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新しい日常 9
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「なんだぁ・・・?」
カイが、レイとルカを守るように手を広げて後ろに下がらせる。
ざわざわと浮足立つ会場の中央の方で、誰かが争う声が聞こえてきていた。
レイはルカを抱きしめ、人々の頭の間からその現場となっている場所に目をやった。しかし、人々が壁のように立ちふさがっていて何もうかがい知ることはできない。
「何があったのかな?」
「分かんねーけど、じっとしてろよ」
威嚇する声ともみ合うような音がしばらく続き、周りを囲んでいた人垣の向こう側が割れた。その割れた人垣を、フェリクスの金髪が通り抜けていくのが見える。腕には何者かを抱えているのもちらりと見えた。
「何やってんだ?あのヤローは」
同じように見咎めたカイが、眉をしかめて言う。
ようやく集まっていた人々が眉を寄せながら場を離れていき、見通しが効き始める。その中を、サヤがこちらに歩いてくるのが見えた。
「サヤ!」
「レイ、ここにいたの」
「大丈夫だった?なにかあったの?」
聞くと、サヤは首を横に振った。
「分からないわ。私はフェリクスと一緒にいたんだけど、急にあの男に突っ込んでいっちゃたんたんだもの」
「急に?」
「ええ」
「わけわかんねーな」
「どうしようか?」
「とりあえず、行ってみよーぜ」
カイが、フェリクスが消えていったドアを指さして言う。確かに、会場の雰囲気は先ほどの騒ぎに引っ張られるようにまだ落ち着かない。ルカが怯えたようにレイの手を強く握っているのも気になった。
四人で連れ立って廊下に出る。静かな廊下を見渡すと、フェリクスが、初め主催者として挨拶していた男と二人で立っているのが見えた。
「フェリクス!」
カイが声をかけると、フェリクスはこちらを振り返った。
「カイさん!申し訳ないっす。せっかく来てもらったのに、今日はもうお開きになりそうっす」
「こんな騒ぎがあってはね」
主催者の男が困ったように言う。確かに、さっきのような騒ぎがあった後で、「さあ、お見合いを続けてください」などと言ってもそんな気分になれる者はいないだろう。
「ンなことより、騒いでた男はどーしたんだよ」
「逃げられちゃったっす」
廊下を歩き、フェリクス達と合流する。その顔を見上げて、レイは驚いた。フェリクスの頭からぽたぽたと血が滴り落ちていたのだ。シャツの肩に、その滴り落ちた赤いものがシミを作っていっている。
「フェリクス、血が出てるよ!」
「あ~、ちょっと鈍器で殴られちゃったっす。でも大丈夫っすよ。頭はちょっとのケガでも血が出やすいんす」
なんでもなさそうに笑うフェリクスに、レイは腹が立った。
「ちゃんと押さえとかないとダメだよ」
ハンカチを出して、フェリクスの金髪をかき分けて傷口を押さえる。傷口からもう新しい血は流れていなかった。レイはハンカチをフェリクスに渡してから足元のルカを見た。
「ルカ、びっくりさせちゃった・・・ ルカ?」
ここにきて始めて、ルカがフェリクスを見上げたまま真っ青な顔をしていることに気づいた。
「ルカ・・・」
次の瞬間、絹を裂くような悲鳴がルカの口から迸った。ガタガタ震え始める体を、とっさに抱きしめる。レイの腕の中でルカは三度ほど叫んだ後、力を失くしたようにぐったりと動かなくなった。
「ねえ、カイ」
「んー?」
会場から帰る馬車の中、レイは膝に眠るルカの頭を乗せて、その柔らかい髪を撫でていた。
「ルカのお母さんって今どこにいるのかな?」
カイは、そう言うレイの横顔をちらりと見た。
「さーな。案外逃げ延びてどっかでピンピンしてたりしてな。で、ルカを探してるかもしんねー」
「そうね。ルカに魔力があるくらいだもの。お母さんにもあるのかもしれないわ。それで族をやっつけちゃってたり」
「どっちにしろよー、考えすぎんなよ、レイ」
「うん」
頷いてから、窓の外を眺める。まだ夕方というにも早い時間だった。ルカはよく眠っていて、うなされている様子もない。そのことに少しだけほっとして、レイはつられるように目を閉じた。
それからどのくらいの時間が経ったのか。走っていた馬車が止まった。屋敷に到着したのかと窓の外を見る。しかしそこに、見覚えのある風景は見当たらなかった。
「ここ、どこ?」
不安になって誰にともなく問いかける。
窓から前方を見ていたカイが、真顔でこちらを振り返った。
「なんかヤベー予感がするな」
「ヤバい予感って何」
「ヤベー予感はヤベー予感だよ」
ガッと馬車の扉が外側から開かれる。現れたのは頭に傷を負った男で、男は馬車の中にいる面々を見るとニヤリと笑った。
