白と黒の館へ

主道 学

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不思議なドア

7話

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 僕は外へ出たら、グッテンの後を目の回る迷路を歩き回った。館の中の通路はやはり迷路だ。僕は天使の扉から更に奥へと行ったのだ。グッテンは迷路をまったく苦にしていないといった顔で、僕が一度も開けた時が無いドアを開けた。

 それは、薄いグリーンのドア。正面に薄いピンクのドアと並んでいる。ドアを開けながらグッテンは、
「薄いピンクのドアは食用動物園さ。金がないと入れない」
「幾ら位のお金が必要なの?」
 グッテンは僕を薄いグリーンのドアの中へ入れ、
「そうだな。60クレジット位かな……。多分……私は肉を食べないのさ」
「え、ハムや焼き肉も高いの?」
「そうさ、ハムも高級品さ。この館では高い。私はドアに閉じこもる本の虫で、仕事をしないから……給料を貰っていないけれど……。肉は食べたいとは思わない」
 グッテンはオールバックの頭を両手で撫で挙げる。

 食用栽培園。
 濃密な土の匂いがする広大な部屋は、例えると僕の通っていた小学校の体育館の3倍の大きさくらいだった。床も天井も壁も年季の入った焦げ茶色。

 中央に集まっている幾つかの水源の井戸があって、そこから地下水を汲むようだ。
 井戸は恐らく700年はそこにあるだろう。石作りの外観はボロボロになっていて、緑色の苔がびっしりと覆っていた。

 何の変哲もない床の所々に30cm四方の穴が均整に開いてあって、その中には野菜が顔を出していた。こっちにはキャベツ、あっちにはニンジン。あ、レタスやじゃがいももある。
 野菜の根っこは、当然のことに地下に生えている。
「ここが、食用栽培園。ここなら、無料で野菜が手に入るんだ。毎日、管理しているのはルージー夫妻さ。でも、今は昼飯休憩だから自分たちの部屋にいると思う」
 僕はまたルージーさんたちかと、嫌な気分になった。
 グッテンはそんな僕の顔を見て呟いた。

「ルージー夫妻は、ああ見えて優しい人たちなんだよ。ただ、館の亡霊に子供を三人もやられてしまって、もう子供は嫌いだと泣き叫んでいたところを見た時があるんだ」
「不幸のせいで、子共嫌いになったの?」
「ああ、心が弱いのさ……。自分たちの心で不幸を処理出来なくなったのだろう。だから、子供に八つ当たり。確か三番目の子が君くらいの年格好だったはず……。ああ見えて、かなりの寂しがり屋なのだよ……。あの夫妻は……。きっと、君と失った子供を重ねているんだろう」
 どうして、人間って死ぬのかな?
 心が急に寒くなって、ポツンとした薄暗い牢に入りそうだ。でも、僕は人の死をちょっと体験し過ぎたようだ。
 心では、もう人の死を受け入れる作業ができないんだ。頭で考えよう。心で受け入れるのは、おじいちゃん一人だけの死でたくさんだ。

「ねえ、グッテン。この館には当然、太陽がないよね。それなのに、どうして野菜が育つの」
 グッテンは下を俯きだし、しばらく記憶のページから太陽という名を探しだした。
「太陽。太陽……か。ふふふ……外館人か。太陽なんて知名度がまったく無いことを言われると混乱するよ。そうさ、この館には太陽がない。だから、作物は自然とあまり育たないかも知れない。けれど、ルージー夫妻の薬は特別なのさ」
「薬?」
「ああ」
 グッテンは床の野菜を……レタスを一つ、布袋を僕に渡し、両手で持ち思いっきり持ち上げる。
 ズボッと野菜が取れた。

 それは大きい瑞々しいレタスだった。
「いい薬を昔から持っているのさ。植物栄養剤だったかな?」
「お昼?」
「ああ。私はレタスが大好きだ。いつも昼食にレタスとパンを食べる。あ、そうそう。あそこにあるパンの小麦粉はここで無料で貰えるんだ。……その蜘蛛にも御馳走しようかな?食べるかい?」
 グッテンは遥か遠くの床を全面的に引っぺがしたところの小麦畑を指差し、レタスを僕の頭に張り付いている雲助へと一枚差し出す。
 雲助が僕の髪の毛の間に慌てて潜り込んだ。
「俺はレタス嫌いだ」
 雲助はレタスが嫌いというより、グッテンが苦手のようだった……。
 レタスを抱えたグッテンは、
「金がないからな……。薄いピンクの部屋も案内してやりたいが。しょうがないか。また今度、コルジンに案内してもらえばいい」
 僕はがっかりした。
 しかしすぐに、はっとした。

「そうだ。僕は今、60クレジットあるよ」
 グッテンはレタスの土を叩いて一枚剥き、口に放り込むと、
「それはいい。私も薄いピンクのドアを開けるのは初めてだ」
 僕とレタスをシャキシャキと食べるグッテンの二人は、隣の薄いピンクのドアに向かう。
 薄いピンクのドアはカギが掛っているみたいに立て付けが悪かった。
 二人で力を合わせると、ギイイ、と音を立てて何とか開いた。

