ウロボロスの世界樹

主道 学

文字の大きさ
上 下
28 / 37
白い城

消えた

しおりを挟む
7月?日

 何とも過激なデートを終えて、私たちは私の根城、ボロアパートに到着した。
「こんなことなら、宝くじでも引いていればよかったわ。当たれば南米にみんなとすぐに行けるのに……」
 別れ際に呉林が力なく呟いていた。お金は、残念だが労働の代価だ。といっても、呉林なら当たるのでは?
「赤羽さん。やっぱりあなた凄いわ。怪我がもう治っているし、それに、あれだけの体験をしているのにもう平静になって。私の見立ての通りに立派に七番目の段階に覚醒して……見るのは初めてだけど」
 霧画が少々涙目になって、私の両肩をまるで子供を相手にするように摩った。

 私は呉林姉妹にもう少しいてもらいたくて、引き留めた。もう少しこの二人から情報を得ようと思ったのだ。解らなくて不安なところが多すぎる。解ったとしても不安だったりして……。それと、キラーの情報が欲しい。呉林姉妹は不思議な直観によって、これからはキラーが出ても大丈夫だと思っているのだろう……私の力があるし……。けれど、不安で、どうしても今聞いておきたかったのだ。
「今、お茶を淹れるから。どうぞ入って下さい」
「あ、あたしが淹れる」
 呉林姉妹を家に招き入れると同時に、安浦が本領を発揮する。
 まさか、お茶も美味くなるのだろうか……?

 質素な角材のテーブルには長椅子が二つしかないので、私と安浦は近くにある安物の簡易ベットに腰掛け、お茶を啜る。
 4人ともひどく疲れていた。それと、私は疲労感だけ残っているが体はなんともない。
 私はお茶を口で啜り、
「渡部は大丈夫なのかな? 病院って、まともな人たちがいるのかな? そして、角田も……」
 誰にともなく言うと、
「それは大丈夫よ。病院は何も危険がなかったの。私も超能力的直観があるから解るの」
 霧画が優しく答えてくれる。恐らく、その能力は呉林よりも高いのだろう。
「それより、二人は付き合っているの」
 霧画が唐突に私と安浦に聞いてきた。
「はい。ご主人様と二人で頑張っています」
 呉林は少し首を垂れたが、すぐに上を向いて「負けないぞ!」と大声を発した。
 私はそれを聞いて頬が赤くなった。

「そう言えば赤羽さんはまだ働いているの?」
 ひらりと霧画が呉林と安浦の間に割って入り、別の質問へと変えた。
「ええ。そうですが、何か?」
「何度も言うようだけど、あまり無理をしないで、この世界でも疲労や怪我は怖いわよ。それと、赤羽さんの会社……何か変な感じがするのよね。危険って訳じゃないけど」
 私は田戸葉が自分は正社員ではなく、社正員ですと言っていたのを思い出す。
「確かに……。何かは解らないけれど、可笑しいですね。前は5年間も働いていたエコールという会社だったんですが、突然セレスという会社になっていて。……後、谷川さんがいない……。どうなってしまったのかな」
 私はふと、谷川さんのことを心配した。

 霧画は空になったお茶をテーブルに置くと、ごちそうさまと言い。
「うーん。それもこのねじ曲がった現実の影響かもしれないわ。でも、お金は本物だから、危険がないと思うし頑張ってもいいと思うわ。勿論、そのお金で南米に行けるし、消えてしまったりはしないわ。それと、その田戸葉っていう人、目元はどう?」
 私は即座に、
「大丈夫でした。暗くなっていません」
 安浦が急に立ち上がった。その拍子に安物のベットが激しくバウンドし、お茶がこぼれる。
「あちち!」
 私は顔をしかめる。
「みんな食事にしましょう!」
「って、食材がないんじゃ。カップラーメンかコンビニ弁当にするしかない……」
 私は勢いをつけた安浦を制止しようとした。
「カップラーメンばかり食べると栄養偏りますよ。大丈夫ですよご主人様。食材なら」
 安浦はそういうと真っ白のキッチンにある冷蔵庫を開ける。中には……。
「わあー。一杯あるわ……胡瓜」
 呉林は一瞬何かを期待して歓声をあげたが……胡瓜だけが冷蔵庫に所狭しと入っていた。

「あれ……?」

 胡瓜を見る安浦も?の顔をしていた。
「あたし、胡瓜なんて買ったかしら?」
 安浦はしきりに首を傾げている。あの……私の家の冷蔵庫を勝手に占領しないでくれ……。私は心の中で懇願していた。
「これもねじ曲がった現実の世界のせいなの……?」
 安浦は憤りをしんしんと溜めている顔で霧画に向かって呪いの言葉を言った。
「ええ。そうかも知れないわ。でも、いったい何を買ったの。それが解れば理解しやすいわ」
 霧画は落ち着いて対応しているが、内心はひやりものだろうか。
「ええと、ケイパー、アンチョビーとオリーブの実、それとプチトマトとリングィーネ。後、赤とうがらし、ニンニク」
 私は空腹に負けて安浦に同情した。

