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移動距離と秒針
36話
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「それでは、今からあなたたちのこれからを話しましょうか。私たちはここでサポートをしますから」
モルモルがちょっとしたカンフャレンスルームで地図を広げて見せた。
深夜の12時を少し回ったところであった。
みなそれぞれの席についている。
テーブルに左手をついて、右手で地図の中央を示した英雄のヒロが辟易して呟いた。
「これが、雨の宮殿だね……」
隆たちは戦の神と火の神を探し当てた正志と瑠璃とで、大日幡建設へと向かった。
さっぱりとした天井の蛍光灯の明かりで隆たちの顔に憂鬱な色が浮かんでいることが解る。社内にはもう社員が一人もいなかった。今の時間まで残業をする社員は、24時間のお姉さんとモルモルだけである。
隆は少し憂鬱になった。原因は、この神々が住む都市から雨の宮殿までの距離だった。
「約160000キロもある……」
正志は呟いた。正志はこの時になって、初めて天界の人々は死なないということを知った。
隆はほとんど宇宙旅行だと思った。
でも、何とか無事に辿り着けないと。
軽トラックのガソリンは減ることがないなら、なんとか無事に辿り着けるだろうか?
「隆さんや正志さんたちの移動距離の大体16倍ですけど。でも、大丈夫ですよ」
24時間のお姉さんは古風な懐中時計をテーブルに置いた。
「この時計は<時を刻む秒針>と言って、この時計を持つ者の回りの時間を劇的に変化させることが出来るのです」
隆と智子は首を傾げる。
24時間のお姉さんはニッコリとして、噛み砕いて話してくれる。
「つまり、この時を刻む秒針には時間を早める効果があるのです」
「……つまり、その時計を持っていると、隆さんの回りの時の流れが早くなると?」
正志は再びモルモルの葉巻の煙に、眉間の皺を刻んだ瑠璃を、宥めながら言う。
「そうです」
「……ここは、不思議なところだな」
隆はどこか気の抜けている智子の肩に手を置いてポツリと行言ったが、心には胸一杯の嬉しさが滲んでいた。
天井の蛍光灯には、智子にも苦労の末でもある嬉しさの涙が密かに反射していた。
「そこで、みなさんに朗報です。大雪原で隆さんが出会った象の群れに乗った人たちも、この距離をいとも簡単に克服できるようです」
モルモルは重々しく席を立ち。部屋の片隅に設置してある液晶テレビを点けた。
そこには大雪原で出会った国際頼助警備会社の人たちのキャラバンが、果てしない大海原へと巨大な船に乗り込んでいた。
「船ですか」
正志の言葉に、
「そうです。この船の名は速白兎丸。遥か昔にワニの神たちが造った超高速船です。昔はこの船で天の園を一周しようとした神が居たのです。その船の速度は天の園では一番でしょう。この船で象のキャラバンは、雨の宮殿へと向かうのです。この船ならば僅か1日で雨の宮殿へと着くことが出来るんですよ」
「本当に私たち家族のために戦ってくれるんですね……よかった……」
隆は嬉しさが抑えられずに目元を擦り鼻を啜り始めた。
智子も気をしっかりと持っていたが、静かに泣いた。
「僕たちも協力をするよ。あと、ジョー助も……。大丈夫だよな?」
ヒロは雨の宮殿の場所を見つめているジョー助に言った。
「ああ。24時間のお姉さんは知っているだろうけど、僕自身が戦いに参加するのは2万年ぶりだ。敵の規模は多分、強さもだけれど、申し分ないと思うよ」
ジョー助は呑気にお茶を飲みながら話してもいる。
モルモルは新しい葉巻に火を点けながら言った。
「それでは、皆さん。ここで解散としましょう。今日はゆっくりと休んでください」
隆はベットから起き出した。
午前6時だ。
2年前は元の世界ではこの時間から働きに出掛けていたのだが、ここ天の園ではトイレのためだけに起きたのだ。
薄い布団を払い除け、スリッパを引っかけると、部屋の外へと出た。
この部屋は大日幡建設の隣の宿泊施設(ニューウエーブ)。何でも瑠璃さんが安いからと教えてくれた。
質素な造りではあるが、家賃が安くて今の隆たちには有難いことこの上ない場所であった。ジョー助とヒロもこの宿泊施設を利用している。
ベットで寝ている智子のいびきを聞きながら、部屋からでて正面のトイレのドアを開けた。
簡素な造りで、窓にはレースのカーテンと赤い花が飾られ、何の変哲もない水洗便所である。
隆は用を足すと、手を洗う。ふと、鏡を見た。
「お父さん!! 来ちゃダメ!!」
「里見!!」
見ると、鏡には手を洗った拍子に付着した水滴が淡く広がり、里見の顔が写っていた。
隆は血相変えて鏡に向かって、手を差し伸べる。
しかし、鏡に映った里見の顔が消えるだけで、後には何も起きなかった。
ホテルから強い日差しの道路へとでると、隆は項垂れて今朝のことを考えていた。
里見が必死な顔で来ちゃダメと言っていたのは何故?
