猫奴隷の日常

ハルカ

文字の大きさ
上 下
167 / 192

お父さんといっしょ その3

しおりを挟む
「おとーさーん!」
「・・・」

背後からの呼びかけに、テオは足を止めた。
振り返ると案の定、茶色い犬耳の青年がこちらに向かってかけてくるのが見えた。

またあいつは、でかい声でお父さんお父さんと・・・ 
とは思いつつ、初めの頃に感じていたような、馴れ馴れしさに対する苛立ちとか、わだかまりのようなものはもはや感じない。
代わりに、今日も元気そうだなー、と思うくらいだ。

これが、慣れ、あるいは、諦めの境地というものか。

ヴァイスはテオの目の前までやってくると、「なにやってるんですか?」と聞いてきた。

「ダンスでも踊っているように見えるか。買い出しだ、買い出し」

テオの投げやりな言い方に堪えた様子もなく、「そうなんですか」と頷いている。
その先は聞かなくても分かる。
どうせまた、手伝うとか言い出すのだろう。
全く、しょうがないやつだ。
全然全く連れて行きたくなどないのだが、駄目だと言ってもついてくるに決まっている。
本当に全く連れて行きたくはないのだが、断ってもついてきてしまうものは仕方がない。

テオは気分を変えるように、ぱん と手を打ち鳴らした。

「よし、ついてこい。荷物持ちぐらいにはしてやる」

先に立って歩き出す。しかししばらく進んだところで、ヴァイスがついてきていないことに気がついた。

「どうした」

ヴァイスは耳を、申し訳なさそうに下げていた。

「すみません、お父さん。今日は手伝えないんです」

な、・・・に?
手伝えない、だと?
ヴァイスはすまなそうに眉を下げている。
一拍遅れて、テオは自分が早合点をしていたことに気が付いた。

「べっ、別に、手伝ってもらいたいなんて思ってないんだからな!」
「すみません」
「謝るな!」

手伝ってもらうことを、ものすごく期待してたみたいじゃないか!
テオは気まずさを誤魔化すために、殊更不機嫌な顔を作ってみせた。

「別に、おまえの手なんか必要ないんだ。全然。全く」
「はい」

ヴァイスの耳が、さらにしゅんと下がっていく。
その様子はまさに、主人に怒られた犬・・・

うっ・・・
しまった。怒鳴るつもりなどなかったのに。それもこれも、こいつが予想外のことを言うから・・・

「で?」

テオは哀愁漂う空気を払うため、話題を変えることにした。

「忙しいのか。仕事が」

まあ、あの屋敷にはろくに使用人がいないようだから、一人ひとりの仕事量が増えるのは致し方ないのかもしれない。
しかしヴァイスは首を横に振り、テオの想像を否定した。

「戻ったら、今日の仕事は上がっていいってセバス様が言ってくれたので、カイについてようかと」
「カイ?カイがどうかしたのか」
「カゼひいちゃって」

へにょ、と耳が下がる。

「昨日の夜、ちゃんと服着て寝ないとって言ったんですけど、暑いからいいって言ってそのまま寝ちゃって」
「う、うむ・・・」
「寒くないようにくっついて寝てたんですけど、いつの間にか布団から出ちゃってて」
「・・・」
「すみません。オレがちゃんとあっためられてれば・・・」
「分かったもういい」

テオは手を上げて、ヴァイスの言葉を遮った。
キリッとした顔で、放っておけば何を言い出すか分かったものじゃない。
いい大人同士の交際に口を出すつもりは毛頭ないが、生々しい話しはできる限り聞きたくない。

それにしても、このあいだはリュカがカゼを引いて、今度はカイか。

「それじゃ、お父さん。また店に寄ります」
「ああ、おい、待て」

行きかけたヴァイスを、テオは引き止めた。

「ちょっと家に寄っていけ」
「え?でも」
「すぐ済む」

気もそぞろなヴァイスを引っ張って家に連れて戻り、裏口で待たせておいてから、テオは引き出しを開けた。記憶通りの場所にそれはあった。裏口に戻り、ヴァイスの手にそれを握らせる。

「これは?」

ヴァイスは手の中の小さな紙包みをしげしげと眺めた。

「あいつが子どもの頃、カゼをひいたときに飲ませてた薬だ」
「子どもの頃?」
「あいつはカゼをひくと喉にいくんだ。その、症状ってやつが。だから、普通の薬だとあまり効かないかもしれない。まあ?そんなこと俺が言わなくても、先刻承知かもしれんが・・・ おい?なんだその顔は」

なぜそんな微笑ましそうな顔をしているんだ。

「いえ。帰ったら渡しておきます」
「ああ・・・ それと、あいつには、俺がこれをお前に預けたとは言うなよ」
「これって、粉のやつですよね」
「ああ。触ればわかるだろ」
「オレ、粉のやつ飲むの苦手です」
「オマエが飲むわけじゃないだろ・・・ とにかく、分かったな?あんまり親が干渉するのも、ほら、アイツは好かないし」
「そうですね。飲むのはカイでした」

ヴァイスはいそいそと薬を懐にしまった。

「それじゃ、お父さん。カイが待ってるので、オレ帰ります」
「ああ。気をつけてな」

戸口のところで振り返り、ヴァイスは満面の笑みを浮かべた。

「お父さん、お父さんにこんなに心配してもらってるって知ったら、カイも嬉しいと思います」
「ああ・・・ って、おい?オレの話を聞いてたのか!?」

止める間などあったものではなかった。

「おい!分かったな!オレが渡したことは言うなよ!」
「はーい」

全く信用ならない生返事だけが、誰もいない庭先に木霊して消えた。


しおりを挟む
感想 49

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

処理中です...