その笑いを見たレイたちは、思わずお互いの顔を見合った。
カイが、レイとルカを守るように手を広げて後ろに下がらせる。
ざわざわと浮足立つ会場の中央の方で、誰かが争う声が聞こえてきていた。
レイはルカを抱きしめ、人々の頭の間からその現場となっている場所に目をやった。しかし、人々が壁のように立ちふさがっていて何もうかがい知ることはできない。
「何があったのかな?」
「分かんねーけど、じっとしてろよ」
威嚇する声ともみ合うような音がしばらく続き、周りを囲んでいた人垣の向こう側が割れた。その割れた人垣を、フェリクスの金髪が通り抜けていくのが見える。腕には何者かを抱えているのもちらりと見えた。
「何やってんだ?あのヤローは」
同じように見咎めたカイが、眉をしかめて言う。
ようやく集まっていた人々が眉を寄せながら場を離れていき、見通しが効き始める。その中を、サヤがこちらに歩いてくるのが見えた。
「サヤ!」
「レイ、ここにいたの」
「大丈夫だった?なにかあったの?」
聞くと、サヤは首を横に振った。
「分からないわ。私はフェリクスと一緒にいたんだけど、急にあの男に突っ込んでいっちゃたんたんだもの」
「急に?」
「ええ」
「わけわかんねーな」
「どうしようか?」
「とりあえず、行ってみよーぜ」
カイが、フェリクスが消えていったドアを指さして言う。確かに、会場の雰囲気は先ほどの騒ぎに引っ張られるようにまだ落ち着かない。ルカが怯えたようにレイの手を強く握っているのも気になった。
四人で連れ立って廊下に出る。静かな廊下を見渡すと、フェリクスが、初め主催者として挨拶していた男と二人で立っているのが見えた。
「フェリクス!」
カイが声をかけると、フェリクスはこちらを振り返った。
「カイさん!申し訳ないっす。せっかく来てもらったのに、今日はもうお開きになりそうっす」
「こんな騒ぎがあってはね」
主催者の男が困ったように言う。確かに、さっきのような騒ぎがあった後で、「さあ、お見合いを続けてください」などと言ってもそんな気分になれる者はいないだろう。
「ンなことより、騒いでた男はどーしたんだよ」
「逃げられちゃったっす」
廊下を歩き、フェリクス達と合流する。その顔を見上げて、レイは驚いた。フェリクスの頭からぽたぽたと血が滴り落ちていたのだ。シャツの肩に、その滴り落ちた赤いものがシミを作っていっている。
「フェリクス、血が出てるよ!」
「あ~、ちょっと鈍器で殴られちゃったっす。でも大丈夫っすよ。頭はちょっとのケガでも血が出やすいんす」
なんでもなさそうに笑うフェリクスに、レイは腹が立った。
「ちゃんと押さえとかないとダメだよ」
ハンカチを出して、フェリクスの金髪をかき分けて傷口を押さえる。傷口からもう新しい血は流れていなかった。レイはハンカチをフェリクスに渡してから足元のルカを見た。
「ルカ、びっくりさせちゃった・・・ ルカ?」
ここにきて始めて、ルカがフェリクスを見上げたまま真っ青な顔をしていることに気づいた。
「ルカ・・・」
次の瞬間、絹を裂くような悲鳴がルカの口から迸った。ガタガタ震え始める体を、とっさに抱きしめる。レイの腕の中でルカは三度ほど叫んだ後、力を失くしたようにぐったりと動かなくなった。
「ねえ、カイ」
「んー?」
会場から帰る馬車の中、レイは膝に眠るルカの頭を乗せて、その柔らかい髪を撫でていた。
「ルカのお母さんって今どこにいるのかな?」
カイは、そう言うレイの横顔をちらりと見た。
「さーな。案外逃げ延びてどっかでピンピンしてたりしてな。で、ルカを探してるかもしんねー」
「そうね。ルカに魔力があるくらいだもの。お母さんにもあるのかもしれないわ。それで族をやっつけちゃってたり」
「どっちにしろよー、考えすぎんなよ、レイ」
「うん」
頷いてから、窓の外を眺める。まだ夕方というにも早い時間だった。ルカはよく眠っていて、うなされている様子もない。そのことに少しだけほっとして、レイはつられるように目を閉じた。
それからどのくらいの時間が経ったのか。走っていた馬車が止まった。屋敷に到着したのかと窓の外を見る。しかしそこに、見覚えのある風景は見当たらなかった。
「ここ、どこ?」
不安になって誰にともなく問いかける。
窓から前方を見ていたカイが、真顔でこちらを振り返った。
「なんかヤベー予感がするな」
「ヤバい予感って何」
「ヤベー予感はヤベー予感だよ」
ガッと馬車の扉が外側から開かれる。現れたのは頭に傷を負った男で、男は馬車の中にいる面々を見るとニヤリと笑った。
その笑いを見たレイたちは、思わずお互いの顔を見合った。
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