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おそらく侵入者Xはヒューゴだ。
あれだけの物音が隣室から聞こえてきて、声の一つもかけないというのはおかしい。
ただ、オレを襲う動機は分からない。
それも当然で、オレはヒューゴのことは何も知らないのだ。その顔すらも。
森で族に追いかけられていて、殴られて記憶を失ったということしか。
それとて、本当のことを語っているとは限らない。嘘だとしても、オレには確かめようがない。
なんの娯楽もない森暮らしでの、ただの暇つぶしなのか。
昼間話をしていても、そんな悪ふざけをしそうな感じは全くない。
かと言って、声の印象だけでは決めつけられない。目の前で舌を出されていたとしても、オレにはそれが見えないのだ。
「おはようございます、アシル」
突然背後の近い位置から話しかけられ、オレの心臓は跳ねた。それを悟られないように何度か深呼吸する。
「おはよう、ヒューゴ」
「朝ごはん、用意しますね」
そう言って遠ざかっていくヒューゴの様子に、やはり昨日と変わったところはない。これでヒューゴが侵入者Xなのだとしたら、大した役者だという他ない。
窓から差し込む日差しは暖かい。今日も良く晴れているようだ。
オレは朝食が用意される音を聞きながら、今日すべきことを頭の中で考えた。
「それはなんですか?」
庭にしゃがみこんで植物を根っこごと抜いていたオレの元に、ヒューゴがやって来た。
「植物の根っこだ」
「何をするんです?」
「これを干してから炒るとコーヒーになるんだ」
「へえ!それも、『あの人』の教えですか」
「ああ」
オレはコーヒーが好きだ。
一日に三回は飲みたい。なので、残りが少なくなってくるとこうして庭から調達している。
ただこの植物の根っこから作るコーヒーにはカフェインが含まれていない。昨夜も、侵入者Xが来るかもしれないと思い出来る限り起きていた。しかし、睡魔に負けた。
ヒューゴが寝ていると思われる時間を狙って小屋を抜け出し街へ逃れる、という選択肢もあるが、夜の森は魔物の力が優勢になる。昼だろうが夜だろうがオレには同じ暗闇には違いない。しかしそこに潜む危険は段違いになる。
そんな場所を何時間も杖を持ち、方角を探りながら彷徨うのはゾッとしない。死にに行くようなものだ。
かと言ってこのまま放置すれば、図に乗っていくのは目に見えている。
やはり何らかの警告を与える必要はあるだろう。
「・・・どうすべきか」
「なにをですか?」
「・・・」
お前の奇行をだ。
一瞬、この場で断罪してしまうことを考える。しかし、今まで懐いた顔をしていた男が表情を失い襲い掛かってくる幻想に囚われ、結局オレは黙った。
「根っこを入れたカゴをどこへ置いたかな」
「ここにありますよ」
ジャリ、というカゴが地面を引きずる音がする。
その音の方へ手を伸ばし、指先に触れたカゴを両手で持ち上げた。
地面に感覚の手を伸ばし、小川がある方向を探る。
カゴを運んでその脇に置き、手探りで根を洗った。できるだけきれいに洗いたいが、目では確認できない。丁寧に凸凹に指を這わせながら、小川の流れで汚れを落としていく。
ヒューゴは何が楽しいのか、何も言わずにじっと見ている。
不思議だが、見られていると得も言われぬ圧を感じるのだ。
そんな圧を息苦しくなるくらいに感じて、オレはいつもよりもずっと手早く根を洗い終えた。
あれだけの物音が隣室から聞こえてきて、声の一つもかけないというのはおかしい。
ただ、オレを襲う動機は分からない。
それも当然で、オレはヒューゴのことは何も知らないのだ。その顔すらも。
森で族に追いかけられていて、殴られて記憶を失ったということしか。
それとて、本当のことを語っているとは限らない。嘘だとしても、オレには確かめようがない。
なんの娯楽もない森暮らしでの、ただの暇つぶしなのか。
昼間話をしていても、そんな悪ふざけをしそうな感じは全くない。
かと言って、声の印象だけでは決めつけられない。目の前で舌を出されていたとしても、オレにはそれが見えないのだ。
「おはようございます、アシル」
突然背後の近い位置から話しかけられ、オレの心臓は跳ねた。それを悟られないように何度か深呼吸する。
「おはよう、ヒューゴ」
「朝ごはん、用意しますね」
そう言って遠ざかっていくヒューゴの様子に、やはり昨日と変わったところはない。これでヒューゴが侵入者Xなのだとしたら、大した役者だという他ない。
窓から差し込む日差しは暖かい。今日も良く晴れているようだ。
オレは朝食が用意される音を聞きながら、今日すべきことを頭の中で考えた。
「それはなんですか?」
庭にしゃがみこんで植物を根っこごと抜いていたオレの元に、ヒューゴがやって来た。
「植物の根っこだ」
「何をするんです?」
「これを干してから炒るとコーヒーになるんだ」
「へえ!それも、『あの人』の教えですか」
「ああ」
オレはコーヒーが好きだ。
一日に三回は飲みたい。なので、残りが少なくなってくるとこうして庭から調達している。
ただこの植物の根っこから作るコーヒーにはカフェインが含まれていない。昨夜も、侵入者Xが来るかもしれないと思い出来る限り起きていた。しかし、睡魔に負けた。
ヒューゴが寝ていると思われる時間を狙って小屋を抜け出し街へ逃れる、という選択肢もあるが、夜の森は魔物の力が優勢になる。昼だろうが夜だろうがオレには同じ暗闇には違いない。しかしそこに潜む危険は段違いになる。
そんな場所を何時間も杖を持ち、方角を探りながら彷徨うのはゾッとしない。死にに行くようなものだ。
かと言ってこのまま放置すれば、図に乗っていくのは目に見えている。
やはり何らかの警告を与える必要はあるだろう。
「・・・どうすべきか」
「なにをですか?」
「・・・」
お前の奇行をだ。
一瞬、この場で断罪してしまうことを考える。しかし、今まで懐いた顔をしていた男が表情を失い襲い掛かってくる幻想に囚われ、結局オレは黙った。
「根っこを入れたカゴをどこへ置いたかな」
「ここにありますよ」
ジャリ、というカゴが地面を引きずる音がする。
その音の方へ手を伸ばし、指先に触れたカゴを両手で持ち上げた。
地面に感覚の手を伸ばし、小川がある方向を探る。
カゴを運んでその脇に置き、手探りで根を洗った。できるだけきれいに洗いたいが、目では確認できない。丁寧に凸凹に指を這わせながら、小川の流れで汚れを落としていく。
ヒューゴは何が楽しいのか、何も言わずにじっと見ている。
不思議だが、見られていると得も言われぬ圧を感じるのだ。
そんな圧を息苦しくなるくらいに感じて、オレはいつもよりもずっと手早く根を洗い終えた。
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