オレのいる暗闇の世界

ハルカ

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「ヒューゴ、オレを街に連れて行ってくれないか」

黙々と食事をとり終えたところで、オレはそう切り出していた。

いくら考えた所で、なにが一番安全で確実な方法だったかなど、後になってみなければ分からない。
もしも侵入者Xがヒューゴならば、オレがいくら隙をついてここを出ようとしてもおそらく無駄だろう。監視されていると考えた方がいい。
むしろ追われる可能性に怯えながら森を抜けることの方がオレには怖い。

ヒューゴが侵入者Xでなければ無事に街に辿り着くだろうし、そうでなければ、ここで漫然と暴挙を受け入れている生活と何が変わる?
兄と会っていたことを知られているとして、例え会話は聞こえなかったとしても、いずれまたやって来ることは分かっただろう。
期限は切られたのだ。

「・・・いいですよ」

ヒューゴがそう言うのに、オレはひとまずほっとした。
拒絶される可能性も考えていた。ヒューゴは街の医者にかかることすら嫌がっていたのだ。なにか、街に行きたくない事情でもあるのかもしれない。
浮かんだその考えをオレは頭を振って追い払った。そんなことを考えていてはなにもできなくなる。

「いつ出発しますか?」
「早い方がいい」
「明日?」
「今日」
「今日?」

ヒューゴがどんな表情をしているかは分からない。しかしオレはその戸惑いを含んだ声に気づかないフリをして頷いた。

オレはもう、次の夜が来ることが怖い。





旅支度をし、昼過ぎにはヒューゴと二人で小屋を出た。
まだ森に入ったばかりだというのに、気分は少し軽い。
なにも解決などしていないというのに、なににせよ行動を起こしたということが、精神的な負担を軽くしているのかもしれない。

白木の杖をつきながら、ヒューゴの足音を追いかけて歩く。
順調にいけば、今日の夕刻には街へ着くはずだった。

「ここから少し下りになります。・・・アシル、聞いてもいいですか?」
「ああ」

杖を持たない方の手にヒューゴの手が触れる。オレはそれを首を横に振ることで断った。
この程度の傾斜ならば介助の必要はない。
意思が伝わったのだろう。ヒューゴはすぐに出した手をひっこめた。

「なぜ突然街へ行く気に?」
「・・・母が病気なんだ」
「そうだったんですか」
「見舞いに行きたい」

行ったとて、オレに何ができるわけでもない。母の顔を見、顔色から病状を知ることもできない。本当かどうかも分からない「元気にしてるわよ」という言葉を聞いて終わりだ。
母も、目が見えず自分のことだけで精いっぱいの息子に弱音は吐くまい。
しかし、今回の訪問は母の病状を知ることが目的ではない。

それきりヒューゴは黙ってしまった。オレにも無駄口を叩く余裕はなかった。目が見えなくなってしまってからは自然行動範囲も狭くなり、体力が落ちている。足元の悪い森の中をただただ歩くだけでも息が上がった。


どのくらい歩いたのか。
「休憩にしましょうか」とヒューゴが言い、立ち止まった気配がした。

「アシル、ここに座れそうな切り株があります」
「ありがとう」

手探りでヒューゴの言う場所に座り、オレは持ってきたぬるい水を飲んだ。
深呼吸して森の空気を体に取り入れながら、意識の手を苔むした地面に伸ばす。森の気配が濃い。自分が今深い森のどの位置にいるのか、正確な場所までは分からない。だが恐らく、街へのルートは外れていない。
全く別の場所へ誘導されていく危険も想定していたが、今のところそんな様子はない。
順調だ。
少し順調すぎるくらいだ。

「アシル」

すぐ目の前でヒューゴの声がした。
近くにいるとは感じていたが、それが思ったよりも至近距離から聞こえたことにオレは小さく息を飲んだ。
声が発された位置からいって、おそらくヒューゴはオレの目の前に膝をついて目線を合わせている。
少し息苦しさを感じた。

「なんだ?」

緊張を悟られないように、オレは意識してゆっくり声を出した。

そんなオレにヒューゴは「話しが、あるんです」と区切るようにして言った。
朝言いかけたまま、うやむやになっていた話だ。オレは警戒したまま頷いた。

「その前に一つ謝らなければならないことがあって」
「謝る?」
「記憶を失っているというのは嘘です」
「・・・」

驚いたと同時に、やはりな、という気もした。
オレは今まで記憶を失ったという者に会ったことはない。だから、そういう人たちがどういう感情を抱き、その後の行動をとるのかオレには分からない。だが、ヒューゴはどう考えても落ち着きすぎている。
医者にかかる気すらない。

「それで?」
「怒らないんですか」
「・・・」

怒る気持ちなど湧いてこなかった。
そんなことよりも。
オレはヒューゴの顔があるであろう位置を見つめた。
なぜそれを告白する気になったか。その方が重要だろう。

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