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第一章
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薄暗い森には、かなり痩せこけた老婆がいる。
なんでも、罪人を集って暮らしているらしい。
そのせいで、街には罪がなかった。
私は罪のない街で暮らしていた。
何もしてもよい。
道に迷うこともない。
何故なら、いつも光が照っていたからだ。
昼間の公園でいつもの文庫本を読んでいると、隣の友人の須藤がこう言った。
「平和だねー」
須藤は読書をした時はないというが、それは嘘だろう。
男友達は須藤だけだが、須藤は体育会系で頭もいい。
「でも、森の老婆が今にも死にそうだって噂を聞いたんだよ。誰かが確かに言っていたんだ。もう長くないってさ。なんだか気味が悪いね」
「ふーん。でも、ただの噂よね。でも、もし本当なら罪人はどうなるのかな?」
その夜は自室のベットで寝ていても、まったく落ち着かなかった。薄気味の悪い得体の知れない気持ちが私を包み込んでいた。
寝返りを繰り返しては考えに考えていた。須藤の言ったことは本当だろうか? それとも単なる噂だろうか? これからこの街はどうなるのか? 罪というものが入ってきたら、どうなるのか?
私は考えるのをやめて、意を決して森の老婆へ会うことにした。
両親が寝静まっているので、家の玄関を静かに開け夜の小道を歩いていると、森へ向かう罪人に運悪く出くわしてしまった。
私は下を向いて歩きだした。
小道で罪人と目を合わせないように隣同士で歩いていた。
「お嬢さん。どうしてか、おれから目を逸らすんだね。罪もそう。罪って身近にあって、誰でもしているのに。目を逸らしてばかりじゃダメなんだ」
罪人は、さも当然といった顔をしているらしかった。
あるいは、薄笑いをしているのだろうか?
しばらく、罪人と森へと歩いた。
「罪ってなんだろうね。単にしてはいけないことだけど、やっぱりしてはいけないことなんだね」
トボトボと歩く罪人の顔を、思い切って見てみると私は悲鳴を上げた。
傷だらけだった。
その顔は。
でも、悪人ではなくて立派な軍人の顔だった。
軍服も着ていて、私は罪から逃れられないことも知った。
何に悲鳴を上げたのだろう?
それは、自分に対してだったのだろうか?
薄暗い森が見えて来た。
その森の入り口にガリガリの老婆が優しく手招きをしている。
老婆は暖かく軍人を迎え入れてくれた。
私は何も言わずに、軍人に頭を下げていた。
その頭を老婆が優しく撫でてくれた。
「もう、お帰り。私ももう長くないんだよ。きっと、これからは罪が身近で必要になるから。運命なんだね。勿論……必要なさそうな罪もある。私がいないとやっぱり困るだろう。その時は、神様に祈って、罪も持って身を守って明るく平和に暮らしなさい」
老婆はとても優しい。
私は老婆にも軍人にも何度も頭を下げて、元来た道を帰って行った。
両親が起きだした家に着くと、こう思った。
もう老婆も長くない。
でも、罪って日常にあって、いつも善だけしていればいいんだ。
なんでも、罪人を集って暮らしているらしい。
そのせいで、街には罪がなかった。
私は罪のない街で暮らしていた。
何もしてもよい。
道に迷うこともない。
何故なら、いつも光が照っていたからだ。
昼間の公園でいつもの文庫本を読んでいると、隣の友人の須藤がこう言った。
「平和だねー」
須藤は読書をした時はないというが、それは嘘だろう。
男友達は須藤だけだが、須藤は体育会系で頭もいい。
「でも、森の老婆が今にも死にそうだって噂を聞いたんだよ。誰かが確かに言っていたんだ。もう長くないってさ。なんだか気味が悪いね」
「ふーん。でも、ただの噂よね。でも、もし本当なら罪人はどうなるのかな?」
その夜は自室のベットで寝ていても、まったく落ち着かなかった。薄気味の悪い得体の知れない気持ちが私を包み込んでいた。
寝返りを繰り返しては考えに考えていた。須藤の言ったことは本当だろうか? それとも単なる噂だろうか? これからこの街はどうなるのか? 罪というものが入ってきたら、どうなるのか?
私は考えるのをやめて、意を決して森の老婆へ会うことにした。
両親が寝静まっているので、家の玄関を静かに開け夜の小道を歩いていると、森へ向かう罪人に運悪く出くわしてしまった。
私は下を向いて歩きだした。
小道で罪人と目を合わせないように隣同士で歩いていた。
「お嬢さん。どうしてか、おれから目を逸らすんだね。罪もそう。罪って身近にあって、誰でもしているのに。目を逸らしてばかりじゃダメなんだ」
罪人は、さも当然といった顔をしているらしかった。
あるいは、薄笑いをしているのだろうか?
しばらく、罪人と森へと歩いた。
「罪ってなんだろうね。単にしてはいけないことだけど、やっぱりしてはいけないことなんだね」
トボトボと歩く罪人の顔を、思い切って見てみると私は悲鳴を上げた。
傷だらけだった。
その顔は。
でも、悪人ではなくて立派な軍人の顔だった。
軍服も着ていて、私は罪から逃れられないことも知った。
何に悲鳴を上げたのだろう?
それは、自分に対してだったのだろうか?
薄暗い森が見えて来た。
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老婆は暖かく軍人を迎え入れてくれた。
私は何も言わずに、軍人に頭を下げていた。
その頭を老婆が優しく撫でてくれた。
「もう、お帰り。私ももう長くないんだよ。きっと、これからは罪が身近で必要になるから。運命なんだね。勿論……必要なさそうな罪もある。私がいないとやっぱり困るだろう。その時は、神様に祈って、罪も持って身を守って明るく平和に暮らしなさい」
老婆はとても優しい。
私は老婆にも軍人にも何度も頭を下げて、元来た道を帰って行った。
両親が起きだした家に着くと、こう思った。
もう老婆も長くない。
でも、罪って日常にあって、いつも善だけしていればいいんだ。
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