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人間性

45話

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 投手のノウハウが無言で投げてきた。
 そのボールは約130キロの球で、私たちが訓練をしたほどの球ではない。
 内角低めへストレートだ。
 島田は楽に打った。

「おーっと、塀の向こうへと消えるか!! 伸びる伸びる!!」
 解説の元谷が叫んだ。
「あ、これは。いけますね」
 永田が唸る。
 そのボールは塀を越えて観客席の誰かが取った。

 ホームランだ。

「やっほー!」
 ベンチに座っている私の隣から唯一私服の奈々川さんがメガホンで叫んだ。
「あ、でもこれからだよ。敵はあの矢多部と奈々川首相だし……」
 津田沼は慎重な声を発し戦慄した。
 私も知っているし、奈々川さんもそうだろう。けど、それでも私たちには得点は何より大切だった。
「ああ。次は俺だ。様子を見ながらだな」
 田場さんは赤いモヒカンをいきり立たせて、立ち上がる。


「へー。ちゃんと打てるんだね。これなら本気をだすか」
 矢多部は白衣に指示をだした。
 それは……。

「晴美も頑張っているようだね。けれど、B区の発展がどれほど大切なのかをまったく知らないのだからしょうがない。子供の頃に反抗期をしなかったからかな」
 奈々川首相は頬の脂肪に手を当てて考えだした。
「この試合が終われば考え方が変わると思いますよ。僕の父親の理想はそう簡単には想像できるものではないでしょうからね」
 矢多部の無機質な声に奈々川首相は微笑んで、
「君に出会えて本当に良かったよ。私はB区の発展が出来て、矢多部君は父親の理想が成せる。君が敵でなくてよかった……」


「180キロー!!」
 元谷がマイクに叫んだ。
「スピードガンが故障したわけじゃないですよね!」
 元谷の緊迫した声に、永田は震える声を発した。
「ええ。ここからでもその速さは実感出来ます。これは打てないですね。私たちはノウハウの性能を侮っていたのかも知れません」
 永田がふと、貴賓席へと目を向ける。
「ハイブラウシティ・B……。恐ろしいですね。私は単純に安いアンドロイドが私たちの労働を横取りしていくのだと思いましたが。この性能ではどんなに凄い人でも、いや、人間は退場してしまうでしょう」
「永田さん。私たちの生活は根本的に覆されてしまいますね……。一体、どうなるのでしょうか?」
「うーん。この試合は…………ただの試合じゃない……」
 永田は視線に嫌でも力が入った。


「そんな……」
 奈々川さんが青ざめた。
 勿論、ノウハウの性能にだ。
「人間では……勝てないのか……」
 私はバットを持ってバッターボックスにのろのろと歩き出す。
 途中、成す術なく三振した田場さんとすれ違いざまに、
「夜鶴くん。最初の一点をなんとしても奪われないようにするしかない。そうすれば、勝てる」
 田場さんは内心の悔しさを隠して言った。
 私は目を見開き投手のノウハウの持つグローブとボールを食い入るように見詰める。
 ノウハウがボールを投げた。
 内角低めへストレートだ。
 ボールが見えない……。

 私は三振した……。
「次は俺だな。さて、どうなるか?」
 山下はバットを持ちバッターボックスへと行く。
「山下さん。ボールを打とうとしないで下さい。見つめてください」
 奈々川さんが、作戦を伝える。
「確かに180キロで打てませんが、何かが見えるかも知れません……」
「解ったよ。お嬢様」
 山下は強い精神力によって、立っている。
 三球の間は彼は微動だにしなかった。


 守備の前に少しだが作戦を練った。
「遠山さん。あなたはストレート以外をなるべく投げてください。恐らくノウハウは確かに性能がいいですけど、変化球には弱いはずです」
 奈々川さんが作戦を手短に言った。
「はい。私、頑張ります」
 中国人のような話し方をする遠山。実は日本人だが……。
「それと、夜鶴さん。もし打たれても必ずセンターにボールを打つでしょう。その時は頑張ってください」
「解った。君の作戦は何でも正しい」
 私が武者震いをすると、
「ちくしょー、次は180キロでも打ってやるぜー!!」
 島田が吠えた。
「無理だ。180キロなんてプロ野球選手でも打てないどころか、誰も投げられないスピードだ。ここは、俺が何とかしてやる」
 田場さんは赤いモヒカンをいきり立たせ、両こぶしを打合せた。
 ベンチでの作戦は恐怖すら漂いそうな状況だが。けれど、私とみんなは黙っているが、島田が入れてくれた一点をどう守るかで勝負が決まるという希望を決して離さなかった。


「おーっと。これは凄い。素晴らしい変化球ですね」
 元谷がマイクを気にせずに言う。
「ええ。あの遠山は危険ですね。最初から変化球を投げるのは勇気がいるというのに、楽に投げていますから、以外と強い精神力の持ち主ですよ」
 遠山は初めから変化球を投げつける。奈々川さんの指示に恐ろしくシャープな変化球で答えていた。
 ノウハウは意志だとか心がないので、当然感情によるミスをしない。三振を振り続けていても甘いマスクが歪むことはない。けれど、矢多部たちは違う。
 遠山はフォークやカーブの変化球に速いストレートを混ぜ合わせてある。隠し球は、たまにボールが直進すると、見せかけて急にカーブになる。
 チェンジ・オブ・ペースだ。
 三週間の血の滲む努力の結果。奈々川さんと考えて生み出した球だ。
「これは、ただの草野球チームじゃないと言ったところですか」
 元谷は仕事中だが微笑んだ。
「ふふ。Aチームの……いや、A区の底力とは凄いものですね」


「へえ。ノウハウが打てないなんて」
 三階にある貴賓席で矢多部が関心した。ガラスにくっついている机にいる白衣の研究者に目を合わせる。
「変化球のデータは登録済みだったんですが、実戦用のプログラムを作るのは現場でしかできないと思われます」
 勤勉な研究者は口元をへの字に曲げた。
「うーん。晴美も夜鶴くんも必死だね。これならば楽しい野球観戦を過ごせそうだよ。結果が解らなくなって、本当に楽しい」 
 奈々川首相は頬の脂肪を人差し指で弾き、腕を組んだ。
「僕も楽しくなってきました。こんな気分は生まれて三回目くらいですよ。これなら、野球の知識をもっと勉強しておけば良かったな……」
 矢多部はその欠落した表情に嬉しいという感情が芽生えた。
「晴美は……多分。野球なんて知らないさ。きっと、漫画で覚えたんだろう」
 奈々川首相は笑い。


「それにしても、あの子は凄いな。ここまでやるとは……」
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