猫奴隷の日常

ハルカ

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エイベル 6

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コト とかすかな音を立てて執務室の机にコーヒーの入ったカップが置かれた。
同時に、苦く香ばしい香りが立ち上る。

エイベルは足を組み替え、それに指を引っかけて持ち上げた。

「いつまで待たせておくおつもりですか?」
「お前こそ、急かすつもりならなぜコーヒーなど淹れるんだ」
「いつ私が急かせました?」

しれっと答えるセバスに、エイベルは肩を竦めてカップに口をつけた。

気候的には過ごしやすい季節がやって来ていたが、その代わりとでも言うかのようにここ数日は雨が続いていた。
雨は嫌いではないが、こう何日も続くとうっとうしい。
今応接間に押しかけてきている連中とどちらがうっとうしいか。

「いい勝負だな」
「何がです?」
「なんでもない。さっさと片づけてしまうか」

エイベルはコーヒーの入ったカップをソーサーに戻してから立ち上がった。

「今日は何だと思う」
「さあ。私のような者には分かりかねます」
「そろそろ連中も飽きる頃ではないのか」
「ああいう手合いは飽きたりしないものです。こちらが根を上げるのを待っているのですから」
「もっと他に生かす場所がありそうなものだがな」
「彼らの粘り強さには時に関心致しますね」

お手上げだと言うようにセバスが言う。
エイベルはセバスに先導させて廊下を歩き、エントランスにやってきたところで足を止めた。エントランスの大階段の丁度真ん中あたりにレイが座ってこちらに背中を向けている。

「何をしている?」
「エイベル!」

声をかけると、レイは笑顔で振り返った。座っていた階段から身軽に立ち上がり、エイベルの元までやって来る。

「さっき誰か来たでしょ」
「ああ」
「誰が来たの?」
「気になるのか?」
「気になるっていうか、お客さんが来るの珍しいから。見物に来た」

言いながらイタズラっぽく笑う。エイベルは冬の間にすっかり白くなったレイの手を取った。

「無能な領主でも演じてみるか」
「え?」
「・・・エイベル様」
「いつも同じでは連中も飽きるだろう」
「飽きているのはあなた様の方でしょう」
「なになに?」
「お前にも会わせてやろう。なかなか愉快な連中だからな」
「え、僕も行くの?」

いいのか、というようにレイがセバスを見る。セバスはその視線に苦笑で答えた。

「レイ、悪いのですが主様に付き合って差し上げてください」
「僕はいいけど・・・」

セバスが先に応接間に入っていく。エイベルは、自分が黙っていれば相手に威圧感を与えることを重々承知している。普段は相手によってその与える度合いを考えて接するようにしている。しかし今日のところは手加減する必要もないだろう。
エイベルはせいぜい相手に自分の不機嫌さが伝わるように表情を消してソファに座った。
ただし、横には借りて来た猫のように大人しくしているレイを座らせた。

「セヴェニー様、この度はお会いいただき、・・・」

深く頭を下げていた相手が顔を上げてエイベルを見、それから横に座るレイを見て言葉を切った。

「要件は手短にしてくれ」

相手の戸惑いを無視し、身じろぎしようとするレイの腰に腕を回して薄い腹の肉を掴む。レイは何かを察したように動きをぴたりと止めた。代わりに睨んでいる気配がする。

対面に座った相手は気を取り直すように何度か空ゼキをした。

「考えていただけたでしょうか」
「何の話だったかな」
「ご冗談を・・・」
「似たような主張が多くてな。いちいち覚えていられない」

男は真意を探るようにエイベルを見、それからまたレイを見た。

「ぜひとも我々の活動に賛同していただきたいのです」
「俺は一応これでも領主だからな。一つの組織にのみ肩入れすることはできない。それにさっきも言ったように俺は忙しい」