24時間のお姉さんに話したほうが?
俺は今まで何をしていたのだろう?
智子にはさっき話した。
行き交う人々の顔は隆と正反対に皆晴れやかである。
「あなた。時の神様に今朝のことを話したほうがいいわ」
智子は晴れない顔で隆の肩に手を置いた。
「ああ」
隆はまだ項垂れていた。
沈痛の面持ちで混乱していた。自分が今まで何をしていたのかと根本的に考えてしまう。間違ったことをしていたのだろうか?
隆は気の抜けたゆっくりとした動作で、中友 めぐみの携帯を取り出し24時間のお姉さんに掛けた。
「隆さん。そのことは気にしなくていいんですよ……。とても、些細なことですから……」
電話越しの24時間のお姉さんは非常に優しい言葉使いで隆を元気づけた。
「できるだけ、里見ちゃんが無事なことだけを気にしてください」
そう言うと、本人が大通りから人々の間を縫ってこちらへと歩いて来ていた。
排気ガスの少ない道路をキビキビと歩いていた。
美しい西洋人の24時間のお姉さんはピンク色の携帯片手にこちらに手を振っていた。
「確かに生命の神は不穏ですけど。私たちの知っていることでは、無事に隆さんたちは里見ちゃんを助けることができます……。あなたは英雄になることを望めば、きっと達することができるでしょう。ですから、何も心配しなくてもいいですよ」
24時間のお姉さんはニッコリと笑って電話を切ると、道路から人の出入りの激しい会社のガラス製のドアを開けて中へと入って行った。
隆はそれを聞いても内心の動揺を隠すことができなかった。
それは、里見がもし生き返りたくないと思っているのなら。今までの苦労は全ては無意味になってしまう。父親としては今までの苦労を思って、里見を叱ってでも元の世界へと連れて帰ることもできるが、隆はそんなことはしたくはなかった。
「それでは、行きましょう」
正志は重くなった財布にしがみついている瑠璃を急かして隆たちに言った。
隆はジョー助とヒロに軽トラックの荷台に乗ってもらった。100円パーキングから北の雨の宮殿へと出発する。
時を刻む秒針の使い方は智子が24時間のお姉さんから聞いていて、正志と瑠璃のカスケーダは軽トラックの後方、約10メートル範囲にいればいいようである。
暖かい日差しの晴れ間の空へと浮上する軽トラックで、隆はいよいよだなと思った。これで本当に里見に会える。
思えば里見と会えなくなってから、三年の歳月が過ぎた。仕事の都合でほとんど会えず。里見が死んでからは一年の歳月が過ぎた。
隆は鏡に映った里見の悲しい顔を思い出したが、とにかく会いたいと強く思った。
隆はそれで十分だと思った。
「あなた、いくわよ」
智子が時を刻む秒針のネジを巻いた。二三回巻くと周囲の雲がにゅーっと伸びてきた。もう二三回巻くと、今度は雲がまっ平になりはじめた。
「これで多分いいと思うわ。さ、行きましょう。里見ちゃんに会いに」
隆はハンドルを強く握り、北へと走り出した。
「正志さん。雲が平べったいわ」
「きっと、智子さんが時を刻む秒針を使っているんだ。俺たちの周囲の時間が加速しているのだろう。さあ、行くぞ」
正志はカスケーダで、隆の軽トラックの後ろをピッタリと追った。
「ねえ、もしジョー助とヒロがいるのに雨の宮殿で私たちが死んだら。私たちはどうなるのですか?」
「それは……大丈夫さ。戦の神と火の神が守ってくれるさ」
正志は軽く頷いて、帰りたくて仕方がないといった顔の瑠璃を見つめる。
「正志さん。私たちはどこまで隆さんたちのサポートをするのですか?」。
「瑠璃……。俺は10年間も不幸のデータをとっていたが。もうそろそろ原因が解る気がするんだ……」
正志は慎重な言葉を使って、自分の心を落ち着かせた。
モルモルがちょっとしたカンフャレンスルームで地図を広げて見せた。
深夜の12時を少し回ったところであった。
みなそれぞれの席についている。
テーブルに左手をついて、右手で地図の中央を示した英雄のヒロが辟易して呟いた。
「これが、雨の宮殿だね……」
隆たちは戦の神と火の神を探し当てた正志と瑠璃とで、大日幡建設へと向かった。
さっぱりとした天井の蛍光灯の明かりで隆たちの顔に憂鬱な色が浮かんでいることが解る。社内にはもう社員が一人もいなかった。今の時間まで残業をする社員は、24時間のお姉さんとモルモルだけである。
隆は少し憂鬱になった。原因は、この神々が住む都市から雨の宮殿までの距離だった。
「約160000キロもある……」
正志は呟いた。正志はこの時になって、初めて天界の人々は死なないということを知った。
隆はほとんど宇宙旅行だと思った。
でも、何とか無事に辿り着けないと。
軽トラックのガソリンは減ることがないなら、なんとか無事に辿り着けるだろうか?
