1 / 1
遠距離恋愛
しおりを挟む
12月の半ば頃から、冬の街並みはいつもとは別の素顔を晒していた。まるで風邪を引いたかのようだった。空の上でカキ氷を作っているかのような。しんしんと降り注ぐ雪と、くしゃみのような突発的な風が街を包み込み。今年のクリスマスはサンタも風邪を引くのではと、みんなは心配になっていた。
12月24日と25日にサンタが遥々、西の方からこの街に来る。
上機嫌に大きなズタ袋を抱えて。
みんなから聞いた話だと「ひどく貧乏だったんだ。けれど、これも役目でね」としんみりとした顔で受け答えていたそうだ。
私はサンタを好きだったのだろう。
サンタはみすぼらしい赤い服装の真面目そうな好青年だった。
西洋人だが、日本語がとても良く話せるので、お互いにびっくりしていた。
今年で会うのは二度目になるが、なんとか告白でもと思い切ったことを考えていたが、風邪を引いて、鼻水でぐしょぐしょの顔に何かの愛だか恋だかの話はまあ無理だろう。
私の学校の江ノ森学園は空港の近くにある。
三年前からだ。
何故か突然、クリスマスになるとサンタが訪れた。
20代そこそこのサンタは街の二階の窓。玄関や雨戸を開けたりして、挨拶をしながら、深夜の12時から3時間に掛けて贈り物を家の目立つところに置いていた。
街の住民は、最初は戸惑いの色を隠せなかったが、サンタは好青年だったのでズタ袋からの贈り物とで喜びの色に次第に変わってきた。
「いつ寝ているの? どこから来たの? 学校へは通っている?」
私は一年前にサンタに聞いた時がある。
サンタははにかみながら。
「実は学校は通ってないのさ。バイトやっててね。ビールのうまいドイツから来ているのさ。教会に住んでいるけど、実はサンタは俺一人だけなんだね」
二階の窓からするりと入って来たサンタはズタ袋から、これまた見事なカチューシャを渡してくれた。
私の髪にぴったりだった。
感激している間もなく。
サンタはもう眠いからと、また窓から外へ行ってしまった。
このカチューシャがとても気に入った私は、明日には必ずつけて街にでようと決めていた。
サンタがどうやって、この日本に来たのかは聞けなかった。
興奮を毛布でくるみ。ふかぶかとした羽毛布団とで眠りに落ちた。
「また、そんな。きっと断れるよ」
友達の気分屋の凛子が真顔で言う。
勉強ばかりしている千津恵は、私の今年の一大決心に水を差した。お気に入りのカチューシャには何も言わずに。
「だって、ドイツでしょ。超遠距離恋愛じゃん」
千津恵は冷やかし半分だったが、次第に言葉に真剣味が帯びてきた。
「飛行機で会いに行くのもちょっと難しいかな? その場合はどっちかの国で一緒になったらいいと思うよ」
千津恵は無理に明るく言ってくれた。
突発的な風が私たちに度々襲い掛かり、くっしゃみを一斉にしていた。
「このぶんじゃ、サンタも風邪ねー。あー、私も告ってみたいわね。家に来ないかなー」
凛子ははしゃぎ気味だ。
サンタはやはり誰が見ても好青年なのだと、私は思った。
貧乏だが、知らない国の街中に遥々ドイツからやって来ては、きっとバイトでコツコツと貯めたお金を出し切って、みんなに心のこもった贈り物を渡すのだろう。
雪が積もった家屋。モルタル塗りの雑居ビルなどから、窓から街の人たちが空を見上げていた。
皆、心配しているのだろう。
私はくしゃみをすると、また私の家に来てくれるのではと、正直思ってもいなかったが、やるだけやってみようと思った。
今日の図書館で友達と一緒にサンタのことを調べ。商店街へと足を向けた。
私の頼みで調べてくれた千津恵によればサンタである彼は、やはりそうだった。
