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人間性

42話

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「夜鶴さん。島田さん……弥生さん。本当にごめんなさい……。私の勝手に……。私……漫画の知識で野球を知っているの……」
 車中。

 離婚届けにサインをした晴美さんは涙を流しながら言った。
「いいのよ。うちの旦那も私も野球ならば知っているし、旦那は高校時代すごい強打者だったの。それに、晴美さん……」
 弥生は晴美を抱き寄せ、
「いっぱい泣いていいのよ」
 二人は抱き合い泣き出した。

「夜鶴……。今日から俺……銃は持たない。決めた。野球ボールとバットを買わないと」
 島田は怒りか悲しみかの赤い眼をすると、すぐに不敵な笑みを剥き出した。
「ああ……」
 こんな残酷な出来事の中、藤元は自転車でB区からA区に帰らされた……。死ななければいいが……。


 青緑壮へ着くと、奈々川さんは力を付けると言って、コンビニへ走って弁当を買いに行き、ゆっくりとコンビニ弁当を食べた。
 ボリュームたっぷりの牛定食弁当だ。
 私にはデミグラスソースのカツレツ。
 島田と弥生は205号室で急いで食事をして来た。私の家の黒いテーブルに各々が座ると、これからの作戦を立てる。

「夜鶴。お前は野球した時ないのか?」
 島田にキッチンから熱い紅茶を渡した。
「ああ」
 奈々川さんが悲しい表情を一瞬だけした。
「でも大丈夫よ。うちの旦那は野球でも強いわ」
 そんな奈々川さんの表情を見逃がさなかった弥生は微笑んで言った。弥生には奈々川さんがホットチョコレートを渡してある。 
「問題は人数か……9人見つけねえと」
 島田が言った。

 私は津田沼と田場さんも参加してくれるのだろうかと考えた。
「津田沼は大丈夫だとして、問題は田場さんだな。仕事を休められるかどうかだ。三週間の基礎トレーニングをこなさないと、そして、後の五人は何とか俺たちが見つけないと」
 私は少し目を伏した。
 島田は熱い紅茶を一口飲んだ。
 私は苦虫を噛み潰したような表情を極力見せないで、
「さすがに貧乏なA区にもいるプロなんていない……」
 貧乏な……そして税金もあるA区にはプロ野球選手はいるはずもない。
 私は気分が沈むのを耐え、テーブルに置いてあるコーヒーに手を伸ばす。
「お金なら私の貯金が……」
 奈々川さんはそういうと、カードを差し出す。

「嫌、駄目だ晴美さん。そのお金は野球場を借りるのに使わないと。A区には野球場なんてないんだ。B区の野球場を借りるのに使わないと」
 私はそういうと、B区の野球場を借りるのには、一体幾らかかるのかと考えた。奈々川さんの貯金は約一億だ。
「どうせなら本格的な野球場にしたら?俺一人でも十分だし」
 島田は早くも好戦的な口調になった。

「俺と島田と津田沼、そして出来れば田場さん……。後、スカウトが何人か……こんな感じかな……。B区の奴らは協力をすることはないだろうけど、B区にいるプロを雇えれば……」
 私は後、三週間で基礎トレーニングをしないといけない。
「あ、でも野球のプロは一回投げるだけで、一千万円はするっていうわよ」
 弥生が不安な声色をした。
「うーむ……」
 私は唸った。
「公さん。私……」
 急に奈々川さんは立ち上がり、すぐに藤元を呼びに行った。

 しばらく藤本の家で心配して待っていると、藤元は何と、せっせと自転車でB区からA区を無傷で走り通していた。
「藤元さん。お願いがあります。私を……云話事町TVにだしてください。」
 ことの一部始終を知っている藤元は、呼吸を乱していたが目を真っ赤にして頷いてくれた。
「僕にできることなら……何でもするよ」
 藤元は力強く頷くと、アパートの電話を借り、放送局に連絡した。


「お早うッス! 云話事町TV――!」
 涼しい空の下で、美人のアナウンサーと藤元が私のアパートを背景に児童向け番組のポーズを決めた。
「今日は、特別ゲスト。あの奈々川首相の御嬢様の晴美さんが来ています。……どうぞ」
 美人のアナウンサーが、ピンクのマイクを奈々川さんに向ける。

「はい。こんにちは。奈々川 晴美です……。私は矢多部 雷蔵さんと約束をしました。今から夜鶴 公さん率いるA区のチームとB区のチームによる……。三週間後に野球の試合で勝負をすると」
 美人のアナウンサーがマイクを握り直し割って入った。

「はい。この放送は特別にB区にも生放送中です」
「その勝負は、人間性と機械との戦いです。そして、どっちが大切かを決めるための勝ち負けでもあります。私たちは人間性を尊重する方です。皆さんお願い……私たちを応援して下さい」
 奈々川さんはそこで涙を流した。
 美人のアナウンサーと藤元も涙目になる。

「今はハイブラウシティ・Bが進行していますが、それは人間性の大切さを欠いてしまうものだと皆さんお解りになりますでしょうか? 私はA区の人たちによって、人間性の大切さや重要さを知りました。人間から人間性を無くすと……一体何が残るのでしょう? そんなに経済や効率だけを求めても、それは大切さや重要さはなくなってしまうのではないでしょうか? アンドロイドによるほぼ全ての労働の独占は人間性を失うものです。人間性は……それは、ただ単のその人の人となりだと私は思います。そうです。自然なことなのです。それを破壊してしまうハイブラウシティ・Bは自然を破壊してしまおうとするただ単の人間の欲望だと思います。そうです自然破壊と同じです。……私たちはそんなに欲をだして、生きていていいのでしょうか。コンビニはアンドロイドによる労働の独占と同じく便利です。けれど、人間性はあります。コンビニの店員は人間です。機械ではありません。それが、ハイブラウシティ・Bでは機械の店員になってしまうのです。お釣りを間違えることもなく。アイスクリームを手を滑らせて落とすこともないのです。二十四時間不眠不休で働くことができて、人件費は掛かりません。……それのどこがいいのでしょうか? でも、私は決して機械が仕事をしてはいけないとは言いません。けれど、私たちは人間です。コンビニの店員や寿司職人。医者の暖かい眼差しや手、配達の人に印鑑を押したりと、人と人との触れ合いがなければ人間とは言えません。人間性の大切さのために……人として生きていくために、絶対にハイブラウシティ・Bを阻止しなければなりません。どうか……私たちを応援して下さい……」
 奈々川さんは涙を拭いて、一度上を向いた。

 けれど、真正面からテレビに両目を向け、
「三週間後の試合は、その大切さや重要さのための……機械による莫大な効率と需要からの人間の本当の自由のための試合になります。皆さん応援して下さい……お願いします」
 奈々川さんは深々と頭を下げた。
 藤元がマイクなしで、お辞儀した。

「お願いします」
 美人のアナウンサーも涙を拭いて、
「はい。皆さん。奈々川 晴美さんと、そして私の大フャンの命知らずの労働者。夜鶴 公さん率いるA区のチームを応援しましょう! そして、ハイブラウシティ・Bをなくしましょう! ……あ……お昼の天気予報と運勢言ってないや……ま、いっか」


 番組はそこで終わった。

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