「隆さんや正志さんたちの移動距離の大体16倍ですけど。でも、大丈夫ですよ」
24時間のお姉さんは古風な懐中時計をテーブルに置いた。
「この時計は<時を刻む秒針>と言って、この時計を持つ者の回りの時間を劇的に変化させることが出来るのです」
隆と智子は首を傾げる。
24時間のお姉さんはニッコリとして、噛み砕いて話してくれる。
「つまり、この時を刻む秒針には時間を早める効果があるのです」
「……つまり、その時計を持っていると、隆さんの回りの時の流れが早くなると?」
正志は再びモルモルの葉巻の煙に、眉間の皺を刻んだ瑠璃を、宥めながら言う。
「そうです」
「……ここは、不思議なところだな」
隆はどこか気の抜けている智子の肩に手を置いてポツリと行言ったが、心には胸一杯の嬉しさが滲んでいた。
天井の蛍光灯には、智子にも苦労の末でもある嬉しさの涙が密かに反射していた。
「そこで、みなさんに朗報です。大雪原で隆さんが出会った象の群れに乗った人たちも、この距離をいとも簡単に克服できるようです」
モルモルは重々しく席を立ち。部屋の片隅に設置してある液晶テレビを点けた。
そこには大雪原で出会った国際頼助警備会社の人たちのキャラバンが、果てしない大海原へと巨大な船に乗り込んでいた。
「船ですか」
正志の言葉に、
「そうです。この船の名は速白兎丸。遥か昔にワニの神たちが造った超高速船です。昔はこの船で天の園を一周しようとした神が居たのです。その船の速度は天の園では一番でしょう。この船で象のキャラバンは、雨の宮殿へと向かうのです。この船ならば僅か1日で雨の宮殿へと着くことが出来るんですよ」
「本当に私たち家族のために戦ってくれるんですね……よかった……」
隆は嬉しさが抑えられずに目元を擦り鼻を啜り始めた。
智子も気をしっかりと持っていたが、静かに泣いた。
「僕たちも協力をするよ。あと、ジョー助も……。大丈夫だよな?」
ヒロは雨の宮殿の場所を見つめているジョー助に言った。
「ああ。24時間のお姉さんは知っているだろうけど、僕自身が戦いに参加するのは2万年ぶりだ。敵の規模は多分、強さもだけれど、申し分ないと思うよ」
ジョー助は呑気にお茶を飲みながら話してもいる。
モルモルは新しい葉巻に火を点けながら言った。
「それでは、皆さん。ここで解散としましょう。今日はゆっくりと休んでください」
隆はベットから起き出した。
午前6時だ。
2年前は元の世界ではこの時間から働きに出掛けていたのだが、ここ天の園ではトイレのためだけに起きたのだ。
薄い布団を払い除け、スリッパを引っかけると、部屋の外へと出た。
この部屋は大日幡建設の隣の宿泊施設(ニューウエーブ)。何でも瑠璃さんが安いからと教えてくれた。
質素な造りではあるが、家賃が安くて今の隆たちには有難いことこの上ない場所であった。ジョー助とヒロもこの宿泊施設を利用している。
ベットで寝ている智子のいびきを聞きながら、部屋からでて正面のトイレのドアを開けた。
簡素な造りで、窓にはレースのカーテンと赤い花が飾られ、何の変哲もない水洗便所である。
隆は用を足すと、手を洗う。ふと、鏡を見た。
「お父さん!! 来ちゃダメ!!」
「里見!!」
見ると、鏡には手を洗った拍子に付着した水滴が淡く広がり、里見の顔が写っていた。
隆は血相変えて鏡に向かって、手を差し伸べる。
しかし、鏡に映った里見の顔が消えるだけで、後には何も起きなかった。
ホテルから強い日差しの道路へとでると、隆は項垂れて今朝のことを考えていた。
里見が必死な顔で来ちゃダメと言っていたのは何故?