24日の深夜の12時。
寒さに震えながら窓の外を眺め。寝間着にお洒落なポンチョを着て待っていた。なんだかわくわくするのも自然の反応なのだろうか。
一瞬、子供の気持ちに戻った気がする。
その日は彼は来なかった。
25日の夜。
朝まで粘ることにした。私の決心はやはり固いのだろう。結末はどうであれ彼に気持ちを伝えたかった。
窓の外を眺めていると、雪の降り積もる道路を凍えそうな赤い服の人が歩いていた。
手に手にズタ袋を抱え。
少し屈み気味に強風の中ゆっくりと歩いている姿は、どこか微笑ましいような悲しいようだった。
その姿に向かって私は窓を開けて手を振った。
赤い服の人がこちらに気が付いた。
家の庭まで来ると、二階を見上げて私の顔を確認し、「これくらい平気さ」と微笑をしてくれた。
「二階へ上がって! 玄関は開いているわ!」
彼は少し考えたが、素直に家の玄関へ向かった。
私はこの時のために選んだ。
きっと、彼は喜んでくれるはずだ。
家族には内緒だったが、別に後ろめたいことは何もしていない。
ドアをノックして、彼が来た。
私は部屋にある炬燵の上の贈り物を彼に渡した。
彼がくれたカチューシャのお返しの贈り物。分厚い財布が空っぽになるくらいの腕時計だ。
寒さで肩を摩っていた彼は、嬉しくてガッツポーズをしてくれた。
そう。彼は孤児だったのだ。
教会で寄付を集め飛行機で遥々日本へ来ていたのだ。
名前はリーズ。
自分より幸せな人がいるのは知っているのだろう。
けれど、それでは逆に本当に自分は不幸なのか?
幸せでも誰でも願いがあるはずだし。
それが平等というものなのだろう。
なら、小さいけれど。お節介でも。叶えてやってもいいんじゃないだろうか?
だって、彼は本当に不幸ってわけじゃないのだから。
ちょっと考え方を変えて不幸さえ取り除けば、みんなと一緒なのだ。
彼の口から聞いた話だ。
私は溜まらなくなって泣いて、鼻水だらけの彼にキスをした。
彼は自分を不幸だと思いたくなかったのだろうか?
人の幸せや楽しみが、ただ大切だったのだろうか?
彼は善人だろうか?
いや違う。クリスマスにサンタになりすましているだけのちっぽけな男だ。
私はまた一大決心をした。
家族を何とか説得して、ドイツへ行こう。
私の初恋を乗せて……。
12月24日と25日にサンタが遥々、西の方からこの街に来る。
上機嫌に大きなズタ袋を抱えて。
みんなから聞いた話だと「ひどく貧乏だったんだ。けれど、これも役目でね」としんみりとした顔で受け答えていたそうだ。
私はサンタを好きだったのだろう。
サンタはみすぼらしい赤い服装の真面目そうな好青年だった。
西洋人だが、日本語がとても良く話せるので、お互いにびっくりしていた。
今年で会うのは二度目になるが、なんとか告白でもと思い切ったことを考えていたが、風邪を引いて、鼻水でぐしょぐしょの顔に何かの愛だか恋だかの話はまあ無理だろう。
私の学校の江ノ森学園は空港の近くにある。
三年前からだ。
何故か突然、クリスマスになるとサンタが訪れた。
20代そこそこのサンタは街の二階の窓。玄関や雨戸を開けたりして、挨拶をしながら、深夜の12時から3時間に掛けて贈り物を家の目立つところに置いていた。
街の住民は、最初は戸惑いの色を隠せなかったが、サンタは好青年だったのでズタ袋からの贈り物とで喜びの色に次第に変わってきた。
「いつ寝ているの? どこから来たの? 学校へは通っている?」
私は一年前にサンタに聞いた時がある。
サンタははにかみながら。
「実は学校は通ってないのさ。バイトやっててね。ビールのうまいドイツから来ているのさ。教会に住んでいるけど、実はサンタは俺一人だけなんだね」
