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遠距離恋愛
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12月の半ば頃から、冬の街並みはいつもとは別の素顔を晒していた。まるで風邪を引いたかのようだった。空の上でカキ氷を作っているかのような。しんしんと降り注ぐ雪と、くしゃみのような突発的な風が街を包み込み。今年のクリスマスはサンタも風邪を引くのではと、みんなは心配になっていた。
12月24日と25日にサンタが遥々、西の方からこの街に来る。
上機嫌に大きなズタ袋を抱えて。
みんなから聞いた話だと「ひどく貧乏だったんだ。けれど、これも役目でね」としんみりとした顔で受け答えていたそうだ。
私はサンタを好きだったのだろう。
サンタはみすぼらしい赤い服装の真面目そうな好青年だった。
西洋人だが、日本語がとても良く話せるので、お互いにびっくりしていた。
今年で会うのは二度目になるが、なんとか告白でもと思い切ったことを考えていたが、風邪を引いて、鼻水でぐしょぐしょの顔に何かの愛だか恋だかの話はまあ無理だろう。
私の学校の江ノ森学園は空港の近くにある。
三年前からだ。
何故か突然、クリスマスになるとサンタが訪れた。
20代そこそこのサンタは街の二階の窓。玄関や雨戸を開けたりして、挨拶をしながら、深夜の12時から3時間に掛けて贈り物を家の目立つところに置いていた。
街の住民は、最初は戸惑いの色を隠せなかったが、サンタは好青年だったのでズタ袋からの贈り物とで喜びの色に次第に変わってきた。
「いつ寝ているの? どこから来たの? 学校へは通っている?」
私は一年前にサンタに聞いた時がある。
サンタははにかみながら。
「実は学校は通ってないのさ。バイトやっててね。ビールのうまいドイツから来ているのさ。教会に住んでいるけど、実はサンタは俺一人だけなんだね」
二階の窓からするりと入って来たサンタはズタ袋から、これまた見事なカチューシャを渡してくれた。
私の髪にぴったりだった。
感激している間もなく。
サンタはもう眠いからと、また窓から外へ行ってしまった。
このカチューシャがとても気に入った私は、明日には必ずつけて街にでようと決めていた。
サンタがどうやって、この日本に来たのかは聞けなかった。
興奮を毛布でくるみ。ふかぶかとした羽毛布団とで眠りに落ちた。
「また、そんな。きっと断れるよ」
友達の気分屋の凛子が真顔で言う。
勉強ばかりしている千津恵は、私の今年の一大決心に水を差した。お気に入りのカチューシャには何も言わずに。
「だって、ドイツでしょ。超遠距離恋愛じゃん」
千津恵は冷やかし半分だったが、次第に言葉に真剣味が帯びてきた。
「飛行機で会いに行くのもちょっと難しいかな? その場合はどっちかの国で一緒になったらいいと思うよ」
千津恵は無理に明るく言ってくれた。
突発的な風が私たちに度々襲い掛かり、くっしゃみを一斉にしていた。
「このぶんじゃ、サンタも風邪ねー。あー、私も告ってみたいわね。家に来ないかなー」
凛子ははしゃぎ気味だ。
サンタはやはり誰が見ても好青年なのだと、私は思った。
貧乏だが、知らない国の街中に遥々ドイツからやって来ては、きっとバイトでコツコツと貯めたお金を出し切って、みんなに心のこもった贈り物を渡すのだろう。
雪が積もった家屋。モルタル塗りの雑居ビルなどから、窓から街の人たちが空を見上げていた。
皆、心配しているのだろう。
私はくしゃみをすると、また私の家に来てくれるのではと、正直思ってもいなかったが、やるだけやってみようと思った。
今日の図書館で友達と一緒にサンタのことを調べ。商店街へと足を向けた。
私の頼みで調べてくれた千津恵によればサンタである彼は、やはりそうだった。
24日の深夜の12時。