「うわ」
 僕は開けた途端、むっとくる獣臭さに顔をしかめる。
「こんにちは」
 ドアを開けたグッテンは、獣臭さに顔をしかめて正面にある台に向かって言った。
「やあ。こんにちは」
 太陽があれば焦げ茶色が似合う色白の中年の男性だ。鬚面でライオンのような髪の毛で……まるで、子猫のように小さい僕を威圧しているようだ。でも、怖い気持ちなんてこれっぽっちもないけど!
「グッテン。お前がここに来るとは珍しいな。とうとう肉が食いたくなったのか?」
「違うよ……。私は肉が嫌いだ。このヨルダン君を館見学に連れているのさ。こちら食用動物園の管理人のマルコイさんだ。後一人、ホルサは?」
「こんにちは」
「ホルサは昼飯。おい、金はあるのか? ここに入ったら必ず金で肉を買う決まりだ」
 食用動物園。ここの大きさは小学校のグラウンドのやはり三倍の大きさ。床を全て引っぺがした大部屋で、幾つもの古ぼけた鉄製の檻に動物たちが土に足を付けている。動物といっても、豚や牛がメインだった。
 僕の知っている鹿や魚は、この館では食べられないのだろう。

 マルコイの乗っかっているレジのようなところの脇には、大きめの冷蔵庫が6つもある。冷蔵庫はそれぞれ地面から天井まで伸びていて、天井の方には見た事もない複雑な機械が取り付けてあった。冷蔵庫の中身は細かく区分けされたガラスに小さくカットされた肉が入っている。
 機械の正面に{メイド・イン・トーマス}と書かれてある。
 鳥肉もあるようで、かなり奥に鶏が数羽いるようだ。

 泥だらけの壁には檻の中の動物の値段が数行、書いてあった。牛は500クレジット、豚、400クレジット、鳥は少量、1200クレジット。豚は一切れだと60クレジットだった。
「大丈夫、お金はあるよ。あ、鳥だけとても高いんだね。どうして?」
 僕のお金では豚一切れだ。買おうかな?

「うーん、と。おやじの代からこの値段だからな……?要するに解らないんだよ。グッテン。解るか?」
 マルコイは髭をポリポリしだした。
「え?鳥が何故高いのかって。私も解らないんだよ。ここには初めて来たし、正直……肉は一度も食べた時がないから」
 グッテンはレタスをまた口に放り込み、興味がないといった顔をした。
 僕が思うに、鳥は空と関係しているからだろうか。でも、単に数が少ないからかも。
「しかし……。私が思うに動物のえさは野菜や草だが、鳥だと貴重な卵の殻だから……。だと思う。それに数が少ない。マルコイひょっとして、交配技術を忘れたのかい?」
「いや、そうじゃないと思うんだが、何故か俺たちの代になってから数が減ったな」
 そうか。鳥のえさが貴重なのは、僕も鷲を飼っているので知っていた。鷲には新鮮な生肉を小さいが数枚与えていたんだっけ。確かに育てるのが大変だ。
 その時、僕のお腹が鳴った。

「あ……。私だけ食べていたんだったな。悪い、ヨルダンくん。その布袋にはパンが入っているが……」
 グッテンはそう言うと、抱えているレタスを1枚剥がす。そして、徐に僕の口へとレタスを持って行った。布袋を開けようとした僕の口にはレタスが詰め込められる。
「むぐ。ちょっと待って!マルコイさん。僕、肉を買うよ」
 僕はズボンのポケットから60クレジット出す。
「毎度あり。じゃあ、この中から選んでくれ」
 そう言うと、マルコイは透明な幾つかのガラスを指差した。

 それは、豚一切れの段だ。
 僕はレタスを口いっぱいに噛みながら指差してから気が付いた。
「あ!」
 僕はハリーのショーと、ハリーの約束を思い出したが、時すでに遅く。
「この肉でいいんだな。ここで調理するかい金はいらないぜ」
 マルコイはガラスを一つ開けると、一切れの肉を取り出す。
 そして、レジの上のオーブンで約15分。丁寧に青い紙に包装してくれたが、僕は浮かない顔で、やってしまったの顔をしていた。

 顔が青くなりそうなのを、必死で堪えた。
 その後、再び迷路のような通路を心がしぼんだ僕とグッテンが歩く。
 館の迷路は僕の頭にはこの時も入らなかった。
「明日は図書館に案内しよう。後、ハリーのショーを見るのかい。その後でいいよ」
「ありがとう。グッテン」
 僕は今さっきほとんど自然の成り行きで、無くなった60クレジットに頭の大半を埋められていた。当然、上の空で聞いている。

「どうしよう……」
 浮かない顔をして、青い紙を破り肉をグッテンのくれたレタスに包む。主食はグッテンから渡されたルージー夫妻が作ってくれたパンが二つ。
 グッテンのレタス丸ごとと比べると、かなり豪勢な食事となった。
「なんだ、落ち込んでいるね。どうしたんだい?」
 グッテンは小さくなったレタスを、頬張りながら僕の顔を覗き込む。

「明日のハリーのショーに使うお金を、さっき使っちゃったんだ。僕って馬鹿だよね。」
「あ、御免。私も悪いなこれは……。あの部屋へと入る時は必ず肉をお金で買う決まりなのさ。……さっきの肉の時だね。私はお金を持っていないからな。残念だが貸してやれない。けれど、コルジンから借りるといい。私が言っておくよ」
 天使の扉に着くと、グッテンは俯いている僕をコルジンの前にとグイグイ引っ張って行った。中には昼食をおえて、再び仕事に戻ったコルジンたちがいた。大人たちはせっせと汗を掻きながら今日も一生懸命だ。
 グッテンは、コルジンたちのいる途方もなく巨大なガラスの前まで僕を引張り、


「コルジン悪いが……幾ら位なのだい?」
「……」
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