二階の窓からするりと入って来たサンタはズタ袋から、これまた見事なカチューシャを渡してくれた。
私の髪にぴったりだった。
感激している間もなく。
サンタはもう眠いからと、また窓から外へ行ってしまった。
このカチューシャがとても気に入った私は、明日には必ずつけて街にでようと決めていた。
サンタがどうやって、この日本に来たのかは聞けなかった。
興奮を毛布でくるみ。ふかぶかとした羽毛布団とで眠りに落ちた。
「また、そんな。きっと断れるよ」
友達の気分屋の凛子が真顔で言う。
勉強ばかりしている千津恵は、私の今年の一大決心に水を差した。お気に入りのカチューシャには何も言わずに。
「だって、ドイツでしょ。超遠距離恋愛じゃん」
千津恵は冷やかし半分だったが、次第に言葉に真剣味が帯びてきた。
「飛行機で会いに行くのもちょっと難しいかな? その場合はどっちかの国で一緒になったらいいと思うよ」
千津恵は無理に明るく言ってくれた。
突発的な風が私たちに度々襲い掛かり、くっしゃみを一斉にしていた。
「このぶんじゃ、サンタも風邪ねー。あー、私も告ってみたいわね。家に来ないかなー」
凛子ははしゃぎ気味だ。
サンタはやはり誰が見ても好青年なのだと、私は思った。
貧乏だが、知らない国の街中に遥々ドイツからやって来ては、きっとバイトでコツコツと貯めたお金を出し切って、みんなに心のこもった贈り物を渡すのだろう。
雪が積もった家屋。モルタル塗りの雑居ビルなどから、窓から街の人たちが空を見上げていた。
皆、心配しているのだろう。
私はくしゃみをすると、また私の家に来てくれるのではと、正直思ってもいなかったが、やるだけやってみようと思った。
今日の図書館で友達と一緒にサンタのことを調べ。商店街へと足を向けた。
私の頼みで調べてくれた千津恵によればサンタである彼は、やはりそうだった。
24日の深夜の12時。
寒さに震えながら窓の外を眺め。寝間着にお洒落なポンチョを着て待っていた。なんだかわくわくするのも自然の反応なのだろうか。
一瞬、子供の気持ちに戻った気がする。
その日は彼は来なかった。
25日の夜。
朝まで粘ることにした。私の決心はやはり固いのだろう。結末はどうであれ彼に気持ちを伝えたかった。
窓の外を眺めていると、雪の降り積もる道路を凍えそうな赤い服の人が歩いていた。
手に手にズタ袋を抱え。
少し屈み気味に強風の中ゆっくりと歩いている姿は、どこか微笑ましいような悲しいようだった。
その姿に向かって私は窓を開けて手を振った。
赤い服の人がこちらに気が付いた。
家の庭まで来ると、二階を見上げて私の顔を確認し、「これくらい平気さ」と微笑をしてくれた。
「二階へ上がって! 玄関は開いているわ!」
彼は少し考えたが、素直に家の玄関へ向かった。
私はこの時のために選んだ。
きっと、彼は喜んでくれるはずだ。
家族には内緒だったが、別に後ろめたいことは何もしていない。
ドアをノックして、彼が来た。
私は部屋にある炬燵の上の贈り物を彼に渡した。
彼がくれたカチューシャのお返しの贈り物。分厚い財布が空っぽになるくらいの腕時計だ。
寒さで肩を摩っていた彼は、嬉しくてガッツポーズをしてくれた。
そう。彼は孤児だったのだ。
教会で寄付を集め飛行機で遥々日本へ来ていたのだ。
名前はリーズ。
自分より幸せな人がいるのは知っているのだろう。
けれど、それでは逆に本当に自分は不幸なのか?
幸せでも誰でも願いがあるはずだし。
それが平等というものなのだろう。
なら、小さいけれど。お節介でも。叶えてやってもいいんじゃないだろうか?