寒さに震えながら窓の外を眺め。寝間着にお洒落なポンチョを着て待っていた。なんだかわくわくするのも自然の反応なのだろうか。
一瞬、子供の気持ちに戻った気がする。
その日は彼は来なかった。
25日の夜。
朝まで粘ることにした。私の決心はやはり固いのだろう。結末はどうであれ彼に気持ちを伝えたかった。
窓の外を眺めていると、雪の降り積もる道路を凍えそうな赤い服の人が歩いていた。
手に手にズタ袋を抱え。
少し屈み気味に強風の中ゆっくりと歩いている姿は、どこか微笑ましいような悲しいようだった。
その姿に向かって私は窓を開けて手を振った。
赤い服の人がこちらに気が付いた。
家の庭まで来ると、二階を見上げて私の顔を確認し、「これくらい平気さ」と微笑をしてくれた。
「二階へ上がって! 玄関は開いているわ!」
彼は少し考えたが、素直に家の玄関へ向かった。
私はこの時のために選んだ。
きっと、彼は喜んでくれるはずだ。
家族には内緒だったが、別に後ろめたいことは何もしていない。
ドアをノックして、彼が来た。
私は部屋にある炬燵の上の贈り物を彼に渡した。
彼がくれたカチューシャのお返しの贈り物。分厚い財布が空っぽになるくらいの腕時計だ。
寒さで肩を摩っていた彼は、嬉しくてガッツポーズをしてくれた。
そう。彼は孤児だったのだ。
教会で寄付を集め飛行機で遥々日本へ来ていたのだ。
名前はリーズ。
自分より幸せな人がいるのは知っているのだろう。
けれど、それでは逆に本当に自分は不幸なのか?
幸せでも誰でも願いがあるはずだし。
それが平等というものなのだろう。
なら、小さいけれど。お節介でも。叶えてやってもいいんじゃないだろうか?
だって、彼は本当に不幸ってわけじゃないのだから。
ちょっと考え方を変えて不幸さえ取り除けば、みんなと一緒なのだ。
彼の口から聞いた話だ。
私は溜まらなくなって泣いて、鼻水だらけの彼にキスをした。
彼は自分を不幸だと思いたくなかったのだろうか?
人の幸せや楽しみが、ただ大切だったのだろうか?
彼は善人だろうか?
いや違う。クリスマスにサンタになりすましているだけのちっぽけな男だ。
私はまた一大決心をした。
家族を何とか説得して、ドイツへ行こう。
私の初恋を乗せて……。
12月24日と25日にサンタが遥々、西の方からこの街に来る。
上機嫌に大きなズタ袋を抱えて。
みんなから聞いた話だと「ひどく貧乏だったんだ。けれど、これも役目でね」としんみりとした顔で受け答えていたそうだ。
私はサンタを好きだったのだろう。
サンタはみすぼらしい赤い服装の真面目そうな好青年だった。
西洋人だが、日本語がとても良く話せるので、お互いにびっくりしていた。
今年で会うのは二度目になるが、なんとか告白でもと思い切ったことを考えていたが、風邪を引いて、鼻水でぐしょぐしょの顔に何かの愛だか恋だかの話はまあ無理だろう。
私の学校の江ノ森学園は空港の近くにある。
三年前からだ。
何故か突然、クリスマスになるとサンタが訪れた。
20代そこそこのサンタは街の二階の窓。玄関や雨戸を開けたりして、挨拶をしながら、深夜の12時から3時間に掛けて贈り物を家の目立つところに置いていた。
街の住民は、最初は戸惑いの色を隠せなかったが、サンタは好青年だったのでズタ袋からの贈り物とで喜びの色に次第に変わってきた。
「いつ寝ているの? どこから来たの? 学校へは通っている?」
私は一年前にサンタに聞いた時がある。
サンタははにかみながら。
「実は学校は通ってないのさ。バイトやっててね。ビールのうまいドイツから来ているのさ。教会に住んでいるけど、実はサンタは俺一人だけなんだね」
二階の窓からするりと入って来たサンタはズタ袋から、これまた見事なカチューシャを渡してくれた。
私の髪にぴったりだった。
感激している間もなく。
サンタはもう眠いからと、また窓から外へ行ってしまった。
