老婆の涙

主道 学

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 安達 菊は御年100歳であった。
 菊は小部屋で何やら悲しんでいた。
 何故なら菊には息子が4人もいたのだが、すでに先立っていたのである。
 菊は孤独であった。

「もう何も残すものはないんだ。夫も他界して、息子も一人もいない。仏様は何故こんな人生を私に定めたのだろう? きっと、天に見放されたのだろう」

 菊は悲しみの日々を送り、毎日お寺で手を合わせていた。
 今日も朝早くから、橋を渡りお寺へと歩いていると、向こうから息子の一人にとてもよく似ている男が歩いてきた。手には赤く染まった出刃包丁を持ち、嬉々として通り過ぎて行ったのだ。
 菊は身震いし、「くわばら、くわばら」と無関係を装いお寺へと向かう。

 お寺に向かう道中。菊は不思議な体験をしてきた。
 息子にとても似ている男が3人も通り過ぎ、皆、何かとてつもない犯罪をしたかのような風貌をしていた。

 ある男は、片手にガソリンの入ったポリタンクを持ち、もう片方の手にライターをつけたり消したりしながら歩いている。ある男は、剃刀の刃か何かで体中を傷つけていた。最後の男は、ガスマスクと大きなバックであった。

 菊は身の毛がよだつも、なんとかお寺に入り、一心に祈った。
 その時、また不思議なことが起こった。
 目の前が急に明るくなりだし、腰を抜かした菊の前に観音菩薩が現れたのだ。
「菊や。お前は決して孤独ではない。お前は道すがら息子たちに会っていたのだ。息子たちは、皆、恐ろしい犯罪に手を染めてしまう未来を背負ったものたちだったのだ。息子たちに殺されてしまう未来の者たちは今も生きている。その者たちを探しなさい」
 観音菩薩の言葉に、菊は涙を流し、精一杯感謝をした。

 菊は未来で息子に殺されてしまった運命の人たちを探し当て、ささやかな出会いをし、心満たされ。死ぬ間際。菊は光に満たされていた。
 







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