猫奴隷の日常

ハルカ

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手遅れな狼さんと執着心の話

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フェリクスの部屋は、籍を置く便利屋の事務所の中を突っ切った先にあった。
今日は終日留守になるという言葉通り部屋の中には誰もおらず、リュカはつい物珍しくその「便利屋の事務所」なるものを見回した。
入って左手側に、応接用と思われるソファとテーブルがある。右には書架が並んでいて、資料らしきものが収められていた。パーテーションで区切られた奥にはデスクが見える。
案外小ぎれいなのは、女性の従業員がいるおかげなのだろう。

「こういう所珍しい?」

書架の向こうにあった目立たない扉を開けながらフェリクスが聞いた。
それに頷きながら、そういえばフェリクスの部屋に入るのも初めてだ、と思う。
あの初めての日から、フェリクスとは毎晩会っている。フェリクスはあの界隈に非常に詳しいらしく、リュカは今まで行ったことも、行こうと思ったことすらないような店に連れて行かれて、最後は宿屋でその夜を明かすという濃密すぎる一週間を過ごしていた。

昨夜も、フェリクスは店が閉まる頃にやってきてリュカを外に誘った。翌日になる今日は店が休みだったため、いつも以上にあてもなく街を彷徨って、行き着いた宿屋の部屋で何度も愛し合って、普段のリュカなら考えられないような時間に目覚めた。
昼と夜の境目もあやふやなまま弟のカイの処に顔を出して、今はまた抱き合う場所を求めてフェリクスの部屋にやってきている。
どうかしている、と昼間の冷静な自分が思う。
でも、怠惰に寝過ごす背徳感や、濃密に抱き合う時間は、味わってみれば想像していたよりもずっと甘い。なによりも驚くのは、そういう生き方が、しようと思えば自分にもできてしまうのだということだ。

「適当に座っててください」

先に部屋に足を踏み入れたフェリクスが、ベッドの上に放られていた書類を手に事務所のデスクの方に向かう。それを目で追ってから、リュカは部屋の中に入った。
適当に座れと言われても、部屋には椅子一つない。
ベッドの上に腰を下ろしながら、リュカは部屋の中を見回した。
フェリクスの自室だというが、ベッドとクローゼットがあるだけで後は何もない。整頓されているとかそういう感じではなく、ただただ何もない部屋だった。

ベッドに座って大人しく待っていると、手に湯気の立つカップを二つ持ったフェリクスが戻って来て隣に座る。それを受け取って口をつけながら、リュカは再び部屋の中を見回した。

「なんにもないんだね」

殺風景すぎる部屋を指摘されたフェリクスは肩を竦めた。

「物をため込むのって苦手なんすよね。ほら、オレガキの頃教会で寝泊まりしてたじゃないっすか」
「うん」

フェリクスには親がいなかった。そのため、老神父が一人いるだけの教会に半ば勝手に住み着いていた。そういうフェリクスのような暮らしをしている孤児は数人いた記憶がある。

「自分の物なんか置いとくとこなかったし。むしろ盗まれるんじゃないかって思って気が気じゃなかったから、気に入った物は全部ポケットに入れていっつも持ち歩くようにしてたし。ポケットに入んない物には興味なかった、というより、興味持たないようにしてたんすかね。ここに住むようになった初めの頃は、逆になんでも取っとくようになっちゃって、ヒューによく怒られてたっすね」

その頃のことを思い出したのか、フェリクスは笑った。

「でも、やっぱ窮屈なんすよね。ごちゃごちゃしてんのって。で、全部捨てちゃった。今も、なんか買って部屋に持って帰っても、違うって思っちゃうんすよ。こんなん欲しくないって。で、結局捨てちゃう」

「なら初めから買うなって感じっすよね」と言いながらカップを傾けている。その横顔をリュカはぼんやり眺めた。フェリクスらしい考え方だと思った。それと同時に、欲しくないとフェリクスに断じられた物達について考えた。
ここまできれいに未練なく捨ててしまえるフェリクスが、リュカには少し怖い。

不意にこちらを向いたフェリクスの指が、リュカの額にかかった前髪をかき上げる。もう何度も触れ合っているというのにまたドキッとして、リュカは手に持っていたカップを握りしめた。
落ち着かなくなって下げた目線のすぐ先に、笑みの形をしたフェリクスの唇がある。

「リュカさん、キスしたいんすか?」

笑うように言うフェリクスの言葉に、リュカは素直に頷いた。

「いいよ」

持っていたカップを取り上げたフェリクスがそれを床に置く。
体が覆いかぶさってきて、ベッドに倒された。沈み込んだベッドからは、かすかにフェリクスの匂いがしている。それに気を取られている内に、フェリクスの舌が少し強引にリュカの口の中に侵入してきた。そうされると、リュカの頭の中は痺れて、熱くなって、おかしくなってしまう。

「リュカさん、無理矢理されるの好きでしょ。こうやって抵抗できなくされるのも」

掴まれた手首をベッドに縫い留められ、リュカは喘いだ。

「ほら、もう欲しそうな顔してる」
「あ、あ・・・」

割り開かれた足の間で主張を始めたモノが、密着したフェリクスの腹筋に押しつぶされる。もうどんな恥ずかしい姿も見られているというのに、跳ねた体に顔が熱くなった。

「ねえ、リュカさん。さっき何考えてたんすか?」

敏感な耳を食まれて体を震わせながら、リュカはフェリクスを見た。「さっき」がいつのことなのか、聞かずとも分かってしまう。目を伏せるリュカの耳を、フェリクスはさっきよりも強く噛んだ。

「あっ!」
「また変なこと考えてたでしょ」

噛んだところをぺろりと舐めて、フェリクスが言う。
リュカは息を荒げながらも、観念して頷いた。この一週間で、フェリクスはリュカの考えていることまで読むようになってしまった。
リュカがどういうふうにされたいと思っているのかや、いつか自分もフェリクスのいらない物になってしまうかもしれない、そんなことを考えてしまったことまで。

「そういうとこ、リュカさんらしいと思いますけどね」
「・・・」
「でも、ムリっすよ、リュカさん」
「ムリ、って」
「だって、もうリュカさん普通のセックスじゃイケない体になっちゃったし」
「なっ・・・」

フェリクスの口角が上がる。獣じみた笑みに飲み込まれそうになり、リュカは息を飲んだ。

「執着心がなさそうに見えた?確かにいらない物を切り捨てるのは得意っすけどね。言ったでしょ、気に入った物はずっとポケットに入れとくって。でももうガキじゃないんでね。オレも学習したんすよ。ポケットに入んないんなら、どうやっても離れられないと思わせればいいって」
「ぅあっ・・・!」

固い腿で再び股間を刺激され、リュカは動けない体を跳ねさせた。

「リュカさんが普通の家庭を築きたいって言ったら、もう手ぇ出すつもりはなかったんすよ、本当に。でもリュカさんはオレを選んだ。だからもうリュカさんに選択肢なんかなくて、オレに抱かれるしかないってこと。オレがそういうふうにしたんだから、もう諦めてくださいよ」

諦めるなんて。そもそもリュカは自分から離れるつもりなんかない。
でも、押さえつけられた手首も、執着を露わにするフェリクスの瞳も、何もかもが甘くて、リュカは体の底から沸き起こってきた快感に身を震わせた。


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