
手伝えない、だと?
ヴァイスはすまなそうに眉を下げている。
一拍遅れて、テオは自分が早合点をしていたことに気が付いた。
「べっ、別に、手伝ってもらいたいなんて思ってないんだからな!」
「すみません」
「謝るな!」
手伝ってもらうことを、ものすごく期待してたみたいじゃないか!
テオは気まずさを誤魔化すために、殊更不機嫌な顔を作ってみせた。
「別に、おまえの手なんか必要ないんだ。全然。全く」
「はい」
ヴァイスの耳が、さらにしゅんと下がっていく。
その様子はまさに、主人に怒られた犬・・・
うっ・・・
しまった。怒鳴るつもりなどなかったのに。それもこれも、こいつが予想外のことを言うから・・・
「で?」
テオは哀愁漂う空気を払うため、話題を変えることにした。
「忙しいのか。仕事が」
まあ、あの屋敷にはろくに使用人がいないようだから、一人ひとりの仕事量が増えるのは致し方ないのかもしれない。
しかしヴァイスは首を横に振り、テオの想像を否定した。
「戻ったら、今日の仕事は上がっていいってセバス様が言ってくれたので、カイについてようかと」
「カイ?カイがどうかしたのか」
「カゼひいちゃって」
へにょ、と耳が下がる。
「昨日の夜、ちゃんと服着て寝ないとって言ったんですけど、暑いからいいって言ってそのまま寝ちゃって」
「う、うむ・・・」
「寒くないようにくっついて寝てたんですけど、いつの間にか布団から出ちゃってて」
「・・・」
「すみません。オレがちゃんとあっためられてれば・・・」
「分かったもういい」
テオは手を上げて、ヴァイスの言葉を遮った。
キリッとした顔で、放っておけば何を言い出すか分かったものじゃない。
いい大人同士の交際に口を出すつもりは毛頭ないが、生々しい話しはできる限り聞きたくない。
それにしても、このあいだはリュカがカゼを引いて、今度はカイか。
「それじゃ、お父さん。また店に寄ります」
「ああ、おい、待て」
行きかけたヴァイスを、テオは引き止めた。
「ちょっと家に寄っていけ」
「え?でも」
「すぐ済む」
気もそぞろなヴァイスを引っ張って家に連れて戻り、裏口で待たせておいてから、テオは引き出しを開けた。記憶通りの場所にそれはあった。裏口に戻り、ヴァイスの手にそれを握らせる。
「これは?」
ヴァイスは手の中の小さな紙包みをしげしげと眺めた。
「あいつが子どもの頃、カゼをひいたときに飲ませてた薬だ」
「子どもの頃?」
「あいつはカゼをひくと喉にいくんだ。その、症状ってやつが。だから、普通の薬だとあまり効かないかもしれない。まあ?そんなこと俺が言わなくても、先刻承知かもしれんが・・・ おい?なんだその顔は」
なぜそんな微笑ましそうな顔をしているんだ。
「いえ。帰ったら渡しておきます」
「ああ・・・ それと、あいつには、俺がこれをお前に預けたとは言うなよ」
「これって、粉のやつですよね」
「ああ。触ればわかるだろ」
「オレ、粉のやつ飲むの苦手です」
「オマエが飲むわけじゃないだろ・・・ とにかく、分かったな?あんまり親が干渉するのも、ほら、アイツは好かないし」
「そうですね。飲むのはカイでした」
ヴァイスはいそいそと薬を懐にしまった。
「それじゃ、お父さん。カイが待ってるので、オレ帰ります」
「ああ。気をつけてな」
戸口のところで振り返り、ヴァイスは満面の笑みを浮かべた。
「お父さん、お父さんにこんなに心配してもらってるって知ったら、カイも嬉しいと思います」
「ああ・・・ って、おい?オレの話を聞いてたのか!?」
止める間などあったものではなかった。
「おい!分かったな!オレが渡したことは言うなよ!」
「はーい」
全く信用ならない生返事だけが、誰もいない庭先に木霊して消えた。
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