 どうやら、プッタネスカを作ろうとしたのだろう。
「そんなに買ったの……。それが、あっという間に……。あ、やっぱりごめんなさい。解らないわ。でも、それは夢の侵食のせいみたいよ」
 霧画も呉林も頭を抱える。
「やっぱり、姉さん。この世界でも侵食や歪みがひどくでているの。それも私たちの身の周りで起きているみたいだし……」
「そうみたい。私はこんな体験はさっきしかしていないけど……。その事象に何か邪悪な意図があることが解るわ。今は胡瓜だけど……」
「キラーが出たのはやっぱり、なのね」
「そうみたい」
 話が一連の夢に関係してきた。ここで、詳しく聞いた方がいいと私は身構える。
 安浦も今度は……食材が関係したのか……真剣に聞こうとした。
「霧画さん。キラーって。俺たちはやっぱり誰かに狙われているんですか」
 私は不思議と怖さが薄くなっている頭で彼女に身を乗り出して聞いた。
「そうよ。恐らくこういうような体験を連続しても、生存率が高いのがシャーマンに気が付かれたみたいなのよ。シャーマンはコーヒーを飲んだ人たちや、それに関係した人たちをキラーで殺そうとしているみたいね。キラーは金で雇われているの。そして、人殺しに特化しているわ」
「金で……それはひどい」 
今まで必死に生き延びてきたのに、金まで払って殺そうとしているシャーマンに憤りを感じた。そういえば刑務所でのテレビ頭はキラーなのだろうか?

「違うわ。テレビ頭はお金で雇われていないからキラーと区別するの。でも、どこかに金銭が関係していると思うわ。異界の者は金銭が絡むと特殊な姿形で夢の世界に現れるのよ。それと、恵ちゃんを追いかけた。あの巨大なナメクジやフルフェイスもキラーよ」
 呉林は私の心の疑問に受け答えしてくれる。不思議だが心を読めるのだろう。
「でも、よく聞いてね。私たちにはあなたがいるわ」
 そう言って、霧画は私に視線を合せて、
「敵が気が付いても、赤羽さんがいるから危機といっても大した事は無いはず」
「でも、ぎりぎり勝っているって感じよ。姉さん?」
 呉林はシリアスな事を言った。しかし、その顔は綻んでいた。
「ご主人様はもっと強いはず! 絶対安心です!」
 安浦は自信を持って発言している。

「そうね、近いわ。でも、彼はまだ本当の覚醒というものをしていないの。覚醒をしたらこの世界をひっくり返してしまう程なのよ」 
 呉林と安浦は、それを聞いて眼を輝かせる。
 私は正直……心許なかった。自分の力というより、奥のそのまた奥から、静かに誰かが声、叫びや力を送ってきているという感じだった。
「どうしたら、俺は覚醒っていうのをするんですか?いや、出来るんですか?」
 私の自信のない発言に、
「解らいわ。でも、何度もこんな体験を克服してるんだもの。今にきっと覚醒するわ。その日は近いはずよ」
 霧画は自信に満ちた声色だが、何か考えているのか目を少し伏せて話している。
「はあ……」
 私は残念ながら、そんなことを言われても、自信が湧くはずもない。

「あ、これは?」

 霧画が何かに驚く。
 私は空き過ぎの腹の虫が部屋全体に鳴る音を聞きながら、今夜は胡瓜か……。と、考えていると、空腹と疲労のせいか、意識が吹っ飛んだ。

「赤羽さん」
 呉林の声が聞こえる。
「ご主人様」
 安浦の声が聞こえる。
「赤羽くん」
 角田だ。
「赤羽さん」
 渡部。
「赤羽さん」
 霧画さん。

 こんな根性無しの私が、世界を救えるのだろうか。今まで社会でも人間関係でも負け犬の私が……。けれど、今の 私には何故か仲間や力、そして、呉林がいる。なんとか、ここまで来たので……必死に……最後まで……頑張るか……。

 私はルゥーダーの中にいる。そこは、薄暗いところである。
「生贄を捧げたがまだまだだな。二百年か……」
 カルダは息吹を持ったものを見上げた。
 ルゥーダーは嬉しく思うと同時に悲しくもあった。これで、現実というパズルはもう数少ない。

 私は眼を開けた。
 起きたら強い日差しの差し込む、自分のアパートだった。
「みんな帰ったのか? 夕食何だったっけ?」
 私は今日は安浦がいないアパートから仕事に出かける。時間は6時30分。快調だ。朝食はコンビニでパンを幾つか買うことにした。
 食べながら歩いていると、携帯が鳴りだした。

「もしもし、赤羽さん。姉さんが家にいないのよ。家で起きた形跡もなくて、外へ出た訳でもないようなのよ。昨日の夜から家に帰った記憶もないし、赤羽さんは?」
 呉林の声だ。血相変えていつもの冷静な呉林には珍しかった。
 私は少し緊張した。
「いや、俺も昨日の夜の記憶がない。それと、夕食は何だったかな、あ、そうか胡瓜だったと思う」
「私もそう思うけど、確か恵ちゃんが開けた赤羽さんの冷蔵庫には、胡瓜がいっぱい入っていたのよね。それからの記憶がないわ」