このカチューシャがとても気に入った私は、明日には必ずつけて街にでようと決めていた。
サンタがどうやって、この日本に来たのかは聞けなかった。
興奮を毛布でくるみ。ふかぶかとした羽毛布団とで眠りに落ちた。
「また、そんな。きっと断れるよ」
友達の気分屋の凛子が真顔で言う。
勉強ばかりしている千津恵は、私の今年の一大決心に水を差した。お気に入りのカチューシャには何も言わずに。
「だって、ドイツでしょ。超遠距離恋愛じゃん」
千津恵は冷やかし半分だったが、次第に言葉に真剣味が帯びてきた。
「飛行機で会いに行くのもちょっと難しいかな? その場合はどっちかの国で一緒になったらいいと思うよ」
千津恵は無理に明るく言ってくれた。
突発的な風が私たちに度々襲い掛かり、くっしゃみを一斉にしていた。
「このぶんじゃ、サンタも風邪ねー。あー、私も告ってみたいわね。家に来ないかなー」
凛子ははしゃぎ気味だ。
サンタはやはり誰が見ても好青年なのだと、私は思った。
貧乏だが、知らない国の街中に遥々ドイツからやって来ては、きっとバイトでコツコツと貯めたお金を出し切って、みんなに心のこもった贈り物を渡すのだろう。
雪が積もった家屋。モルタル塗りの雑居ビルなどから、窓から街の人たちが空を見上げていた。
皆、心配しているのだろう。
私はくしゃみをすると、また私の家に来てくれるのではと、正直思ってもいなかったが、やるだけやってみようと思った。
今日の図書館で友達と一緒にサンタのことを調べ。商店街へと足を向けた。
私の頼みで調べてくれた千津恵によればサンタである彼は、やはりそうだった。
24日の深夜の12時。
寒さに震えながら窓の外を眺め。寝間着にお洒落なポンチョを着て待っていた。なんだかわくわくするのも自然の反応なのだろうか。
一瞬、子供の気持ちに戻った気がする。
その日は彼は来なかった。
25日の夜。
朝まで粘ることにした。私の決心はやはり固いのだろう。結末はどうであれ彼に気持ちを伝えたかった。
窓の外を眺めていると、雪の降り積もる道路を凍えそうな赤い服の人が歩いていた。
手に手にズタ袋を抱え。
少し屈み気味に強風の中ゆっくりと歩いている姿は、どこか微笑ましいような悲しいようだった。
その姿に向かって私は窓を開けて手を振った。
赤い服の人がこちらに気が付いた。
家の庭まで来ると、二階を見上げて私の顔を確認し、「これくらい平気さ」と微笑をしてくれた。
「二階へ上がって! 玄関は開いているわ!」
彼は少し考えたが、素直に家の玄関へ向かった。
私はこの時のために選んだ。
きっと、彼は喜んでくれるはずだ。
家族には内緒だったが、別に後ろめたいことは何もしていない。
ドアをノックして、彼が来た。
私は部屋にある炬燵の上の贈り物を彼に渡した。
彼がくれたカチューシャのお返しの贈り物。分厚い財布が空っぽになるくらいの腕時計だ。
寒さで肩を摩っていた彼は、嬉しくてガッツポーズをしてくれた。
そう。彼は孤児だったのだ。
教会で寄付を集め飛行機で遥々日本へ来ていたのだ。
名前はリーズ。
自分より幸せな人がいるのは知っているのだろう。
けれど、それでは逆に本当に自分は不幸なのか?
幸せでも誰でも願いがあるはずだし。
それが平等というものなのだろう。
なら、小さいけれど。お節介でも。叶えてやってもいいんじゃないだろうか?
だって、彼は本当に不幸ってわけじゃないのだから。
ちょっと考え方を変えて不幸さえ取り除けば、みんなと一緒なのだ。
彼の口から聞いた話だ。
私は溜まらなくなって泣いて、鼻水だらけの彼にキスをした。
彼は自分を不幸だと思いたくなかったのだろうか?
人の幸せや楽しみが、ただ大切だったのだろうか?
彼は善人だろうか?
いや違う。クリスマスにサンタになりすましているだけのちっぽけな男だ。
私はまた一大決心をした。
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