猫奴隷の日常

ハルカ

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追憶 6

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不意に、フェリクスがエイベルとセバスがいる二階を見上げた。
荒んだ目の代わりにふてぶてしさを手に入れたかつての少年は、にや と人の悪い笑みを浮かべながら、流れるようにレイの肩を抱いた。

ひらひらと手を振るフェリクスを、レイはきょとんとした顔で見上げている。

「相変わらず、ふざけた男だな」
「さようですね」

そのまま屋敷に上がって来るのかと思いきや、二人は背を向けて歩き出してしまった。屋敷の門の方へと。
途中で立ち止まって横を向き、手を上げたレイに駆け寄っていったのは、厨房係の狼族の男で、三人は合流すると、連れ立って敷地の外へ出て行ってしまった。

「おい、あいつらはどこへ行くんだ」
「さあ。存じ上げませんが。ただ、一つだけ言えることは」
「なんだ」
「まだ窓を閉める必要はなかったということくらいでしょうかね」

セバスは表情も変えずにそう言うと、恭しく頭を下げて部屋を出て行った。
全く面白くもない。

エイベルは三人が消えていった門を一瞥し、目を細めた。雪解けに濡れた石畳が、眩いほどに輝いている。
冬の合間の陽光は、殺風景ながらも見慣れた前庭の芝を、青く照らしていた。



―――――

「それで、どこへ行っていたんだ?」
「え?」

ベッドに腹ばいになっていた本を広げていたレイが、顔を上げてエイベルを見た。一瞬だけ合った目が、すぐに伏せられる。それに引っかかりを覚えた。

「フェリクスが、今度恋人とデートに行くのに、おすすめの場所を教えてほしいって言うから、街まで行っただけだよ。カイは、マチガイがあったらいけないから、ついてくるって」

間違いなどあってたまるか、と思いつつ、エイベルはゆらゆらと揺れる耳を撫でた。

「それで?」
「なにが?」
「何か俺に言い忘れていることがあるだろう?」
「え?」

嘘のつけない耳が、掌の中で激しく動いている。それでも諦め悪く「なんのこと?」と言い募る。

「ほう。あくまでも白を切るつもりか」
「だから、なんの・・・ ぎゃーっ!」

オーバーサイズのシャツを羽織っているせいで、さらに細く見える背中に軽く乗り上げる。レイは大げさな叫び声を上げ、本を持っていた手をばたばたと動かした。

「吐くか?ダンマリを決め込んでも俺は構わないが」
「分かった!分かったって!」

すぐに根を上げたレイは、諦めたようにため息をついた。ぶつぶつ言いながら体を起こすと、クローゼットを開け何かを取り出した。

「本当は明日なのに・・・」

白い掌の上には、碧い石の嵌ったブローチが乗せられている。
レイはまだ若干恨めしそうな顔のまま、それをエイベルに差し出した。

「俺にか?」
「そうだよ」
「どうしたんだ、急に」
「急じゃないよ。誕生日なんでしょう?明日」
「・・・」

反応の鈍いエイベルの掌にブローチを押し付け、レイは怒ったように頬を膨らませた。

「なんで教えてくれないんだよ。昨日セバス様から聞いて、びっくりしたんだよ?大体、去年もこの時期なら僕もういたよね?」
「すまない。忘れていた」
「忘れてたぁ?」

レイは呆れたような顔になる。
固い感触。掌の中に視線を落とすと、碧い、レイの瞳と同じ色のブローチが収まっている。それでようやく思い出した。
そうだ。去年は確かに覚えていた。自分の誕生日くらいは。それをレイに言わなかったのは、孤児として育ったレイの境遇を思ってのことだった。
何も言わなかったとエイベルを責めているが、レイとて自分の誕生日については、一言も言わない。それが答えのような気がして。

『あんたは結構気ぃ使いなんだ』
昼間脳裏によぎったばかりのフェリクスのセリフが頭をかすめ、エイベルは眉をしかめた。

「悪かった」
「・・・いいよ。誕生日だから特別に許してあげるよ」
「ありがとう、レイ」

レイは笑い、しなやかな猫がそうするようにエイベルの膝に収まった。
エイベルは掌にあった石をサイドテーブルの上に置き、すりり とすり寄ってきた柔らかい髪を撫でた。



―――――

「レイ?」
「はい」
「私が言いたいことが分かっていますか?」
「はい。ごめんなさい」
「先に私に相談してくださればよかったですのに」
「だって、セバス様は、エイベルに聞かれたら教えちゃうかと思って」
「ことと場合によります」
「・・・」
「反省してください」
「・・・はーい」

執務室のソファでは、レイとセバスの問答が繰り広げられていた。
どうやら、エイベルの誕生日プレゼントを買う原資を得るために、レイは、セバスがレイのためにと購入したカフスを一つ売ってしまったらしい。
レイにしてみれば、いつ使うのか、何に使うのかも分からない代物が一つなくなったところで困らないはずだと思ったのだろう。しかしもちろんそんなわけはなく、あっけなく事は露見してしまったらしい。

「だいたいあなたは・・・」

長々と続くセバスの説教に、見るともなしにレイを見ると、深く項垂れていた顔がエイベルを見ていた。目が合うと、ちろ と赤い舌を出した。
全く反省していないようだ。

つい笑うと、セバスの矛先がこちらを向いた。

「何を笑っておられるのです?エイベル様は、ちょっとレイを甘やかしすぎではありませんか?」

甲斐甲斐しく窓の開け閉めまでしてやっている人間には言われたくはない。
しかし、口を挟めば長くなる。エイベルは肩を竦めるだけにとどめ、目の前に積み上げられた仕事に戻った。


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