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その頃のある騒動 4
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初めに感じたのは、さわりとした風の流れだった。
その風がどこから流れてくるのか、ヴァイスにはすぐに分かった。会場にいた人々も、風を纏って歩み出た男の存在に遅れて気付く。
エイベルは珍しく笑みを浮かべていた。
しかしその笑みは、どこからどう見ても凶悪なものだった。
割れた人垣の間を、エイベルは泰然とアドリーヌの元に歩み寄る。
アドリーヌの息を飲む小さな音が、静まり返った会場に響いた。
「アドリーヌだな」
「は、はい。あの、今、ご挨拶に伺おうとしておりました」
「いい」
興味の薄い口調で言うと、エイベルはクリフの方へと向き直った。
「あれが、おまえの婚約者か?」
「はい・・・ お見苦しいところをお見せしました」
恥じ入るように俯いたアドリーヌに、反応したのは当のクリフだった。
「見苦しいとはなんだ、アドリーヌ!婚約者に向かって!」
その婚約を、今解消すると言ったのではなかったか。ヴァイスは呆れたが、会場にいる面々も同じ思いだっただろう。
「一応聞いておこう。わが従兄妹になんの落ち度がある」
「それは今っ・・・」
クリフが言い募ろうとした瞬間、それまでさわさわとのみ動いていた風の動きが、ぶわり と強まった。
「だから、アドリーヌは公爵令嬢という地位を利用して、アメリアをっ・・・ うぶっ!」
クリフの顔に、どこかからか飛んできたハンカチが張り付いた。
「聞こえないな」
無表情で、冷たく言い放つ。
いやいや、それじゃ言えませんよね?という言葉は、強まっていくばかりの風にかき消されて声にはならない。
「きゃあっ」
すでに、あちこちで悲鳴が上がり始めていた。よく観察してみると、風の勢いが強まっているのは、アドリーヌに対峙していた男達の周りだけのようである。それを察したように、貴族たちは壁際や、エイベルたちがいる方向に避難してやって来る。しかし、的になっているその男達自身が、風に吹き飛ばされたり逃げ惑ったりしているので、被害が広がっているのだ。
こうなっては、アドリーヌに飛び掛かっていくような気骨のある男がいるとはとても思えない。しかしまだ万一のことがある。なのでヴァイスは逃げるわけにもいかず、一緒になって風に揉まれた。
それにしても、なんだか、必要以上にやりすぎているような。
エイベルの表情に変化はない。その変化のなさが、会場の阿鼻叫喚と全く合っていなくて、逆に怖い。
初対面だというアドリーヌのために、ここまでするのか?
その時、一つの考えがヴァイスの頭に浮かんだ。
ひょっとして、泰然として見えるエイベルだが、機嫌が悪いのだろうか?
レイに会えていないから?レイから引き離された鬱憤を、ここで晴らしている?
まさか、そんな。
「っ!!」
飛んできた皿が頭の上ぎりぎりを通過し、背後の壁にあたって砕けた。
フェリクスはと見ると、エイベルの真横に立っていながら、諫めるでもなく、あわあわと逃げ惑う男達を平然とした表情で眺めている。
アドリーヌは・・・ 呆然と立ち尽くしている。
ダメだ。これは。
どうやったら収拾がつくんだ?
遠い目になりながら、ヴァイスはそのまましばらく風に揉まれた。
その風がどこから流れてくるのか、ヴァイスにはすぐに分かった。会場にいた人々も、風を纏って歩み出た男の存在に遅れて気付く。
エイベルは珍しく笑みを浮かべていた。
しかしその笑みは、どこからどう見ても凶悪なものだった。
割れた人垣の間を、エイベルは泰然とアドリーヌの元に歩み寄る。
アドリーヌの息を飲む小さな音が、静まり返った会場に響いた。
「アドリーヌだな」
「は、はい。あの、今、ご挨拶に伺おうとしておりました」
「いい」
興味の薄い口調で言うと、エイベルはクリフの方へと向き直った。
「あれが、おまえの婚約者か?」
「はい・・・ お見苦しいところをお見せしました」
恥じ入るように俯いたアドリーヌに、反応したのは当のクリフだった。
「見苦しいとはなんだ、アドリーヌ!婚約者に向かって!」
その婚約を、今解消すると言ったのではなかったか。ヴァイスは呆れたが、会場にいる面々も同じ思いだっただろう。
「一応聞いておこう。わが従兄妹になんの落ち度がある」
「それは今っ・・・」
クリフが言い募ろうとした瞬間、それまでさわさわとのみ動いていた風の動きが、ぶわり と強まった。
「だから、アドリーヌは公爵令嬢という地位を利用して、アメリアをっ・・・ うぶっ!」
クリフの顔に、どこかからか飛んできたハンカチが張り付いた。
「聞こえないな」
無表情で、冷たく言い放つ。
いやいや、それじゃ言えませんよね?という言葉は、強まっていくばかりの風にかき消されて声にはならない。
「きゃあっ」
すでに、あちこちで悲鳴が上がり始めていた。よく観察してみると、風の勢いが強まっているのは、アドリーヌに対峙していた男達の周りだけのようである。それを察したように、貴族たちは壁際や、エイベルたちがいる方向に避難してやって来る。しかし、的になっているその男達自身が、風に吹き飛ばされたり逃げ惑ったりしているので、被害が広がっているのだ。
こうなっては、アドリーヌに飛び掛かっていくような気骨のある男がいるとはとても思えない。しかしまだ万一のことがある。なのでヴァイスは逃げるわけにもいかず、一緒になって風に揉まれた。
それにしても、なんだか、必要以上にやりすぎているような。
エイベルの表情に変化はない。その変化のなさが、会場の阿鼻叫喚と全く合っていなくて、逆に怖い。
初対面だというアドリーヌのために、ここまでするのか?
その時、一つの考えがヴァイスの頭に浮かんだ。
ひょっとして、泰然として見えるエイベルだが、機嫌が悪いのだろうか?
レイに会えていないから?レイから引き離された鬱憤を、ここで晴らしている?
まさか、そんな。
「っ!!」
飛んできた皿が頭の上ぎりぎりを通過し、背後の壁にあたって砕けた。
フェリクスはと見ると、エイベルの真横に立っていながら、諫めるでもなく、あわあわと逃げ惑う男達を平然とした表情で眺めている。
アドリーヌは・・・ 呆然と立ち尽くしている。
ダメだ。これは。
どうやったら収拾がつくんだ?
遠い目になりながら、ヴァイスはそのまましばらく風に揉まれた。
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