オレのいる暗闇の世界

ハルカ

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リビングはしんと静まり返っていた。
寝過ごした感覚がある。時計の頭を叩くと、午前十時を過ぎていた。
とっくに朝食をとる時間は過ぎていたが、ヒューゴの気配はどこにも感じられない。

オレはまとまらない頭のまま手探りでソファに座った。そしてため息をつく。
昨夜の出来事は一体何だったのか。

あのままオレは眠ってしまったのだろう。起きたのはついさっきだった。オレは暗闇に辟易しながら昨夜の痕跡を探り、床に投げ捨てられた罠を見つけていた。ぬるりと指に触れた感触は、侵入者の指を傷つけた際に付着した血に間違いない。
それ以外の痕跡は確認できなかった。着衣の乱れも、汚れたはずの跡すら。
罠の存在がなければ、あたかも昨夜の出来事が全て、恐怖が見せた夢であったようにすら感じられる。しかし、もちろんそんなはずはなかった。

オレは窓があるはずの方向へ顔を向け、その向こうにある植物達の気配を探った。
幸い天気もいい。このまま、ヒューゴの気配が消えている内に森を抜けるべきなのかもしれない。危険は承知だが、このままこの家にとどまって、顔の見えない男の侵入を許し続けることとどちらが危険なのか。

そう思い始めた時、玄関の方で物音がした。
ヒューゴが戻って来てしまったのか。しかしそうではないことにすぐ気が付いた。「アシル」と聞きなれた声で呼ばれ、オレは顔を上げた。

「兄ぃ!」

待っていた兄の訪れに、体から力が抜けた。
ソファから立ち上がって、兄がいると思われる方向に手を伸ばす。
こちらが動かずともやってきてくれた兄が、オレの伸ばした両肘を掴んだ。

「どうした?珍しく熱烈歓迎してくれるんだな」

兄が笑う気配がする。
オレは早速窮状を訴えようとし、思いとどまった。

ヒューゴは今どこにいるのか。外からやってきた兄が出会わなかったということは、庭にもいない。あるいは、出会わないように隠れた?

「兄ぃ、話があるんだ」
「なんだ?」
「誰にも聞かれたくない」
「俺たち以外ここには誰もいないだろう?」
「それが・・・」

森で拾った男と暮らしていて、その男に毎晩イタズラされている?自分が訴えようとしている内容に自分で怯む。沈黙をどう思ったのか、兄がオレの頭を撫でた。

「分かった。少し待ってろ」

兄の言葉と共に、体の周りで風が動いた。
兄の魔力は風と相性がいい。二人の周りの空気が兄の魔力に反応して、風を起こしている。オレはそれを肌で感じていたが、しばらくするとそれも収まった。

「これでいい。もう外には音は聞こえない」
「何をしたんだ?」

気配を探るが、先ほどとなんら変わったところはない。それとも、目で見れば変化が分かったのか。首を巡らせるオレの耳元に、兄の息がかかった。

「風を巡らせて防音の壁を作ったんだ」
「防音の、壁?」
「ああ。外からは何も聞こえないし、誰も入ってこられない」

噛み締めるように言った言葉がじわじわと身の内に降りてきて、頭の芯が冷えた。
兄は防音の密室を作ることができる。
だとしたら、ヒューゴを犯人とした説の、根本が揺らぐ。本当に聞こえていなかったとしたら?兄の作った密室のせいで。

「・・・どうしたんだ?アシル。様子がおかしい」
「あ、いつの間にこんなすごい魔法を使えるようになってたのかと思って」

少なくともオレは知らなかった。

「最近、使うことがあってな。急遽取得したんだ」
「・・・」

使うことがあった?密室を?そんなものが必要になるような事態とは、どのような状態なのか。例えば誰かを密室に閉じ込めて、外に聞かれては困る声を遮断するためではないのか。

「それで?アシルの誰にも聞かれたくない話とはなんだ?」

兄の手が肩に乗り、親指が頬をゆっくりと撫でる。
そうだ。ヒューゴを怪しいと思いながらも兄を容疑者から外せない理由。
この指の触れ方。少し強引で優しい触れ方が、侵入者Xの触り方と重なるのだ。
オレは手探りで兄の手に触れた。
右手。人差し指。
傷はない。

「・・・」
「アシル?」
「・・・あ、あの、昔、ここに住んでた人がいたよな?勝手に」
「そんな奴いたか?」
「いたよ。兄ぃも一緒に遊んでもらったじゃないか。そいつ、どうしたかと思って・・・」
「どうしてそんな不法侵入者のことを気にするんだ?アシル」
「そ、れは、大人になって考えてみると怪しいだろ?例の、オレたちを襲った犯人って可能性もあると思って」

とっさに出た言葉だったが、案外尤もらしく聞こえた。兄の雰囲気も、吟味するようなものになる。

「確かにな。それで、その犯人かもしれない奴が近くにいる可能性があるから、誰にも話を聞かれたくなかったと?」
「そ、そう」

筋は通っているはずだ。多少おかしくとも、今はヒューゴのことを兄には言えない。少なくともこんな精神状態では。

「だとしたら、やはりここは危ないな。一人でいる時にその犯人が現れたらどうする?」
「・・・」

そうだよな。結局結論としてはそうなる。
もしも。もしも兄が侵入者Xで、あの家に連れ帰られたら、オレはどうなる?もう逃げ場がない。
ゾク と体の芯に震えが走り、オレは体の脇に下ろした手を握りこんだ。

「分かった。家には戻るよ。でも、少しだけ待ってほしいんだ」
「待つって、いつまで?」
「次に兄ぃが来てくれる時には、一緒に森を出るよ」
「・・・」

兄が沈黙する。オレは兄の顔があるであろう辺りに視線を向けていた。それでも強硬に連れて帰ると言われれば、オレは従うしかない。しかし、兄は折れた。

「分かった。その時には一緒に帰ろう」

オレはほっとし、同時に決意した。
それまでには、侵入者Xを特定する。


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