「俺もだ」

「お姉さんがいないのと、何か関係しているのかも知れない」
 いくらか落ち着いた声に戻った呉林は、
「ねえ、赤羽さんの家にお姉さんが泊まっているって事は」
 私は赤面して、
「そんなことは無いぞ。それより、この世界。夢の世界ってことは無いよな」
 呉林は少し考えて、
「解らないわ。あとで、恵ちゃんや角田さんたちに連絡してみて、情報を集めてみるけど、何も感じないし、この世界は夢じゃないと思う」
「じゃあ、霧画さんはきっと、朝早くにどこかへ行ったのだろう」
「そんな……」
 呉林は家の中の、恐らく周囲を見回して、
「さっきも言ったけど、外出した感じは全然ないの。でも、どうしていないのかな?あ、そうか現実が歪んでいるから世界が多層構造になっていて……」
 呉林は最後の言葉を低く呟く。
「え、なんだって?」
「赤羽さん。私、ちょっと調べたいことがあるの。悪いけど、じゃ、またね」
 呉林は何かに気を取られた口調だった。一方的に電話を切った。


 藤代まで電車で、約十分。あれから二週間、一連の夢が起きたらと極度に緊張する日が続いていた。担当が谷川さんでないのでバイトが休めない。その凹み具合は尋常ではなかった。そして、南米に行くために労働時間を少し増やすために残業の毎日。
 何度か呉林たちに連絡をしているが、呉林は何かを調べていると取り合わない。渡部は全治三週間で入院している。角田はスーパーの店長。なかなか、話せなかった。
 けれど、安浦だけが私の家にあがり込んでは、料理や洗濯などの身の周りの世話をしてくれていた。安浦も霧画の居場所や、あの時の夕食は何だったのか知らなかった。作ったはずの本人が知らないなんて。何かあるのだろうか?

 それでも、私は今日も小銭稼ぎの仕事をした。
「いっぱい頑張るねー」
「ええ。ちんちんぷんぷん。はっ?」
 私は朦朧とした頭を振った。
 声をかけてきたのは中村だった。
「頑張りすぎだよ。たまには休んで、どこか遠いところで羽を伸ばしたほうがいい」
「解りましたよ」
 私は冗談半分で受け答える。
 時に早さが緩慢になるベルトコンベアーからペットボトルを多数拾った。
「ちんちんぷんぷん」
「駄目だな。働き過ぎだ」
 中村は上村に向き頭を垂れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

近辺オカルト調査隊

麻耶麻弥
ホラー
ある夏の夜、幼なじみの健人、彩、凛は ちょっとした肝試しのつもりで近辺で噂の幽霊屋敷に向かった。 そこでは、冒涜的、超自然的な生物が徘徊していた。 3人の運命は_______________ >この作品はクトゥルフ神話TRPGのシナリオを元に作ったものです。 この作品を見てクトゥルフ神話TRPGに興味を持った人はルールブックを買って友達と遊んでみてください。(布教)

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

オーデション〜リリース前

のーまじん
ホラー
50代の池上は、殺虫剤の会社の研究員だった。 早期退職した彼は、昆虫の資料の整理をしながら、日雇いバイトで生計を立てていた。 ある日、派遣先で知り合った元同僚の秋吉に飲みに誘われる。 オーデション 2章 パラサイト  オーデションの主人公 池上は声優秋吉と共に収録のために信州の屋敷に向かう。  そこで、池上はイシスのスカラベを探せと言われるが思案する中、突然やってきた秋吉が100年前の不気味な詩について話し始める  

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

醜女の檻 ~私の美少女監禁日記~

戸影絵麻
ホラー
私は醜い。 いじめられるのを通り越して、他人が避けて通るほど。 私の素顔をひと目見るなり、誰もが嘔吐するレベルなのだ。 呪われている、というしかない。 だから私の唯一の楽しみは、美しいものを穢すこと。 その時私はなんとも言いようのない、うっとりするような恍惚感を覚えるのだ…。 そんなある日、私の前にひとりの転校生が現れた。 笹原杏里。 スタイルも良く、顔立ちも私好みの美少女だ。 杏里の瑞々しい肢体を目の当たりにした瞬間、私は決意した。  次の獲物は、この娘にしよう。 こいつを私の”檻”に誘い込み、監禁して徹底的に嬲るのだ…。  ※これは以前書いたものの改訂版です。

【完結】わたしの娘を返してっ!

月白ヤトヒコ
ホラー
妻と離縁した。 学生時代に一目惚れをして、自ら望んだ妻だった。 病弱だった、妹のように可愛がっていたイトコが亡くなったりと不幸なことはあったが、彼女と結婚できた。 しかし、妻は子供が生まれると、段々おかしくなって行った。 妻も娘を可愛がっていた筈なのに―――― 病弱な娘を育てるうち、育児ノイローゼになったのか、段々と娘に当たり散らすようになった。そんな妻に耐え切れず、俺は妻と別れることにした。 それから何年も経ち、妻の残した日記を読むと―――― 俺が悪かったっ!? だから、頼むからっ…… 俺の娘を返してくれっ!?

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

処理中です...