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レイ 22
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「奴隷がこんなところに一人で何をしているんだ?」
クラークがバルコニーに足を一歩踏み入れる。出口はクラークの体の向こう側にある。
失敗した。ここはあの、皆が優しいエイベルの屋敷ではないのだ。奴隷が自由に出歩いていい場所ではない。
「奴隷に勝手に動き回られると困るんだよね」
「申し訳ありません」
「ウチで飼ってる奴隷たちは、ちゃんと主人の前では這いつくばって顔なんか上げたことないよ」
「・・・」
つかつかと歩いてきたクラークの手が、無造作にレイの顔を上げさせる。
「でも本当、確かに奴隷にしておくにはもったいないな」
レイは、クラークの目を見返しそうになって慌てて視線を逸らせた。
とっさに、アーティに傀儡にかけられた時のことを思い出していた。
クラークは人間で、貴族で、エイベルの弟だ。傀儡でなくとも、何かの魔法をかけられる可能性もある。
目を見るのは危険だ。
瞼を伏せて、恐怖から身を震わせるレイを、クラークはしばらく観察するように見ていた。
「君を手に入れたら、兄上はどんな顔をするのかな」
「・・・どうしてエイベルをそんなに嫌うんですか」
「奴隷が主人を呼び捨てか?」
クラークがおかしそうに笑う。
怖い。頬を撫でる指の感触に寒気がする。
「どうして兄上を嫌うかって?教えてやるからこっちに、・・・っ!?」
「っ!」
レイの手を掴んで引こうとしたクラークが、突然黙り込んだ。
頬にあてられたままだった手が跳ね上がり、クラークの体が不自然に後ろに下がる。まるで首を掴まれて引っ張られたような動きだった。驚いてクラークを見るが、その後ろには誰もいない。
突然のことに呆然と見守るしかないレイの肩が、後ろから叩かれる。振り返るとエイベルが立っていた。
「エイベル!」
「どうかしたのか?」
「クラーク、様が突然苦しみだして・・・」
死にそうな顔色をしているクラークを指さすと、エイベルは腕を組んでしげしげとクラークを見た。それからなぜか笑顔になる。
「何か、手助けが必要か?」
クラークは青い顔をしたまま、ぶんぶんと首を横に振った。
「手助けは必要ないそうだ」
「え、でも真っ青だよ?死んじゃうんじゃ・・・」
クラークを見ると、さっきよりも激しく首を横に振った。
「クラークもそう言ってる。第一、どうしてこんなところにいる。部屋にいろと言っただろう」
「そうだけど、・・・何か魔法使ったの?」
クラークを振り返る。もう喉は押さえていなかったが、顔は真っ青のままだ。
「そうだ、レイ。一つ教えておいてやろう。セヴェニー家の人間は元々魔力の高い者が多いが、こいつはろくな魔法が使えない。だから目を見ても何かかけられる心配はない」
「やっぱり見てたんじゃない」
だったらもっと早く助けに来てくれても良かったのに。
詰め寄られる恐怖を思い出し涙目になるレイの背中を、エイベルが撫でる。
「そう怒るな。これでも最短で助けた」
背中を撫でていたエイベルの手が、レイの手を握る。
そういえば、レイが見た時エイベルはアドルファスと共にいた。あの後すぐに部屋に戻ったとして、レイがいないことに気づいて急いで探してくれたに違いない。
「クラーク様、あのままほっといていいの?」
レイの手を引いてバルコニーを出ようとするエイベルの背中に話しかける。クラークは顔を青ざめさせながらもエイベルの背中を睨んでいる。
「放っておけ。どうせ一人では何もできない」
「でも・・・」
怨嗟のこもった瞳に怯んでいると、腕を強く引かれた。
「そんなことより早く来い。勝手に部屋を出たお仕置きをしてやる」
「えーーっ!! やだよ!今日帰れなくなっちゃうよ!」
「それもそうだな。なら帰ってから覚悟しておけよ」
「わ、分かった。でも、できれば優しくして、いっぱいしてほしいんだけど」
見上げた先でエイベルが頭痛を覚えたように額を押さえる。
「・・・あと何日か滞在をのばすか」
「え!?やだよ!早くみんなに会いたい。それに、早く帰らないと何か起っちゃうかもしれないよ?」
「たった十日空けたぐらいで何も起こるわけがないだろう」
「そうだけど」
むくれたレイの頭をエイベルが撫でる。
「冗談だ。行くぞ」
「うん」
手を引かれて歩き出す。
エイベルが傍にいるだけで、さっきまでレイを支配していた恐怖も不安もあっという間に吹き飛んでしまった。
やはりエイベルの横以外レイのいる場所はない。
だからこれが、レイの日常だ。
ーーーーーーーー
読んでいただき、ありがとうございます!