24時間のお姉さんに話したほうが?
俺は今まで何をしていたのだろう?
智子にはさっき話した。
行き交う人々の顔は隆と正反対に皆晴れやかである。
「あなた。時の神様に今朝のことを話したほうがいいわ」
智子は晴れない顔で隆の肩に手を置いた。
「ああ」
隆はまだ項垂れていた。
沈痛の面持ちで混乱していた。自分が今まで何をしていたのかと根本的に考えてしまう。間違ったことをしていたのだろうか?
隆は気の抜けたゆっくりとした動作で、中友 めぐみの携帯を取り出し24時間のお姉さんに掛けた。
「隆さん。そのことは気にしなくていいんですよ……。とても、些細なことですから……」
電話越しの24時間のお姉さんは非常に優しい言葉使いで隆を元気づけた。
「できるだけ、里見ちゃんが無事なことだけを気にしてください」
そう言うと、本人が大通りから人々の間を縫ってこちらへと歩いて来ていた。
排気ガスの少ない道路をキビキビと歩いていた。
美しい西洋人の24時間のお姉さんはピンク色の携帯片手にこちらに手を振っていた。
「確かに生命の神は不穏ですけど。私たちの知っていることでは、無事に隆さんたちは里見ちゃんを助けることができます……。あなたは英雄になることを望めば、きっと達することができるでしょう。ですから、何も心配しなくてもいいですよ」
24時間のお姉さんはニッコリと笑って電話を切ると、道路から人の出入りの激しい会社のガラス製のドアを開けて中へと入って行った。
隆はそれを聞いても内心の動揺を隠すことができなかった。
それは、里見がもし生き返りたくないと思っているのなら。今までの苦労は全ては無意味になってしまう。父親としては今までの苦労を思って、里見を叱ってでも元の世界へと連れて帰ることもできるが、隆はそんなことはしたくはなかった。
「それでは、行きましょう」
正志は重くなった財布にしがみついている瑠璃を急かして隆たちに言った。
隆はジョー助とヒロに軽トラックの荷台に乗ってもらった。100円パーキングから北の雨の宮殿へと出発する。
時を刻む秒針の使い方は智子が24時間のお姉さんから聞いていて、正志と瑠璃のカスケーダは軽トラックの後方、約10メートル範囲にいればいいようである。
暖かい日差しの晴れ間の空へと浮上する軽トラックで、隆はいよいよだなと思った。これで本当に里見に会える。
思えば里見と会えなくなってから、三年の歳月が過ぎた。仕事の都合でほとんど会えず。里見が死んでからは一年の歳月が過ぎた。
隆は鏡に映った里見の悲しい顔を思い出したが、とにかく会いたいと強く思った。
隆はそれで十分だと思った。
「あなた、いくわよ」
智子が時を刻む秒針のネジを巻いた。二三回巻くと周囲の雲がにゅーっと伸びてきた。もう二三回巻くと、今度は雲がまっ平になりはじめた。
「これで多分いいと思うわ。さ、行きましょう。里見ちゃんに会いに」
隆はハンドルを強く握り、北へと走り出した。
「正志さん。雲が平べったいわ」
「きっと、智子さんが時を刻む秒針を使っているんだ。俺たちの周囲の時間が加速しているのだろう。さあ、行くぞ」
正志はカスケーダで、隆の軽トラックの後ろをピッタリと追った。
「ねえ、もしジョー助とヒロがいるのに雨の宮殿で私たちが死んだら。私たちはどうなるのですか?」
「それは……大丈夫さ。戦の神と火の神が守ってくれるさ」
正志は軽く頷いて、帰りたくて仕方がないといった顔の瑠璃を見つめる。
「正志さん。私たちはどこまで隆さんたちのサポートをするのですか?」。
「瑠璃……。俺は10年間も不幸のデータをとっていたが。もうそろそろ原因が解る気がするんだ……」
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