全く忙しくもなさそうに、腰に回していた手でレイの髪を撫でる。
そうしながら、エイベルは応接間に集った四人の男女の顔を順に眺めた。エイベルの正面に座る男が四人の中で一番年長で、リーダー格の人物だと思われた。
何度か会っているが、名前は知らない。恐らく初めに名乗られたはずだったが、忘れてしまった。奴らの言う「活動」も聞いたはずだったが、記憶の中にそれらしきものはない。

こういう手合いはたまにやって来る。
日照りが続けば雨を降らせろ、豪雨になれば反対に止ませろ、そういうものならばまだかわいい方だ。しかしエイベルとて天変地異を操れるわけではない。被害が出ないように尽力することはできても。そういう連中は具体的な支援方法を説いてやれば一応納得して帰っていく。
厄介なのはそれ以外の連中だ。
自分たちの組織に力を貸してくれだの、対立する組織が街の害になっているから壊滅させてほしいだの。詳しく聞いていくと段々煙に巻くような思想の話になっていく。結局は自分たちの利益のためであって、街の害になるという話に根拠などないのだ。
酷いものでは、自分たちの師事する指導者が死んでしまったので生き返らせてほしいというものまであった。そんなことを言い出す自分たちこそ危険な思想を持っていることに気づいていないのか。

エイベルの魔法を万能の力のように錯覚して利用しようとする連中。確かに力を使えばそんな組織の一つや二つ壊滅させることはできるだろう。
だからこそエイベルは一つの思想に染まることはできない。
今来ている連中が主張している「活動」も、そんな後者の内の一つのはずだった。

「そんなにお忙しいんですか。街をより良くすることよりも?」

エイベルは沈黙を破って口を開いた正面の男に視線を戻し、口元にわずかに笑みを乗せた。

「かわいい猫を手に入れたのでな。それに、お前たちに街の発展を心配してもらう必要はない」
「発展さえすれば犯罪者が蔓延っても構わないと言うのですか!」
「そんな者がいるならリストにして出しておけ。吟味させる」
「奴らは巧妙なのです。しっぽを掴ませない」
「お前、名はなんという?」
「っ・・・ グレアムです」
「この間来た奴らにもリストを出させたからな。ひょっとしたらそちらにはお前の名が書かれているかもしれないな。どうだ?セバス」
「ええ。確かにそのようにお見受けしました。残念ながら調査結果はまだ上がってきておりませんが」
「!」
「そういうわけだ、グレアム。そちらの組織ばかりを優遇してやるわけにはいかないが、リストぐらいは受け取ろう」

それ以上はないと断じた口調で言う。今日はこれで引き下がるだろうが、しばらくすればまたやって来るだろう。奴らの粘り強さがこのくらいでへこたれないことはもう分かっている。

「セバス。お客様はお帰りだ」
「セヴェニー様!」
「お帰りはこちらです」

完璧な笑みを浮かべたセバスが、応接間の扉を開ける。わずかに抵抗の意思を見せていた四人は、廊下に控えていたらしい最近入った使用人に少々強引に引っ張られて出て行った。
応接間に残ったのは、エイベルとレイだけだ。

「僕、いなくても良かったよね?」
「そうでもない」
「嘘」
「あいつらと話していると手触りがいいものが時々ほしくなるんだ」
「なにそれ。人を甘いものみたいに」

不満そうに膨らむレイの頬をエイベルは撫でた。
レイにも出会わず膿んだような日々を過ごしていれば、自分はいつか力を持て余していただろう。その発露がどこへ向くのかは分からないが、よく顔を見せる一つの組織の耳障りのいい言葉に傾倒していってもおかしくはない。

「お前は俺の傍にいればいいんだ」
「またそれ」

本当にそう思っているのだが、どうやらレイは不満らしい。
これから似た連中が来たときはレイを膝に乗せておくのも手かもしれない。レイは嫌がるだろうが、そうすれば自分は道を見失わずにすむ。

「んぎゃっ!」

不意打ちで耳を噛むと、全く色気のない悲鳴を上げた。

「いきなり何」
「甘そうだと思ってな」
「甘いわけないでしょ」

レイはまた不満そうな顔になる。エイベルはそんなレイを腕の中に閉じ込めた。



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