書きたいところまでは書いたので、後日談は上げるつもりですが不定期になると思います
よかったらまたのぞいてみてください!
ハルカ
クラークがバルコニーに足を一歩踏み入れる。出口はクラークの体の向こう側にある。
失敗した。ここはあの、皆が優しいエイベルの屋敷ではないのだ。奴隷が自由に出歩いていい場所ではない。
「奴隷に勝手に動き回られると困るんだよね」
「申し訳ありません」
「ウチで飼ってる奴隷たちは、ちゃんと主人の前では這いつくばって顔なんか上げたことないよ」
「・・・」
つかつかと歩いてきたクラークの手が、無造作にレイの顔を上げさせる。
「でも本当、確かに奴隷にしておくにはもったいないな」
レイは、クラークの目を見返しそうになって慌てて視線を逸らせた。
とっさに、アーティに傀儡にかけられた時のことを思い出していた。
クラークは人間で、貴族で、エイベルの弟だ。傀儡でなくとも、何かの魔法をかけられる可能性もある。
目を見るのは危険だ。
瞼を伏せて、恐怖から身を震わせるレイを、クラークはしばらく観察するように見ていた。
「君を手に入れたら、兄上はどんな顔をするのかな」
「・・・どうしてエイベルをそんなに嫌うんですか」
「奴隷が主人を呼び捨てか?」
クラークがおかしそうに笑う。
怖い。頬を撫でる指の感触に寒気がする。
「どうして兄上を嫌うかって?教えてやるからこっちに、・・・っ!?」
「っ!」
レイの手を掴んで引こうとしたクラークが、突然黙り込んだ。
頬にあてられたままだった手が跳ね上がり、クラークの体が不自然に後ろに下がる。まるで首を掴まれて引っ張られたような動きだった。驚いてクラークを見るが、その後ろには誰もいない。
突然のことに呆然と見守るしかないレイの肩が、後ろから叩かれる。振り返るとエイベルが立っていた。
「エイベル!」
「どうかしたのか?」
「クラーク、様が突然苦しみだして・・・」
死にそうな顔色をしているクラークを指さすと、エイベルは腕を組んでしげしげとクラークを見た。それからなぜか笑顔になる。
「何か、手助けが必要か?」
クラークは青い顔をしたまま、ぶんぶんと首を横に振った。
「手助けは必要ないそうだ」
「え、でも真っ青だよ?死んじゃうんじゃ・・・」
クラークを見ると、さっきよりも激しく首を横に振った。
「クラークもそう言ってる。第一、どうしてこんなところにいる。部屋にいろと言っただろう」
「そうだけど、・・・何か魔法使ったの?」
クラークを振り返る。もう喉は押さえていなかったが、顔は真っ青のままだ。
「そうだ、レイ。一つ教えておいてやろう。セヴェニー家の人間は元々魔力の高い者が多いが、こいつはろくな魔法が使えない。だから目を見ても何かかけられる心配はない」
「やっぱり見てたんじゃない」
だったらもっと早く助けに来てくれても良かったのに。
詰め寄られる恐怖を思い出し涙目になるレイの背中を、エイベルが撫でる。
「そう怒るな。これでも最短で助けた」
背中を撫でていたエイベルの手が、レイの手を握る。
そういえば、レイが見た時エイベルはアドルファスと共にいた。あの後すぐに部屋に戻ったとして、レイがいないことに気づいて急いで探してくれたに違いない。
「クラーク様、あのままほっといていいの?」
レイの手を引いてバルコニーを出ようとするエイベルの背中に話しかける。クラークは顔を青ざめさせながらもエイベルの背中を睨んでいる。
「放っておけ。どうせ一人では何もできない」
「でも・・・」
怨嗟のこもった瞳に怯んでいると、腕を強く引かれた。
「そんなことより早く来い。勝手に部屋を出たお仕置きをしてやる」
「えーーっ!! やだよ!今日帰れなくなっちゃうよ!」
「それもそうだな。なら帰ってから覚悟しておけよ」
「わ、分かった。でも、できれば優しくして、いっぱいしてほしいんだけど」
見上げた先でエイベルが頭痛を覚えたように額を押さえる。
「・・・あと何日か滞在をのばすか」
「え!?やだよ!早くみんなに会いたい。それに、早く帰らないと何か起っちゃうかもしれないよ?」
「たった十日空けたぐらいで何も起こるわけがないだろう」
「そうだけど」
むくれたレイの頭をエイベルが撫でる。
「冗談だ。行くぞ」
「うん」
手を引かれて歩き出す。
エイベルが傍にいるだけで、さっきまでレイを支配していた恐怖も不安もあっという間に吹き飛んでしまった。
やはりエイベルの横以外レイのいる場所はない。
だからこれが、レイの日常だ。
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書きたいところまでは書いたので、後日談は上げるつもりですが不定期になると思います
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