猫奴隷の日常

ハルカ

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ある朝の攻防

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「あ」

じぃっと上から覗き込んでいた瞼がピクリと動き、レイは思わず声を上げた。うつつに傾いていく意識に抵抗するように、その眉間に皺が寄る。
しばらくそのまま見ていると、瞼がうっすら開いてレイの好きな赤い瞳が覗いた。しかし眠たいのか、またすぐに閉じてしまう。

「なんだ。じっと見たりして」

起き抜けのダルさを含んだ声でエイベルが言う。
窓から差し込む柔らかな朝の光が、瞼を閉じていてすら眩しく感じるのだろう。
レイが枕にしていたエイベルの腕が持ち上がって、瞼を覆うとする。それを察して、レイは素早く懐に潜り込んだ。

「おはよ、エイベル」
「まだ早いんじゃないか?」
「そんなことないよ。ほら、外も明るいし」

瞼に置こうとした手がレイの頭に触れたことに気づいて、またエイベルの瞼が開く。それがまだ閉じてしまわないように、レイは日の光に当たって白く見えるエイベルの頬をつついた。

エイベルは朝が弱い。
一度起きても、放っておくとまた寝てしまう。いつもならレイは自分が起きたいタイミングで勝手に起きてしまうのだけれど。
レイは心を鬼にして、つついていた頬を引っ張った。

何か役に立つことがしたい、と思っていたレイに、「では朝エイベル様を起こしてください」と困った顔で言ってきたのはセバスだ。それならと簡単に請け負ったが、やはり敵は粘ってきた。

「お前、冬の間は俺より寝ていただろう」
「でももう冬じゃないし」

エイベルが寝返りを打って、レイの腰に抱き着いてくる。
昼間のシャキッとした姿からは想像もつかない様子に、かわいいなぁなどと思ってしまい口元がにやける。こんな姿を見せるのは、レイの前だけだ。
昼間の、一部の隙も無い、まさしく高貴な貴族として育てられたような完璧な所作も格好いいと思うけれど。

黒い髪の間に指を差し込む。さらさらと手触りのいい髪が、指の間を滑り落ちていった。

「じゃあ、どうしたら起きる?」
「・・・」
「エイベル?寝てないよね?」
「・・・」
「もー、起きないんならイタズラするから」
「イタズラ?」

 興味を引かれたのか、エイベルが反応する。

「何をするんだ?」
「え?」

思い付きで言ったことで、何も考えていなかった。
レイは腰に抱き着いたままのエイベルを見下ろし、上になっている耳をつまんで引っ張って見た。しかし、獣人でもないエイベルは、耳を引っ張られても全く動じない。

「それがイタズラか?」
「うぅ・・・」

エイベルはレイの腹に顔を埋めたままだ。涼し気な様子に腹が立つ。
なんとかダメージを食らわせる方法はないものか。
レイは再びエイベルの顔を見下ろし、それから筋の浮いた首が剥き出しになっているのを見た。

「動かないでよ」

レイは カプ とエイベルの首に噛みついた。
次いで、噛みついた部分を軽く吸う。
顔を離して見ると、赤く内出血を起こしているのが分かった。自分でやっておいて、肌に起こったその変化に驚いて思わず見入る。

しげしげと眺めてから顔を上げると、面食らった顔のエイベルと目が合った。
急になんとなく落ち着かない気分になって、レイは目を逸らした。

「お客さんが来て恥ずかしい思いすればいいんだ」
「・・・やられたな」

エイベルが片手で顔を覆う。
しかしその肩が震えていて、笑っているのは明白である。

「今日のは手加減してあげたんだからね?」

不機嫌に言うと、エイベルは顔を覆ったまま頷いた。

「ああ。そうだろうな」
「次は酷いから」
「分かった。楽しみにしておく」
「楽しみにするものじゃないから!」

言い合っていると、コンコンと扉がノックされた。セバスがやってきたのだ。
エイベルはさすがに目が覚めたのだろう。ベッドの上に身を起こして、叩かれるドアと時計を見てため息をついている。
一応起こすことはできたから成功と言っていいだろうが、毎朝この調子ではさすがに大変だ。
レイは簡単に請け負ったことを少しだけ後悔しつつ、まだ眠たげな背中に抱き着いた。


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