だって、彼は本当に不幸ってわけじゃないのだから。
ちょっと考え方を変えて不幸さえ取り除けば、みんなと一緒なのだ。
彼の口から聞いた話だ。
私は溜まらなくなって泣いて、鼻水だらけの彼にキスをした。
彼は自分を不幸だと思いたくなかったのだろうか?
人の幸せや楽しみが、ただ大切だったのだろうか?
彼は善人だろうか?
いや違う。クリスマスにサンタになりすましているだけのちっぽけな男だ。
私はまた一大決心をした。
家族を何とか説得して、ドイツへ行こう。
私の初恋を乗せて……。
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
ほつれ家族
陸沢宝史
青春
高校二年生の椎橋松貴はアルバイトをしていたその理由は姉の借金返済を手伝うためだった。ある日、松貴は同じ高校に通っている先輩の永松栗之と知り合い仲を深めていく。だが二人は家族関係で問題を抱えており、やがて問題は複雑化していく中自分の家族と向き合っていく。
月夜の理科部
嶌田あき
青春
優柔不断の女子高生・キョウカは、親友・カサネとクラスメイト理系男子・ユキとともに夜の理科室を訪れる。待っていたのは、〈星の王子さま〉と呼ばれる憧れの先輩・スバルと、天文部の望遠鏡を売り払おうとする理科部長・アヤ。理科室を夜に使うために必要となる5人目の部員として、キョウカは入部の誘いを受ける。
そんなある日、知人の研究者・竹戸瀬レネから研究手伝いのバイトの誘いを受ける。月面ローバーを使って地下の量子コンピューターから、あるデータを地球に持ち帰ってきて欲しいという。ユキは二つ返事でOKするも、相変わらず優柔不断のキョウカ。先輩に贈る月面望遠鏡の観測時間を条件に、バイトへの協力を決める。
理科部「夜隊」として入部したキョウカは、夜な夜な理科室に来てはユキとともに課題に取り組んだ。他のメンバー3人はそれぞれに忙しく、ユキと2人きりになることも多くなる。親との喧嘩、スバルの誕生日会、1学期の打ち上げ、夏休みの合宿などなど、絆を深めてゆく夜隊5人。
競うように訓練したAIプログラムが研究所に正式採用され大喜びする頃には、キョウカは数ヶ月のあいだ苦楽をともにしてきたユキを、とても大切に思うようになっていた。打算で始めた関係もこれで終わり、と9月最後の日曜日にデートに出かける。泣きながら別れた2人は、月にあるデータを地球に持ち帰る方法をそれぞれ模索しはじめた。
5年前の事故と月に取り残された脳情報。迫りくるデータ削除のタイムリミット。望遠鏡、月面ローバー、量子コンピューター。必要なものはきっと全部ある――。レネの過去を知ったキョウカは迷いを捨て、走り出す。
皆既月食の夜に集まったメンバーを信じ、理科部5人は月からのデータ回収に挑んだ――。
初恋、n回目
橘花やよい
青春
フィルム越しの彼を、初めて、好きだと思った。
それ以来、彼にずっと、初恋を繰り返している――。
学生カップルの初々しい帰り道。
5分後に初恋をしたくなるラスト、のようなお話。
表紙はヨシュケイ様のフリー素材を使用させていただきました。
エブリスタに投稿したお話です。ノベマでも公開。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
おもいでにかわるまで
名波美奈
青春
失恋した時に読んで欲しい物語です。
高等専門学校が舞台の王道純愛青春ラブストーリーです。
第一章(主人公の水樹が入学するまで)と第二章(水樹が1年生から3年生まで)と第三章と第四章(4年生、5年生とその後)とで構成されています。主人公の女の子は同じですが、主に登場する男性が異なります。
主人公は水樹なのですが、それ以外の登場人物もよく登場します。
失恋して涙が止まらない時に、一緒に泣いてあげたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる